第15話 兄たちと契約獣
玄関から外に出ると、視界が開ける。
はるかにそびえる山々はいまだ雪の冠を頂いており、春の訪れを告げる南風も、赤子には肌寒い。
しかし、身体を動かすにはちょうどいい気候かもしれない。
そのまま裏手に回ると、ガン、ガン、ガン、と、ぶつかり合う硬質な音が、俺の耳朶に響いた。
「……」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお! くっそおおおおおおおおおお!」
木刀で打ち合う、アレンとデレクの二人。
無茶苦茶に打ち込んでくるデレクを、アレンは冷静にいなす。
「グワッ! まだまだ!」
「……」
アレンは時折、隙を見つけては、デレクの手元を打って、木刀を取り落とさせる。
デレクは身体中に痣を作りながらも、諦めることなくアレンに向かっていった。
見る限り、終始、アレンの方がデレクを圧倒しているが、兄であるアレンには、二年の経験と体格差のアドバンテージがある。
将来的にどちらが強くなるかは、俺には判断できかねる所だった。
父はただ黙してその光景を見守っている。
母はあまり闘争はお好みではないようで、抱き上げた俺を顔の前に掲げて、彼女自身の視界を塞いでいた。
それでも母がここに留まってるのは、俺に二人の戦いを見て、薫陶を得て欲しいからだろうか。
「はあはあ。兄貴。そろそろ、契約獣の力も使っていいか!?」
「ああ」
殺気走って言うデレクに、アレンはただ短く頷く。
その峻厳な立ち居振る舞いはまさに父のミニチュアのようである。
いや、むしろ、アレン本人が嫡男として、意図的にか無意識か、『父のようになろう』としているのかもしれない。
(これが正しい息子の在り方というものなのかもしれないが……)
幸か不幸か、俺の人格はもう形成されてしまっている。
今更、無邪気に父に憧れる少年にはなれそうもないし、なる気もない。
「だりゃあああああああああああああああ!」
デレクの動きが変化した。
今まで俺の目でも追えていた挙動が、高速に変ずる。
まるで、映像を10倍の早送りにしたかのようだ。
もはや斬撃の軌道すら見えないが、それでも、二人の差が縮まった――いや、むしろ、デレクの方が優位に立ったらしいことは、何となくわかった。
ガ、ザク、ガ、ガ、ガン、と、音だけがその場所で闘争が行われているかを伝える。
(これが契約獣の力か)
この世界において、契約獣は『もう一人の私』と呼ばれるほど、重要な存在である。
個々人の力は、『本人の能力』×『契約獣の能力』であるとされ、契約獣の力は、本人のそれとほぼ同一視される。なぜなら、契約獣は自らの意思に従って契約者を選ぶのであり、契約獣に釣りあう能力のある者しか契約者足り得ないからだ。
そう、あくまで『建前』としてはそういうことになっている。
ともかくも、契約獣は多種多様であり、その恩恵は、剣の技術、もしくは、筋力そのもの、魔法力の強化、真贋の鑑定などおよそヒトの営為全てに及んでいる。
たとえ才能がある者でも、良い契約獣に恵まれなければ芽が出ないということもあるし、逆もまた然り。人生を左右するといっても過言ではないのが、契約獣の存在だ。
「うおおおおおおおおおお! 獅牙爆進!」
「ヒール、ヒール、ヒール」
俺が思考している間にも、瞬く間に戦闘は進む。
炎と、爆音と、剣戟と、鮮血と、ほのかに汗の臭いが漂うまにま。
(俺が少年ならば、力に憧れたかもしれないが……)
残念ながら、今の俺にその手の幼稚な英雄願望はなかった。
暑苦しいのも汗臭いのもノーサンキューだ。
炎よりもシャンデリアのきらめきを。
汗よりも、香水の芳香を。
俺が望むのはそういうものだ。
「そこまでだ!」
やがて、父の一声で、二人の動きが止まる。
アレンがデレクの喉に、剣先を突き付けている光景で、俺はよくやく勝者を知った。
「兄貴! ずるいぜ! 俺の攻撃を腕で回復しながら受けるなんてさ! それ実剣だったら、腕が吹っ飛んでるからできないやつじゃん!」
デレクはそう不満をこぼす。
どうやら、アレンは『肉を切らせて骨を断つ』を地でいく戦い方をしたらしい。
「……与えられた条件の中で、最善を尽くしただけだ」
アレンは顔色一つ変えずに答えた。
「黙れ、デレク。敗者に言葉はない。実戦なら既に貴様は死んでいるのだから。そして、アレン。いつも条件が完全に明示されていると思うな。戦場では、不確定な情報の中から即時に状況を選び取らなければならない。もし、木剣に幻影魔法がかけられていたとしたらどうする? 腕を斬り落とされていただろう。今回の貴様の戦術は、最短であったが、最善ではなかった。時間に余裕があるならば、無理にリスクを背負う必要はなかったのだ」
父は、平常時が嘘のように饒舌に、二人に説教をかます。
「――わかったか?」
「「はい!」」
「では、本日の訓練を始める。二人同時にかかってこい。契約獣の力を使っても良い。無論、俺は使わん」
どうやら、今までのはウォ―ミングアップであって、訓練ではなかったらしい。
「……」
父が母に目配せする。
「さあ、ヴァレリー、お父様たちの邪魔にならないように、あっちに行きましょうねー。パカパカと、ガオガオがいますよー」
母が父の意図を察して、俺を抱きかかえて三人から距離を取った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます