第16話 春の野原
向かった先は、春の草花の茂る、野原だった。
いや、正確には庭なのであるが、なるべく野趣を残すというコンセプトなのか、それとも単に庭ごときに余計な金は使わないということなのか、最低限の除草処理とゴミを拾ってあるだけの空間である。
そこには、二匹のケダモノがいた。
(なるほど、『パカパカ』と『ガオガオ』ね)
母の発したかわいらしい擬音とは、似ても似つかない、兄たちの契約獣。
一匹目――アレンの契約獣は、ユニコーン。
白銀の毛を持つ、サラブレッドじみた体格の馬。
しかし、体長は地球のそれの3倍くらいはあるし、脚は六本もある。
目は三角じみてて恐ろしげだし、おなじみの角も、山羊のそれのように節ばっていて禍々しい。
ユニコーンは、むしゃむしゃと、庭の草が全部なくなりそうな勢いで豪快に食べている。
「ほらー。パカパカよ。ご挨拶しましょうねー」
「ブルルルルルルル!」
母に手を引かれた俺が近づくと、ユニコーンが、俺を威嚇するようにいなないた。
「あらあら。ユニコーンは子どもが好きなはずなのに、ご機嫌斜めみたいね。ガオガオの方に行きましょうか」
母が慌てて後ずさる。
(嫌われてるな。アルテミスの呪いか。まあ、どのみち、俺はユニコーンの求める『純潔』とは程遠いからな)
二匹目。
デレクの契約獣の、キングレオ。
こちらは比較的、地球のライオンと似たようなフォルムだが、やはり、普通のライオンの5倍くらいはでかいし、そのたてがみは、青白い炎で出来ていた。
「グルルルルルァ!」
キングレオも、唸り声で警告してくる。
たてがみの炎が厚みを増して、赤色に変わった。
「あらー。こっちも?」
(こっちはヘラの管轄か? 呪いの効果は
俺は苦笑した。
「パカパカとガオガオに遊んでもらおうと思っていたのだけれど……、いいわ。こっちに来て。ママがかわいいヴァレリーに花冠を編んであげますからねー」
「あいー」
母は二匹から距離を取り、ちょうど三角形を作る位置に陣取った。
幸い、我が家の庭は、田舎な上、大貴族であるので、馬鹿みたいに広い。
相応に離れれば、俺を嫌っている二匹もちょっかいはかけてこないらしい。
「白色、赤色、茶色、三つのカンムリ草。白は私に、赤はあなたに、茶色は誰にあげましょう。茶色は誰にあげましょう」
母の童歌に合わせるように、チクリクソ鳥――ブルーバードもハミングする。
「茶色は、優しい精霊に。茶色は優しい精霊に。私たちを祝福してくれるように」
母はシロツメクサに似た野花で、ブルーバードに首飾りを、俺には冠を作ってくれた。
やがて日が昇ってくると気温も上がってきる。
春の陽気に当てられてか、母がうつらうつら船を漕ぎ始める。
(ほんとによく寝るな。我が母は)
少なくとも俺は、夜泣きで迷惑をかけることもない健康優良児であり、母が寝不足になるようなことはないはずなのだが。
(まあ、ありがたい。せっかくだし、探検するか)
相変わらず俺をじっと観察してくるチクリクソ鳥の気配を感じつつ、俺は庭を歩き回る。
蝶と戯れ、草花の香しい香りを胸いっぱいに吸い込み、跳ねて踊った。
「ばふぅー」
やがて、疲れた俺は、一休みがてら地べたに腰を落ち着ける。
(母に何か作ってやるか)
花冠は少々面倒なので、手軽にカンムリ草――シロツメクサもどきで、指輪を作り始める。
「ああー! それ、あちしが狙ってた花ぁ―!」
突如、眼前に飛び出してきた『何か』。
風鈴にも似たカラコロと響く声音。
半透明の羽を生やした、人型の小人。
わずかに胸は膨らんでいるからメスなのであろう。
(これが、妖精か?)
アゲハ蝶を二回り大きくしたくらいの大きさのそれは、頬を膨らませながら俺の周りをグルグルと飛び回るのだった。
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