黄色いワンピース

1

 小学校一、二年くらいだろうか。脱衣所の隅にある、ビニールで出来た長椅子に座って、つまらなそうに脚をブラブラさせていた。以前、香名恵が『矢吹ジョー』をやった、あの長椅子だ。肩まで伸びた髪は濡れていて、湯上りの頬はほんのりとしたピンク色に染まっていた。黄色いワンピースには可愛らしい花柄がプリントされており、そこから延びる手足はほっそりとして、チョッと痩せ過ぎの感じがした。先に入浴を終え、母親が出てくるのを待っているのだった。その親子が『華の湯』に来るようになったのは、多分、一か月前くらいからだろうか。と言っても、足繁く通って来るわけではなく、週に一回、決まって木曜の夜にだけやって来た。決まって黄色いワンピースでやって来た。

 母親の方はかなり若い感じで、おそらく10代で子供を産んだのであろう。年齢的にも、京子と大して変わらないと思える。まだまだ遊び足りないという様子が、その派手目の服装や明るい茶色に染めた髪、充分に手入れの行き届いたネイル、あるいは気合の入ったランジェリーからも窺い知れた。チョッと小洒落た母親に対し、いつも同じの古ぼけて擦り切れそうな黄色いワンピース。その落差というかコントラストというか、何だか不釣り合いな様子の母娘に、京子はいつも注意が向くのであった。子供が待っているのが判っているのだから、母親の方も早く出てくればいいのに。あれじゃ湯冷めしちゃう。そんな気持ちで、その女の子を見守る京子であった。


 翌、木曜の夜。その母子がいつもの様にやって来た。母親は「それで家事なんかできるのか?」という派手な飾り付けのネイルの手で、何も言わずに二人分の料金を番台に置くと、そのまま奥へと歩いて行った。その後ろをスキップしながら、黄色いワンピースの女の子は楽しそうに付いて行った。「ねぇ、ママ。×××・・・」女の子は何か話しかけていたようだが、母親の方は面倒くさそうに「あぁ」とか「うん」と応えるだけだった。

 暫くして、番台に座った京子がふと目を上げると、今日もいつもの様に例の女の子だけが長椅子に座り、いつもの様に母親を待っていた。なんとなく気になった京子は番台を降り、散らかった脱衣篭を集めがてら女の子に近付いた。

 京子は女の子の前でしゃがみ込んだ。椅子に座った女の子よりも京子の頭は下にあって、少し見上げる様な角度で話しかけた。

 「一人で待ってるの?」

 「うん。今日はママとお風呂の日なんだ」

 女の子は嬉しそうに答えた。京子もニッコリと笑った。

 「そう。じゃぁいつもは一人で入るんだ? エライね」

 チョッとポカンとしたが、女の子は直ぐにこう返した。

 「ううん。入らないよ」

 「じゃぁパパと入るのね?」

 「ううん。パパとはお風呂には入らないよ」

 「???」

 女の子の言っている意味が判らなかったが、それよりも他のことに京子の注意が向いた。京子の目の前にある、黄色いワンピースから延びる彼女の華奢な膝小僧に、擦りむいた様な傷を発見したのだ。学校で転んだりしたのだろうか。京子は「チョッと待ってて」と言い残してその場を離れ、急いで番台へと向かった。番台内側の小さな棚をゴソゴソやると、京子は絆創膏を取り出した。銭湯では、たまにカミソリで顔を切ってしまう客が居るので、こういった応急処置の医薬品が常備されているのだ。それを持って女の子の所に戻り、彼女の膝小僧に貼り付けた。

 「これで、ヨシ!」

 京子が笑顔を向けると、女の子は嬉しそうに言った。

 「お姉ちゃん、ありがとう」

 その時、気配を感じた京子が振り向くと、女の子の母親が全裸で後ろに立っていた。その顔には怒りに似た感情が張り付いていた。

 「何やってんの?」

 「えっ?」

 「余計なことしないでっ!」

 「あっ、あの・・・」

 母親は乱暴にその絆創膏を引き剥がすと、丸めて床に叩き付けた。そして、京子が言葉を継ぐ間も与えず、女の子の腕を掴んでその場から離れて行った。京子は訳が分からず二人を見つめると、女の子は少し済まなそうな顔を返してきた。母親は脱衣所の隅で体を拭いて、憮然とした様子で服を身に着け始めた。自分の行動の何が母親の逆鱗に触れたのか、皆目見当がつかなかった。

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