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 応接室に通されたタカヒサは、いつもと違う扱いに戸惑っていた。これまでB&Fの仕事を請け負う際には、その業務説明はオフィス隅の会議テーブルで行われるのが常だったからだ。歴代社長の顔写真と社訓を収めた額縁が飾られた居心地の悪い応接室で一人モジモジしていると、エバニッシュが「久し振り!」と言いながら現れた。

 「最近はどんな仕事してるの?」

 「ココのところ、ギガフォード社からのオファーが時々入るんですが、あそこは金払いが悪くて・・・で、チョッと金欠気味なんです」

 エバニッシュは笑いながら応えた。

 「ギガフォードは今、アップアップしてるからなぁ。冥王星の工場で大規模な火災が起こったのは知ってるだろ? なんでも、溶接作業の火花が引火したらしい。噂によると会社が傾いてるって話だから、貰うべき物は早いとこ貰っておいた方がいいかもな」

 「えぇ、そうらしいですね」

 実のところタカヒサはその件に関して詳しくは知らなかったが、そう答えておくことにした。

 「で、今日の依頼なんだが、今回の仕事は金がイイぞ!」

 「ホントですか? ヤバイ仕事じゃないでしょうね?」

 エバニッシュはニヤニヤ笑うだけで、タカヒサの問いには答えなかった。

 「地球、知ってるよな?」

 「地球ですか? えぇ知ってますけど・・・俺のひぃ爺さんが若い頃は、地球に住んでいたって聞いたことがありますが・・・地球がどうしたんですか?」

 「行って貰いたいんだ」

 「マジですかぁ!?」

 「あぁ、マジだ。地球の南極付近が面白い事になってるらしいんだ。」

 その時、制服を着た女性が応接室に入って来た。エバニッシュは口をつむんだ。彼女はマニュアル通りの接客態度でコーヒーを置くと、黙って一礼して退室した。彼女も契約社員なのだろう。プラスチック製のスプーンでコーヒーに入れた砂糖をかき混ぜていると、エバニッシュが再び口を開いた。

 「ココから先はオフレコで頼む」

 「判りました」

 タカヒサが神妙な面持ちで答えると、エバニッシュはもったいぶった様子で話し始めた。

 「人類がまだ地球に住んでいた頃に打ち上げられた人工衛星が、いまだに地球の周りを回っている事は知ってるか? 軍事目的の物から気象観測用、学術研究用など全部合わせると、その数はゆうに5000基を超えているんだ。そういった見捨てられた人工衛星には今でも機能している物が有って、その中の一個が送信し続けているデータを、偶然にもウチの情報処理部門が捕らえたんだよ」

 「受け取る人も居ないデータを、何百年も送り続けてるんですか?」

 「そういう事になるな」

 タカヒサは我慢できずに聞いた。

 「で、南極が面白い事になってるってのは、どういう事ですか?」

 「そのデータを送信していたのは南極上空の大気情報を収集する目的で打ち上げられた物なんだが、それによると、極点付近の二酸化炭素濃度が減少して、逆に酸素濃度が上昇していたんだよ」

 「それが何を意味していると?」

 エバニッシュは自分の言葉に劇的な効果を付与しようと、一呼吸置いてから言った。

 「つまり、極点付近に大規模な植物群が生息している可能性が高いって事さ!」

 「大規模な植物群って・・・つまり森の事ですか?」

 「そうだ」

 タカヒサは呆然とした。この火星には森なんて存在しない。環境を管理された全天候型植物ドームにでも行けば、かつて地球上に栄えていた植物の貴重なサンプルを見る事は可能だが、それが大規模に群生している姿など想像も出来ない。タカヒサが知っている森は、情報として記録されている映像だけなのだ。

 「地球は二酸化炭素が引き起こした温暖化の影響で、植物すら生息できない環境になっていると聞きましたが・・・」

 「人類が地球を棄てた時は、確かにそうだったらしい。極地の氷が解けて海水面が130mも上昇した上に、僅かに残った土地も砂漠化が進んでしまったからな。更に止まる事を知らない異常気象が追い討ちをかけ、食糧危機と天災で人間が生きていける様な星ではなかった」

 「そんな星に森が再生するなんて、有り得ますかね?」

 「それを調べに行って貰いたいんだよ!」

 「なるほど、そういう事ですか・・・で、俺が探してる物が見つかるとか見つからないとか・・・」

 エバニッシュはニヤリと笑った。

 「川だよ」

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