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 それから数か月が過ぎた。『華の湯』は相変わらずだった。期末試験の勉強で夜更かしが続いていた京子は、番台の上でついウトウトとしていた。そこに元気な声が響いた。

 「おねぇちゃん!」

 ビクッと目を覚ました京子が見下ろすと、そこには満面の笑みを湛えたハルカが居た。

 「あらっ、ハルカちゃん! 久し振り!」

 京子はビックリしたが、あの時のことを恨まれていなかったようで、ちょっと嬉しくなった。でも、もっと嬉しかったのは、ハルカのうしろに母親が控えていたことだった。相変わらず派手目のファッションで身を固めてはいるが、もうハルカは「保護」されている状態ではないということだ。母親は以前の通り、不愛想に料金を置くと、そのまま京子の前を通り過ぎた。だが直ぐに足を止め、ちょっとの躊躇の後、京子の方を振り返った。

 「あたし、あのバカと別れたよ。母娘二人暮らしさ」

 京子の顔で花が開いた。笑顔が自然に溢れた。今年一番の、飛び上がりたくなるほどハッピーなニュースだった。そして思わずこう言った。

 「ありがとう!」

 母親はチョッと真顔になったが、直ぐに不器用な笑みを浮かべた。

 「アンタに礼を言われる筋合いは無ぇよ」

 そして母親は脱衣所の奥に向かって歩き出した。京子はその背中に声を掛けた。

 「ねぇ。ハルカちゃんって、どんな字書くの?」

 「遥か彼方の『遥』」

 母親は面倒くさそうに、そのくせ優し気に背中を向けたまま答えると、また直ぐに歩き出した。その後ろに遥が続いた。黄色いワンピースを着ていた。でもそれは、以前の擦り切れた古いものではなく、新しく買い求められた素敵な素敵な黄色いワンピースだった。

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