第17話 妖精
「あげるぅ」
俺は出来上がった指輪を妖精に差し出した。
人外とはいえ、一応女であるらしいので、俺は優しくすることにした。
始めはこちらから与え、それを後で何倍にもして大きく回収するのが、ホストの仕事である。
「くれるの? わーい! みんなー! この子は『わかる』子みたいだよー! 出てきても大丈夫!」
一転、機嫌を良くした妖精がそう呼びかけると、ワラワラと草むらからお仲間の群れが飛び出してきた。
黒、赤、黄色、水色。
羽の色は様々で、オスもメスも入り混じっている。
服も、木の葉で作った世間一般のイメージ通りのものから、極彩色の鳥の羽をパッチワークで組み合わせたチュニック、コガネムシにも似た甲殻を組み合わせて作られた虹色の光沢を放つ鎧、などなど、ファッションにそれぞれこだわりが見える。
(中々に洒落ているじゃないか)
こいつらとは気が合うかもしれない。
「わー、かわいいー」
「こんな子いたー?」
「隠れてたんだよー」
「いいねー。かくれんぼしよー」
「踊ろうよ。ぽかぽかだもん」
妖精たちは、ある者は花の蜜を啜り、ある者は歌い、ある者は興味深げに俺の身体を突く。
思うがままに戯れる、自由の塊たち。
その悦びに呼応するように、植物たちがピンと背筋を伸ばした。
まだ閉じていた蕾は開き、しおれていた葉は生気を取り戻す。
(妖精は植物と関連が深い。ヴィーナスも確か、植物神の側面をもっていた。だとすれば、俺との相性が良いのも当然か)
そんなことを考えながら、俺はおもむろに首から提げていた小刀を鞘から抜き、手近にあった木片――おそらく、薪の端材かなにか――を手に取った。
(何か彫るか)
この状況で植物を摘み取るのはどことなく無粋な気がしたので、手持無沙汰を紛らわせたかったのである。
「きゃっ!」
「うわっ!」
突然、妖精たちが俺から距離を取る。
「うわっ! やだー、『怖いピカピカ』―」
「知らないの? 『てつ』っていうんだよ」
「じゃあやっぱり、あそこのお家からきたんだ」
「あのお家、『いたい明かり』と『怖いピカピカ』の臭いがするからきらーい」
「ねー。『ねこ』と『とり』が見張ってるから、近くにいけないしー」
「お庭はすてきだけどねー」
「すてきすてき」
(妖精は火と鉄が苦手だったか)
生前、確か、スピリチュアルな有名占い師の女がそんなことを言っていた気がする。
「見て、て」
俺は小刀で木片を彫っていく。
(神像でも作るか)
ちょうどうまい具合に人型の形状をしていたので、顔と簡単な陰影をつけてやるだけでよさそうだ。
イメージするのは、この世とあの世の彼岸で目にしたヴィーナスの艶姿。
赤子なので、指や腕の力が十分ではないが、そこは魔法で補う。
無属性を風の力に変換し、微妙な筋肉の調整の代わりとするのだ。
アパレルをやっていた頃は、アクセサリー類も自作していたから、手先の器用さには自信がある。
「でき、た」
小一時間程かけ、俺は達成感と共にそう呟いた。
「うわー!」
「すごい! すごい! 『じょおうさま』そっくり!」
「たからものだー」
俺に興味を失いかけてた妖精たちが、急に飛び寄ってくる。
「ねえ! ちょうだい! ちょうだい! ちょうだい!」
極彩色の羽の服を着た妖精が、両手を差し出してくる。
「やっ!」
俺は首を横に振った。
「ケチケチケチケチー!」
ジタバタと地団駄を踏む妖精。
「こう、かん。こう、かん」
俺は拙い言葉と身振りで、人形と妖精を交互に指さす。
「こうかん?」
「取り替えっこチェンジリングのことじゃない?」
「取り替えっこ! じゃあ、これどう? おいしい木の実!」
妖精は自信満々にナツメに似た果実を差し出してくる。
「むにゅぅー」
俺は渋い顔をした。
妖精が腹を満たすには十分な量かもしれないが、俺としては労力に見合わない。
「えー。じゃあ、これは? きれいにふたつに分かれた枝! いいスリングができるよ。ダメ? じゃあ、綺麗な赤い石は? え、もう持ってる? じゃあ、とっておき! ふわふわの黄色い羽! うそっ! これもダメなの!?」
妖精は、『信じられない』とでもいうように目を見開いた。
(愉快だが、ガラクタばっかりだな)
俺は小さくため息をつく。
「むー! わがままだなあ! じゃあ、もうこれぜんぶあげるから!」
妖精は、やけくそ気味に、腰から提げていた木の葉のバッグの中身をぶちまけた。
糸屑、布の切れ端、先の割れたフォーク――
(ん? この小枝は、もしかして――)
俺は、ふと目にとまった茶色い木の枝を手に取る。
そっと顔に近づけると、甘く爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。
(やはり、これは香木だ)
俺は息を呑んだ。
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