尾根村の村人が瀕死の麻太郎を見付けたのは、その翌朝のことであった。朝の炊き出しの準備に出て来た女が、井戸端に倒れている男を発見した。女はそれが行き倒れた死体だと思い込み、慌てて家に走って帰って家長を叩き起こしたわけだが、それは生死の境を彷徨っている麻太郎であったのだ。女の悲鳴を聞いた村人がぞろぞろと出てきて、尾根村は騒然となった。

 「こいつぁ麻太郎だ! おい、誰か佐兵衛を呼んで来いっ!」


 駆け付けた麻太郎の母、千代は息子の惨たらしい姿を見て、その場で気を失った。

 「麻太郎でねぇか? 大丈夫かっ! しっかりしろっ!」

 麻太郎の父、佐兵衛が駆け寄って叫んだ。

 「誰にやられただ!? 誰がやっただ!?」

 麻太郎一家を取り囲んでいる群衆の中の一人が叫んだ。

 「谷村の奴らに決まってるっ! 昨日の山狩りは麻太郎を探していたんだ!」

 「この前だってあいつらがやったんだっ! 伊之助がやったんだっ! 違ぇねぇっ!」と別の男が引き継いだ。

 「昨日の山狩りは、お前を狩っていたのか、麻太郎っ!? まさかお前、華と駆け落ちしようとしたんじゃあるめぇなっ!?」

 佐兵衛は麻太郎を抱き起しながら問い詰めた。しかし麻太郎は「うう・・・」と呻くだけで、その問いに答えたものかどうか誰にも判らなかった。

 取り巻きの中には、ひそひそと話す奴らも居た。

 「見ろ。麻太郎の左手を。ぐちゃぐちゃに火傷して・・・ 酷ぇことしやがる」

 「だから谷村の娘になんか、手を出すもんじゃねぇって言ったのによ」

 「ありゃぁ、助からねぇかもしれねぇな。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・」

 佐兵衛が叫んだ。

 「荷車を用意してくろっ! 麓の病院さ連れて行く!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る