第6話 大家族メディス家
やがて陽気に誘われたのか、母がうつらうつら舟をこぎ始める。
バンッ!
と、そのまどろみを打ち破るような乱暴さで、唐突に扉が開かれた。
驚いた母が上体を起こす。
それに合わせて、俺の視線も引き上げられた。
そこには、泥と汗で汚れた三人の少年の姿。
内二人は木剣のような物を手にしており、もう一人は杖を抱きしめている。
年は、一番上が小学校の中学年程度、一番下は幼稚園くらいだろうか。
「カチュア! 弟ができたって本当か!」
ワックスでもつけているのかと見紛うような、逆立つ髪を持つ少年が、興奮気味に部屋に足を踏み入れてくる。
暑苦しいタイプは苦手なのだが、それでも顔は悪くない。
目鼻立ちの彫の深さは残しながら、野暮ったさはなく、どこか精悍なシェパードを思わせる。
いや、少しほめすぎか。
シェパードを少しアホにして、闘犬のニュアンスを加えたといった方が正確かもしれない。
ともかくも、三人の中では一番イケメンである。
「おい、デレク。婦人の部屋にぶしつけに押し入るのは非礼だぞ」
その勇み足を、三人の中で一番体格が大きい少年が腕を掴んで引き留めた。
その顔は三人の中では一番父親に似ていた。
すなわちゴリラベースの顔だが、それよりはどこか和やかなニュアンスもあり、純粋なゴリラというよりは、勇ましいオラウータンのような顔をしている。
「固いこというなよアレンの兄貴! 婦人って言ったって、家族だろ? それにオレは今祝いたい気分なんだ!」
「そういう問題ではない。ジブンたちは鍛錬の後で汚れている。きちんと身なりを整えてからにするべきだ」
不満そうな少年――デレクを、アレンが諭すように制止する。
「だったら、僕が水魔法でキレイにしてあげるよ」
そう感情の読めない平坦なトーンで呟いたのは、それまで前にいた二人の少年の陰に隠れていた、残りの一人だった。
ヌラりと進み出た少年は、杖から噴出させた流水で手と顔の汚れを洗い流し、部屋の窓から外へと放り捨てる。
前の二人が黒髪で明らかに父親の血を引いているのが丸わかりだったのに対し、こちらは細く柔らかな銀髪をしている。母方の血だろうか?
顔もゴツい角顔だった前二人に対し、こちらは柔弱で青白い瓜実顔だった。
グレイ型宇宙人のごとく、目だけが浮き上がった奇怪な容姿をしている。
「よくやった! サージュ! ほら、兄貴これで文句ないだろ?」
「しかしな……、出産を終えて疲れている婦人に迷惑をかけるのは、正道に反するだろう」
「僕は別に参加しても構わないけど、父さんは怒るかもね……」
サージュがどっちつかずの中立的な口調で呟く。
「いえいえ。私は構いませんから、是非、祝ってあげてくださいな。きっとこの子も喜びます」
大人の真似事をする子供を微笑ましげに見遣りながら、母が手招きする。
「おう!」
「すみない。婦人。手短に済ます」
「……」
デレクは堂々と、アレンはかっちりと、サージュは淡々と、部屋の中に入り、俺を覗き込んでくる。
「あなたの兄さんたちよ。皆、お父様とザラ様の高貴な血を引く、これからのメディス公爵家を担っていかれる大切な方々」
母が俺を持ち上げて、三人に見せびらかす。
なるほど。どうやら、この三人は、俺の異母兄弟にあたるということらしい。
しかも、口ぶりからして、この三人の母の方が立場が上で、俺の母の方が立場が低いことは確定だ。
「みゃー」
俺はそう鳴いて、軽く手を挙げた。
地球での俺の基準としては、男と知り合いになっても嬉しくもなんともないのだが、ともかくも、これから家族となる人間だ。愛想くらいは振りまいてやるか。
「うおっ。なんか、よくわかんねーけど、すげえキレーだな。こいつ、本当に男か?」
「命とは不思議なものだな」
二人が驚いたように目を見開く。
「……マタイやヨナとは全然似てないね」
サージュがぽつりと呟く。
また新しい名前が出て来た。
もしかして、まだ俺には他にも兄弟がいるというのか。
どんだけ大家族なんだ。
あのゴリラ親父も中々やる。
ツンツン。
ぷにぷに。
にぎにぎ。
ひとしきり俺をいじった後、やがて満足したらしい三人が俺から離れていく。
「とにかく、また弟が一人増えてウレシーぜ! あっ! そうだ。これやるよ! 今日の鍛錬の時に見つけた綺麗な石だ!」
そう言ってデレクは、別れ際、本当にただの丸くて綺麗な石を、ポケットから取り出して俺に握らせる。
「出産祝いか。ジブンも部屋に用意してある。後でメイドに持たせよう」
ゴリラジュニア――長兄は、分別臭く言って、一礼と共に去っていく。
「僕もアミュレットを作ったよ。そのうち持ってくる」
嵐のように三人が去っていくと、また部屋には静寂が戻ってくる。
「どう、お父様とザラ様の薫陶で、お三人とも立派に育っていらっしゃるわ。だから、私のような伯爵家の娘にも優しくしてくださるの。ああ! もうすぐ、マタイが畑仕事から帰ってくるわ。ヨナは今、商売について学ぶために私の方の実家に修行に出ているから、しばらくは戻ってこれないけど、春の祭りには会える。楽しみね」
母は再びベッドに身体を横たえ、俺に喋りかけてるのか、独り言を呟いているのか区別のつかない曖昧な声色で言う。
ふむ。
俺の母は伯爵家の娘か。そして、マタイとヨナは、俺と同腹の兄たちらしい。
この世界の貴族制度が不明だから詳しいことはいえないが、地球の基準を当てはめるならば、貴族の中でも中位くらいにはある家柄ということになる。父が公爵だから相対的に見劣りはするものの、決して悪い家柄ではない。
ゼウスの言っていたように、まさに俺は貴族として『中の中』の出自を得たという訳だ。
(とはいえ、社交場への道のりは遠そうだが)
父は高位の貴族とはいえ、第二夫人の、しかも末っ子。
窓から臨む山々は峻厳で、森は鬱蒼と茂っている。
地理的に、どう考えてもここは辺境だ。
(さて、どうなることやら)
デレクから貰った石を手で弄びながら嗤う。
障害が多そうだが、そうでなくてはおもしろくない。
完全に用意されたレールを歩く人生ほどつまらないものはないのだから。
そこまで考えると、急な眠気が襲ってきた。
赤子の身体だ。
体力がないのはやむを得ない。
(今はただ、母の胸に甘えるとしよう)
俺はそう割り切って、柔らかな温もりと優しい匂いに包まれて、記念すべき一日目を終えた。
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