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次の木曜日、浴室から一人で出て来たハルカに、京子は駆け寄った。
「ハルカちゃん、チョッとお話してもいいかな?」
「うん、いいよ」
京子は先週と同じように、ハルカの身体を拭いてあげながら聞いた。
「ハルカちゃんさぁ、ママに痛いこととかされてない?」
「ううん、ママはしないよ」
眩暈に襲われた。ママはしない、ママは・・・ 父親がやっているのだ。
「じゃぁ、パパが痛いことするのかな?」
少し考える様な素振りを見せた。京子は言葉を引き出す様に、ことさら優しい笑顔でハルカを見つめた。ハルカは頷いた。
「でも、このことは人に言っちゃいけないんだって。ママが言ってた。でもお姉ちゃんになら言ってもいいかな。優しいから」
京子の口からため息が漏れた。
「じゃぁ、ママはそのことを知っているのね?」
「うん」ハルカが頷いた。
「学校の先生は知ってる?」
「ううん」今度は首を振った。
「でもね、でもね。これはしかたがないことなんだよ。だって、ハルカが悪い子だから。ハルカが悪いことしたから」
京子の胸が詰まった。
「パパがハルカを良い子にするために、しかたなくやるんだよ。それに声を出して泣いたりしないから、それは凄くいい子だって褒めてくれるんだぁ」
京子は涙声で聞いた。
「ハルカちゃん、お腹空いてない?」
「んん~、ちょっとだけ。でもお家帰ったらママがパンくれるから大丈夫!」
「ママのこと、好き?」京子の心ははち切れそうだった。
「うん、大好き! パパのことも大好きだよ!」
ハルカは元気よく答えた。京子はその手をハルカの頭に乗せ、溢れそうな涙を堪えて、ただ「うん、うん」と頷いた。もう、一杯いっぱいだった。そしてハルカを抱き寄せ、その傷だらけの小さな体を強く抱き締めた。そしてまた「うん、うん」と頷いた。
ルルルルル・・・ ルルルルル・・・
”はい、もしもし。文京区児童相談所です”
余計なことかもしれなかった。誰も求めてはいないのかもしれなかった。だが京子には、それを黙認できるほどの薄汚れた大人の価値観は備わってはいなかった。正義とか倫理とか道徳とか、そんなことは知ったことではない。ただ、小さな女の子が父親から痛めつけられて、声も出さずに泣いている姿を想像すると胸が痛む、それだけだ。それを止めさせることが出来るなら、余計なお世話だって何だってしてやる。京子はスマホをギュッと握り締めた。
”もしもし、あの・・・ 虐待されている子が居るみたいなんですが・・・”
”判りました。詳しくお話を伺えますか?”
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