3

 かなり走った所で車を止めたオオサワが言った。

 「今日はここまでにしよう」

 上陸してから半日ほど走りづめである。アオタと交代で運転していたが、やはり悪路の運転は疲れる様だ。そういうタカヒサも、後部座席に座っているだけだったが、体の節々が悲鳴を上げているようだ。

 車を降りて「んんーっ」と伸びをしたかと思うと、タカヒサが突然、素っ頓狂な叫び声を上げた。

 「ひょえ~~っ!」

 目に飛び込んで来たのは、満天の星空であった。それはそれは美しい銀河の姿であった。地平線から上った星が、反対側の地平線に沈むという、この宇宙では当たり前の光景だが、タカヒサにとっては目を疑うような世界であった。

 「アオタさん!オオサワさん!スッゴイですよ星がっ!」

 「当たり前だ」

 アオタはトランクから荷物を引っ張り出しながら、ぶっきらぼうに応じた。

 「だって、火星じゃこんなの見れませんよ!居住区内じゃぁ昼も夜も、人工的に制御された照明調整ですから。外にどんな世界が広がっているかなんて、一般人が知ることは無いんですから!」

 オオサワが笑いながら受けた。

 「朝から驚きっぱなしで、よく疲れないな?」

 確かに、クジラの骨から始まり、草原の草花、そして夜空に散りばめられた星の数々。タカヒサにとっては、見るもの聞くもの全てが驚愕の連続であった。我ながら、良く体力が持つもんだと感じないわけではなかった。

 そんな会話をオオサワとしている横で、アオタが何やら見た事の無い器具を使って妙な事を始めていた。バーナーでお湯を沸かしたかと思うと、茶色い粉を漏斗状の器に入れ、その上に熱湯を流し込んでいるのだ。それが何なのか、タカヒサには判りようもなかったが、その厳かな雰囲気から何らかの宗教的な儀式と思えた。しかし、この香しい香りは何だろう。漏斗状の容器の下からは、琥珀色に染まった液体が流れ出て、アオタはそれをシェラカップで受けていた。この香りは、その液体から漂っている様だ。

 アオタは、謎の液体が溜まったカップをタカヒサの方に差し出した。何も言わずグィと。

 タカヒサは訳が分からず、そのカップを受け取るしかなかった。

 「???」

 アオタを見ると「飲め」と言わんばかりに顎をしゃくっている。

 大丈夫か俺?

 こんな訳の判らん物を飲んで大丈夫か?

 アオタを見ると、まだ顎をしゃくっている。こりゃぁ飲まなきゃ話が進まないのかな。半ば諦めたタカヒサがオオサワの方を見ると… やっぱり顎をしゃくっていた。しょうがないので思い切って口を付けてみた。ほんの一寸だけ、その液体を口に含んでみる。

 苦い… でも、不味くはない…

 何だろう、これ?

 何となく飲んだ記憶が有るような無いような。更にもう一口含んでみて… 思い出した!

 「これって、もしかしてコーヒーですかっ!?」

 それを聞いたアオタが、ニヤリと笑ってタカヒサを指差した。

 アオタの意味不明なリアクションは無視してオオサワを見ると、彼もコーヒーの入ったカップを手に取っていた。

 「知ってるんだ? コーヒーを?」

 「もちろんインスタントですが、飲んだ事有ります」

 「今は貴重だぞ、コーヒー豆は」

 「へぇ~、コーヒーって豆だったんですか?」

 「その豆を焙煎すると、コーヒーになるんだが…」

 「だが?」

 「その貴重な豆を使ってコーヒーを飲ませてくれたって事は、随分とアオタに気に入られたんじゃないのか?」

 「本当ですかぁ?」

 そう言ってアオタの方を見ると、不気味な笑いを浮かべながら、まだタカヒサを指差していた。怖くなったタカヒサは、それを見なかった事にして、残りのコーヒーをグィと飲み干した。そのほろ苦い液体は胃袋に落ちながら、何ともいえずホッとさせるような心もちをタカヒサに与えるのであった。

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