3

 数日後、タケシとケンジが再び『華の湯』にやって来た。そして学校でのハルカの様子を告げた。

 「あの子さぁ、いっつも同じ服着てるよ」

 ケンジの報告に京子の表情が曇った。「やっぱり」そう思わずにはいられなかった。ハルカには、あの黄色いワンピースしか無いのだ。京子は心配になって聞いた。

 「給食とかはちゃんと食べてるのかなぁ?」

 そう問いかけると、タケシとケンジは顔を見合わせた。何かを知っているようだ。

 「なになに? 知ってること教えて、全部」

 タケシが言い難そうに喋り始めた。

 「あの子のクラスの子に聞いたんだけどさぁ・・・」


*****


 ケンジが下級生の男の子を捕まえた。上級生にいきなり腕を掴まれた男の子は、恐怖に似た表情を顔に張り付けた。その横に居たタケシ、相手を怖がらせないように、優しく聞いた。

 「君のクラスに、ハルカって子が居るでしょ?」

 男の子は黙って俯いた。

 「その子ってさぁ・・・ なんか、ほかの皆と違うところ、無い?」

 「・・・」

 「例えば、お家の人から、あんまり可愛がって貰えてない、とか?」

 男の子は、恐る恐るだが答えてくれた。これ位の年齢だと、どうして上級生であるタケシとケンジがそのようなことを聞くのかを不信に思うことも無いようだ。

 「実はね・・・ ハルカちゃんちはね・・・」


 それは、タケシもケンジも聞いたことの無い様な話であった。想像したことも無いと言った方が正確だろうか。そんな境遇の子が、この学校に居る事が信じられなかった。母親とハルカを尾行し、公園の木陰から盗み見た時の印象が現実のものとなって二人の前に横たわっていた。自分たちの近くに、こんな子が居たなんて。

 その時、男の子が急に慌てだし、ケンジが掴んでいた腕を振り解いて言った。

 「あの・・・ ボク、もう行かなきゃ」

 そう言って教室の中へと姿を消してしまった。その後姿を目で追っていると、二人の背後から女の子が近付いて来た。ハルカであった。

 ケンジはハルカに道を譲った。タケシはその姿をジッと見つめた。ハルカがタケシの前を通り過ぎようとした瞬間、急にタケシが口を開いた。

 「あのさぁ・・・」

 ハルカはビックリした表情でタケシの顔を見た。ケンジも同様にタケシの顔を見ていた。

 「俺、三年二組のタケシ。んでコイツはケンジ」

 そう言って後ろに控えるケンジの方を、親指で指差した。

 「お前さぁ・・・ クラスの子にイジメられたりしてない?」

 ケンジが「何を言い出すんだ」とばかりにタケシの脇を突いた。だがタケシはそんなケンジを無視した。ハルカはポカンとして、黙っていた。

 「仲のいい友達とか、いる?」

 続けて訪ねるタケシに、ハルカは小首をかしげて考え込むような様子だ。

 「うぅ~ん・・・」

 直ぐには応えられないのか。タケシはハルカの答えを待たずに、話を続けた。

 「もし、一緒に遊ぶ友達が居ないんだったら、俺たちが遊んでやるよ!」

 再びハルカがタケシの顔を見た。

 「あの『華の湯』の近くに公園が有るだろ? 俺たち、よくあそこで遊んでるから、もし良かったら来いよ」

 ハルカは笑って答えた。

 「うん。ありがとう!」


*****


 わざわざ同じクラスの子にまで聞いてくれたのか。二人がそこまでやってくれるとは思っていなかった京子は、飛び切りのお礼をしなくちゃ、と思っていた。

 「ハルカちゃんの家、給食代を払ってないんだって。だから本当は給食を食べちゃいけないんだけど、学校が代わりにお金払ってって、それで食べてるらしいよ」とタケシが言った。続いてケンジも言った。

 「算数のセットとかリコーダーのお金も払ってないって、あの子のクラスの子は言ってたよ。だから学校に置いてある、古いのを使わせてもらってるんだって」

 酷い話であった。子供の養育費すら捻出できないのだろうか?

 「でもハルカちゃんの家って、そんなに貧乏な感じでもなかったんでしょ?」

 「うん・・・ でもお金持ちじゃぁないよね」

 そう言ってケンジがタケシを見た。タケシも頷きながらケンジを見た。

 「そっか、有難う。これからも、もう少し様子を見てあげてくれる? それで何かあったら、すぐに教えてね。今度、飛びっきりのご褒美を用意しておくからさ」

 「オッケー、判ったよ」

 「ラジャー!」

 二人には珍しく、素直にお願いを聞いてくれた。

 さて、これからどうしたものか、考え込む京子に声を掛ける男が居た。

 「あの・・・ 京子ちゃん?」

 そこには、躊躇いがちに声を掛ける信之の姿が有った。京子はビックリしてその顔を見つめた。

 「えっ、何? 信之さん」

 「あ、あのさ・・・」

 京子はその時、今はそれどころではないことを思い出した。

 「あっ、ゴメンね。今はちょっと・・・」

 その言葉を聞いた信之は、一瞬、京子の顔を見つめたが、直ぐに肩を落とした。

 「うん、そっか・・・ わ、判った・・・」

 信之はトボトボと出て行った。京子には訳が判らなかったが、彼のあまりにも落胆した様子に、気の毒に思って慌てて付け加えた。

 「今度、ちゃんと話聞くから・・・」

 信之が閉める引き戸の「ガラガラ」という音がそれに重なり、京子の声は彼の耳には届かなかった。京子はその後姿を、妙な気持ちで見送った。

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