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数日後、いつもの様に番台に座っていると、男湯にサブが飛び込んで来た。いきなり現れたヤクザ者に、脱衣所に居たオヤジたちがビビった。腰に手を当ててフルーツ牛乳を飲んでいたオヤジは、その殆どを噴き出した。中には、慌てて股間を隠すオヤジもいたが、その行動の理由は本人にも判らなかった。息を切らしながらサブが言った。
「姐さん! 俺、組やめたよ! 前橋に帰るんだよ!」
その左手には分厚く包帯が巻かれていた。おそらく、組をやめる際の「落とし前」として、小指を持っていかれたのだろう。今時、そんな古風な風習を受け継ぐヤクザが居るのかと、京子は少し驚いた。それに、先日のサブとの会話では、話の流れから「姐さん」になり切ってしまった京子だが、どう考えてもそれはおかしな話であった。やっぱり女子高生がヤクザ相手に「アンタ」呼ばわりするのは抵抗がある。京子はしおらしく女子高生となって応えた。
「ホントに!? 良かったね、リンさんも喜ぶよ、きっと!」
そんな京子の変化に気付くことも無く、興奮した様子のサブは話し続けた。
「これも全部、姐さんのお陰です。感謝してもし切れません」
「感謝なんかいいって。サブさんとリンさんが幸せになってくれればいいんだから」
京子が笑うと、サブはかしこまって言った。
「これ、受け取って下さい、姐さん」そう言ってサブは何かを差し出した。頭を下げながら、両手で大事そうに。
「あら、お礼なんていいのに。何かしら?」京子はそれを受け取り、その包みを解こうとした。サブが言った。
「俺の小指です。姐さんに受け取ってもらいたいんっす!」
「ぎゃぁーーーーっ!」そう叫んで、京子は包みをサブに投げ付けた。
「んなもん、持って来るんじゃないわよ、サブ! それ持ってさっさと前橋に帰れっ!」
サブは、自分の頭に当たって足元に落ちた包みを拾い上げ。
「やっぱり姐さんには敵わねぇや。んじゃぁ、失礼しやす!」
サブはコソ泥の様な格好で頭を抑えながら、ヒョコヒョコと男湯から出ていった。京子は肩で息をしながら、それを見送った。そしてリンさんの写真を見せて貰うのを忘れていたことを、ちょっとだけ後悔した。
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