第2話
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(ルカ、怖い思いをさせたよな。ほんとごめん。兄貴失格だな。でももう大丈夫だ!)
ユウリはふうっと息を吐き、集中を高めた。
威嚇するように鳴いてから、
ユウリは地を蹴った。火球をゆうゆうと跳び越える。そのまま翼を羽ばたかせて、空中を闊歩する。
頭に接近し、ユウリは
(読めてるっての!)ユウリは狙われた上半身を後ろに倒した。噛みつきを悠々と回避し、入れ替わりに右足を振り上げた。
顎に蹴りが入った。深追いはせずに、バク転で距離を取る。
「炭塵爆発だよ! 気をつけてお兄ちゃん!」
ルカから必死な叫び声が聞こえた。
「
色は緑で大きさは
ユウリは風扇を振るった。ゴウッっと音がして、緑色の暴風が
刹那、粉体が発火。一瞬にして
だがユウリは構わず進む。風扇の一振りで、進行方向の炭粉はことごとく吹き散らしていた。
「安心しろ、ルカ! 俺はお前のために勝つ!」
高らかな宣言とほぼ同時、風が
すかさずユウリは疾走。数歩進んで停止し、風扇を大きく後ろに引いた。
「
羽根は高速で飛んでいき、
ユウリは安堵の思いとともに、なんとなく
「お兄ちゃん大好き!」元気いっぱいな声がするやいなや、ユウリは腕に抱きしめられた。横からの力に踏ん張り切れず数歩行って転倒する。
地に倒れたユウリは、体勢を変えて自分を押し倒した者を見た。ルカだった。頭の両側の地面に手を突き、きらきらと輝く瞳でユウリを見つめている。
今年で十四歳のルカは、ユウリの二個下の妹だった。濃茶色の髪を顔の両側で纏めている。顔は小さく、丸い瞳は愛嬌たっぷりだ。華奢な体躯だが、最近では年相応に女性らしい身体つきになってきており、ユウリはやや戸惑いを覚えていた。
「ルカ! 言ってるだろ? 急に抱き着くのはやめてくれって! こっちは迷惑してるんだよ」
ユウリが真剣に諭すと、ルカの顔から喜色がすうっと引いた。手を地から離して膝立ちになると、悲し気に顔を歪めた。やがてすんすんと、泣いているかのような鼻音までし始めた。
「いや、ちょっと──。泣かないでくれよ。迷惑っつっても嫌じゃあないからな! ルカのことは大好きだよ! びっくりするってだけで、気持ちはすっごい嬉しいから! ただ、他のやり方で愛情は表してほしいっていうかだな」
あたふたとユウリが言葉を並べ立てていると、ルカはにこりといたずらっぽく笑った。うそ泣きだったようだ。
「えへへ! 『大好きだ!』だって! 嬉しい! それとやっぱりお兄ちゃん優しい! ほんとにほんとに助けてくれてありがとう!
弾む声で褒めちぎると、ルカは眩いばかりの笑顔をユウリに向けた。幸せそうなルカの様子に、ユウリの胸は暖かくなる。
するとジャキン! 鋭い金属音が耳に飛び込んできた。ユウリは音のしたほうに顔を向ける。
「ユウリ君! 妹さんと戯れているところをひじょーに申し訳ないですが、わたしも忘れて貰っちゃあ困りますよ! 誰よりもユウリ君を愛するわたしが、あなたのために悪しき竜に完勝しました!」
二十歩ほど離れた位置で、少女が立っていた。名前は、カノン・マルカス。ユウリと同じ一六歳だった。
ユウリは小さく息を吐き、カノンを見据える。
「おう、カノンもご苦労様。一匹で手一杯だったからほんとに助かったよ。にしても相変わらず冴え渡った剣技だな」
「でしょうでしょう! ユウリ君のためなら火の中水の中! 危険な
カノンはすらすらと希望を讃えた声色で言葉を並べ立てた。
(相変わらずグイグイ来るな。思考のほうももう少し冴えてくれてりゃあ良いんだけどな)
ユウリはクールに考えを巡らしていた。
カノンは右手に身の丈ほどの長さの刀を持っていた。すぐ近くには
「カノンさんもありがとう! 今日も今日とて
にこにこと親しみの籠もった微笑とともに、ルカはカノンに明るい声を掛けた。
「当然です! 将来の義妹ことルカ・ヴェルメーレン嬢! 大事なことだから何度でも言いますよ! ユウリ君のためなら、わたしは火の中水の中、なんです! はい!」
「……まあわたしがカノンさんの妹になるかはお兄ちゃん次第だから、そうゆう発言はちょっとお返事に困っちゃうんだけどね。お兄ちゃんを大事にしてくれるのは、うん。とっても嬉しいよ」
ルカが落ち着いた語調で返答した。表情は微妙な笑顔である。
「それにしても俺は心配だよ。神託の地で一人で祈るなんてさ。そりゃあ今日の俺たちみたいに護衛は近くにいるけれど、間に合わない時だってある。なんてったってここは前方に飛び続けるルミラルの頭の先端部分だ。
「ですです! わたしもルカさんが心配です! お年頃の女の子なんだから、もっと安全で安心な方法があっても良いようにわたしは思っちゃいます!」
ユウリの不平にカノンがアップダウンの激しい口調で続く。すると、ルカの表情に憂いが混じり始めた。
薄青の肌着に膝下まで伸びる白色の法衣。ルカの服装は神官のそれであり、頭部には白と金を基調とした被り物を付けていた。
「うふふ、二人とも優しいね。心配な気持ちはよぉくわかるよ。だけど次代の法皇として、わたしは務めを果たしたい。この世界に住む人たちに、ルミラルのご加護が届くように一生懸命頑張りたいの」
考え込むような口振りで、ルカは静かに思いを吐露した。ユウリはやりきれない思いでルカを見つめ返す。
するとルカは微笑を浮かべた。諦観を滲ませた悲し気な表情だった。
「今日のお祈りはこれにて終了。お兄ちゃんもカノンさんもわたしも無事で、お兄ちゃんの大大大活躍も見られてすっごく良い一日だったよ! 聖都に帰ろう。きっとみんな、首をながーくして待ってるよ!」
ルカはすっと立ち上がり、ユウリに右手を差し出した。ユウリはそれを握り、力を込めて起立した。
すぐ近くではカノンが、微笑ましいものを見るような温かい笑顔で二人を見つめていた。
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