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後日、京子はサブを『華の湯』に呼び出した。大切な話が有るという理由で。まだ開店前の銭湯に、サブはキョロキョロしながら現れた。そして京子の姿を見つけると、その背中に声を掛けた。
「どうしたんです姐さん。話って何ですか? てか、セーラー服なんか着て、コスプレですかい?」
その声に応じて京子が振り返ると、サブの表情が固まった。口をポカンと開けながら、目を見開いたまま動きが止まった。
「リ、リン・・・」
「サブちゃん・・・」
サブはゆっくりとリンに近付いた。何が起こっているのか判らなかった。彼女に向けて伸ばされた手はブルブルと震えていた。そしてリンがその震える手をそっと掴み、自分の頬に添えると、二人はしかと抱き合った。誰も居ない『華の湯』の脱衣所で。リンの頬には涙がとめどなく流れた。サブもみっともないほどの声を上げて泣いた。一しきり、お互いを確かめ合ってからサブは聞いた。
「なんでお前がここに?」
リンは答えた。
「京子ちゃんが呼んだ」
「京子ちゃん? あぁ姐さんか!?」
リンは黙って頷いた。
「で、でもなんでセーラー服なんか着てるんだ?」
「それに関しては、俺が答えよう」
番台の上から信之が顔を出した。そこに居たのかい!? と思わなくも無いが、サブはそんなことには気づかずに言った。
「兄貴っ!」
「京子ちゃんのセーラー服を借りたのさ。さすがにこの辺では、何処に猪熊の組員が居るか判ったもんじゃねぇしな。それを着て眼鏡かけたら、そりゃもう普通の女子高生だ。組の奴らも気付かないって寸法さ」
リンはポケットに仕舞ってあったメガネをかけると、ペロリと舌を出して悪戯っぽく笑った。
「さすが兄貴!」
「いやぁ、考えたのは京子ちゃんさ」
本当は、ここから先が京子が考えた計画なのだが、信之はそんな様子は御くびにも出さず答えた。
「姐さんが・・・ 兄貴、姐さんは何処です?」
「うん、俺も声を掛けたんだが・・・ 湿っぽいのは苦手だって言ってきかねぇのさ・・・ だから、ここには来てねぇ。何処かで暇潰してるはずだ」
「そ、そうですか・・・」
「じゃぁ俺は席を外すよ。一時間ほどしたらまた顔出すから、そしたらリンさんを前橋まで送ってゆく」
そう言って信之は『華の湯』を後にした。
二人きりになったサブとリンは、再び抱き合って再会の喜びを噛み締めた。サブがリンの首筋に顔を埋めると、暫く嗅ぐことの無かったリンの匂いがした。甘い甘い匂いだ。サブはその愛しい匂いを、肺いっぱいに満たした。
そしてリンは言った。
「サブちゃん」
「何だい?」
リンの一世一代の芝居が始まった。京子が考えたアイデアだ。
「私、赤ちゃん出来たかも」
「?!」
「まだ判らない。でも、もしかしたら」
それを聞いたサブの顔は、みっともないくらいに崩れた。そしてワンワンと号泣しながら、また強くリンを抱き締めた。あまり強く抱きしめるものだから、リンが「痛いよ」と言うと、「すまねぇ、すまねぇ」と言いながら、今度は優しく抱きしめた。
「リン・・・ 本当かよ~・・・ 俺たちの子供かよ~・・・ 俺、絶対お前を守るよ~。お前と子供を幸せにするよ~・・・」
そうやっていつまでも子供のように泣くのであった。
リンは、そんなサブの頭を、優しく抱き寄せた。
児童公園のブランコをキィキィいわせながら、京子はボンヤリと空を眺めていた。そこに信之がやって来た。
「いいのかい、京子ちゃん? あいつらに会わなくて」
「うん、いいの。私、リンさんに会ったら泣いちゃってダメだと思うから」
「それにしたって、一目会うくらい・・・」
「ううん、いいの。二人が幸せになってくれれば」
信之は隣のブランコに座った。
「そっか。そうだな」
信之のブランコもキィキィと軋んだ。二人は暫く黙ってブランコに揺られた。
「それにしても『子供が出来たかも』なんて、ずいぶんベタな手を考えたもんだな?」
「あははは。だってサブみたいな単純な奴には、そういうのが一番効くでしょ?」
「違ぇ無ぇや。がははは」
二人はまた暫く、沈黙を共有した。子供の頃からいつも一緒にいた仲である。お互いに無理して喋らなくとも、別に気まずい感じにはならないのだ。こんな時間の過ごし方が、かつての二人の間には、よく有ったような気がした。今度は京子が沈黙を破った。
「昔よく、この公園で遊んだよね」
「そうだな。つまらないことで大騒ぎして遊んだもんだよな」
「ねぇ、二人で神楽坂に行っちゃったこと、覚えてる?」
「当たり前じゃん! 京子ちゃんが『もう歩けない』とか言うから、俺が背負ったんだぞ!」
「あははは。そんなことも有ったね」
二人はその当時を思い出して笑った。かけがえの無い大切な思い出であった。暫く忘れていたけど、改めて思い出すと、心の中がほんのりと温かくなるような気がした。
二つのブランコは、キィキィ、キィキィと輪唱のように下町の公園に木霊した。
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