第14話 父からの初めてのプレゼント

 生まれてから、十か月。




 どうやら、この地方には、日本ほどはっきりとはしていないものの、四季があるらしいということを実感する。




 春というには、まだ肌寒い、雪解けの季節。




 俺は、初めて両腕の自由を得た。




「ほら、見てください。ヴァレリーが歩きました!  歩きましたよ! マタイやヨナと比べたら、半年は早いんじゃないかしら!」




 朝の食事の後に、父を部屋に招いた母は、ヨタヨタとゾンビのような二足歩行を繰り出す俺に、興奮気味に手を叩く。




「うむ……。では、メディス家代々の倣いによって、この短刀を授ける。刃の力と痛みを学び、王の剣たる我が家にふさわしい男になれ」




 父は、嬉しいのか嬉しくないのか分からない無表情で頷くと、俺に鞘付きの短刀――というより、小型のナイフを渡してきた。




 鉛筆を削るのにちょうどよさそうなくらいの刃渡りだ。




 鞘には紐がついていて、首から提げられるようになっている。




 まだ一歳にも満たない赤子に刃物を与えるというのは、さすがに危ないと思うのだが、少なくともこの家では常識らしい。




(まあ、地球にいた頃と違って、チクリクソ鳥みたいな保護者の契約獣が常時監視してやがるからな)




 万が一の時には、ナイフを取り上げるなりなんなりするのだろう。




(指先を動かすのは脳の発達にいいというし、存分に使わせてもらおう)




「パ、パ、パ、あり、が、と」




 言葉もだいぶ喋れるようになった。




 しかし、唇に余計なワセリンでも塗ってあるかのように、言葉が滑り、明瞭な発音にはならない。




「ほら! やっぱり、『パパ、ありがとう』って言いましたよ! もう言葉もこんなに! ザラ様は詩も作るとおっしゃっていました!」




「うむ」




「ほら、ヴァレリー。ママよ。ママって呼んで」




「ま、マ、マ、マ、すうき」




「きゃー! 本当にこの子は天才なんじゃないかしら! でも、ナイフは危ないから、ママにちょうだいねー」




「ぶー!」




 俺はナイフをぎゅっと抱きしめた。




(母よ。俺が貰った物は俺の物だ)




「……好きに使わせてやれ。刃をどう振るうかで、人の本質が分かる」




「確かに、マタイはナイフで土をほじくり返して、離乳食に入っていた果実の種を植えようとしました。そして、ヨナはナイフをその辺に捨て置き、銀貨に興味を持っていたことを、私は昨日のことように覚えております。ですが、この子の絹のように薄い柔肌を見ていると、ちょっとしたことで取り返しのつかないことになりそうで心配なのです。この子は、グラン様の血を引いた上二人と違って、私の柔弱な身体を継いでしまったようなので」




 グラン様とは、もちろん、俺の父の名前である。




 日頃は、ご当主様や、公爵様など、身分で呼ばれることが多いので、意外に忘れがちだ。




「もし自らの振るった刃で死ぬようならば、その程度の男だったということだ」




 父は、突き放すようにそう言い放った。




 武門の家柄だけあって、死というものを常に身近に感じていろということか。




「はい……」




 母は小さく頷いて、ナイフの紐を俺の首に通した。




 色々思うところがあっても、家の論理には逆らえないということなのだろう。




「では、息子たちに稽古をつけたら、朝の見回りだ」




 父が忙しなく踵を返した。




「そとぉ、そとぉ」




 俺は窓の外を必死に指さした。




 仕方がないとはいえ、ほぼ一年もの間、俺は屋敷内に軟禁状態だったのである。




 母に抱かれた状態で、ちょろっと屋敷の周りを散歩することがあっても、そんなものでは、俺の自由への渇望をとても満足させることなどできない。




「はいはい――グラン様、この子にアレン様たちの勇姿を見せてやりたいのですが……」




「……勝手にしろ」




「はい」




 寡黙な父の後ろを、母は微笑みながらついていく。




 母に手を引かれる俺も、自然とそれに従う形になった。

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