第24話・処刑

 夜が明け、街が動きはじめる。雨がしとしとと降りつづいている。まばらな民衆が、すでにエミシの大樹の触れ書きの前で立ち止まっている。少女の処刑を見たいのか、それとも待ち焦がれているのは英雄の見参か。しかし、彼らはまったく別の寸劇を鑑賞することになるかもしれない。第二幕の登場人物であるオレは、ポンチョを頭までかぶり、遠巻きにうろつきながら、心の準備を怠らない。鬱蒼とした樹の枝の奥を見やる。このどこかに、テオがひそんでいるはずだ。うまくやってくれよ・・・いや、うまくやれますように・・・祈り、運に乞い、なぜかシスターの顔を思い浮かべる。誰もの命がかかっている。神よ、どうか事を成させてください。

 ガラン・・・ゴン・・・ガラン・・・

 鐘楼の鐘の音が鳴り響く。触れ書きにある、刑の執行時刻だ。雨がやむ気配はない。雨天中止、とはならないものだろうか。と、そのとき、宮殿の門扉が重々しく開きはじめた。途端に、わらわらとヤジ馬が集まってくる。英雄の娘の姿をひと目見たいのだ。その玉のような美しさも、すでに話題になっていることだろう。樹の周りに、たちまち人垣が築かれる。宮殿内の動きも慌ただしい。門からまず数人の党兵が現れ、準備作業をはじめる。

「寄るな!この柵から、一歩も前に出てはならん!」

 広場の中央にあるエミシの大樹から25デスタントほどを隔て、ぐるり周囲に金属柵が設けられていく。設置が終わると、いよいよメインイベントの開催だ。観衆の人波が割れ、道が開く。同時に、どよっ・・・と鳴動が巻き起こる。

「おおっ・・・」

「カプーのむすめ・・・」

「うるわしい・・・」

 ざわめきの方を見やると、果たしてそこに、観衆のお目当ての人物が姿を現した。4~50人もの党兵の隊伍に取り囲まれた、英雄カプーの娘だ。

「・・・ジュビー・・・」

 やっと会えた・・・本当にたどり着けた・・・いろいろな想いがめぐる。目が潤みそうだ。が、気を引き締める。

 そんなオレの感慨とはまったく別に、人々は各自の思いを口にしている。輝くようだ・・・英雄の子よ・・・ドラゴンで飛び去った伝説の赤ん坊・・・かわいそうな少女・・・耳に入るひそひそ話は、どれもジュビーに同情的、かつ好意的なものだ。党のエンブレムを胸につけていながら、誰もが彼女にシンパシーを感じている。そしてまた誰もが、英雄が現れるのを、伝説の人物が都の現状を破壊してくれるのを、心待ちにしている。ジュビーは、英雄、カプーの子であると同時に、女帝、カンピオンの実子だ。そのことは誰もが知っている。なのに、「女帝の娘」という言いまわしがまったく聞こえてこないのは不思議だ。しかし、理解はできる。民衆にとってこの少女は、母、カンピオンを裏切った罪人ではなく、父、カプー・ワルドー出現の使者なのだ。民衆は、圧政からの解放を求めている。革命を。それを口に出す者などいようはずもないが、この場にいると、その期待の強さが、そして切実さが、ビンビンと伝わってくる。

 民衆の前に引き出されたジュビーは、憔悴しきって見える。いつも履いていた短寸のブーツを脱がされ、裸足だ。革ヒモで後ろ手に縛られている。自分がそうされていたときの痛みを思い出す。うっ血していなければいいのだが。ジュビーは、連日の拷問に疲れ果て、寒さと恐怖に震えている。六日間もの間、吊るされつづけたのだ。気の張りも限界だろう。それも今日で最後だが、苦痛が終わりを迎えるとき、それは死の訪れを意味する。唇には血の気がない。いつも胸を張り、瑞々しいばかりの自信を満ちあふれさせていた姿は、そこにはみじんも見られない。雨に濡れそびれ、肩を縮こまらせて、少女は小さく立ちすくむばかりだ。それでも、よかった。生きていた・・・その事実だけで、心が打ち震える。

「きをつけーっ!!」

 雨音を切り裂き、聞き覚えのある、あの胸くその悪い声が響いた。隊伍の背筋が、しゃん、と伸びる。ひとりの男が、エミシの樹の前に進み出た。党兵の中でも、ひときわ派手な特別あつらえの制服を着込み、まばゆいばかりの勲章をぶら下げている。見事、英雄の娘を女帝陛下の前に突き出した功績だろう。気取り屋のゲス男は、真横に伸びたヒゲを指先で整えながら、民衆に向けて声高らかに宣する。

「党中央委員、ネロス・ブラボーである!」

 因縁の仇敵の登場だ。今度こそ、決着をつけなければ。

 ・・・っ!

 やつの顔を見て、思わず飛び上がるところだった。黄金の前髪で隠した右目に、今までにはなかった黒革製の眼帯を着けているではないか。

「たはっ・・・!」

 かっこいいぞ、よく似合っている。快哉を叫びそうだ。やった!ジュビーの髪留めを使った乾坤一擲の突きは、やつの片目を潰していたのだ。血走った左目いっこで民衆を睥睨し、威勢を張っているが、その胸中の憤懣が透けて見えるようだ。

「この私が直々に、本日の刑の執行を取り仕切る」

 ほう、役人の言葉遣いも堂に入ってきたものだ。それにしてもネロスめ、あんな失態を犯しておきながら、これほど高い地位に取り立てられるとは。この分だと、父親とドラゴンを取り逃がした間抜けな事実は、党上層部に報告が上がっていないのだろう。でなければ、首をくくられるのはネロス自身だったはずだ。どんな方法で関係者の口をふさいだかは・・・今は考えまい。片目のネロス執行官様は、よどみなくつづける。

「この者は、古今無双の極悪人、カプー・ワルドーの娘、ジュビー・ワルドール・カンピオンである。父親とともに国家転覆を謀った罪により、ただ今より公開処刑を執り行う!」

 人垣がどよめきに包まれた。オレの背中にも戦慄が走る。処刑だって?話が違う。思わず、ポンチョの中に隠し持った剣を握る。

「・・・ただし!本日、日の入りの刻まで、刑は緩慢に執行していくものとする。これは、この者の父親に与えられた最後の猶予期間である。その刻までに父親が名乗り出るならば、司法上の取り引きにより、娘の刑は減免される可能性がある」

 今度はいっせいに安堵の声が漏れる。父親も、この声をどこかで聞いているにちがいない。民衆はひとり残らず、そのことを信じて疑っていない。

 ジュビーはなにか言いたげに、ネロスを見た。哀願するようなまなざしだ。さすがに気が弱っている。しかし、執行人には容赦がない。芝居がかった仕草で手を高々と上げ、そして振り下ろす。

「はじめよ!」

 党兵の中から屈強な三人が出てきて、エミシの太い枝から下がる縄に手を伸ばす。先端に結び込まれた輪を、ジュビーの首に掛けようというのだ。ジュビーは泣きそうな顔になる。六日間くり返してきた、おなじみの作業なのだ。いやいやをして抵抗の態度を示しながら、しかし、ついにはすべてを受け入れるかのように、のど元を反らせて応じる。意外なほどに素直だ。縄はあっさりと首に巻かれていく。すでにあきらめきっているのか?いや、あきらめてはいない。信じているからこそ、応じられるのだ。

「ジュビー・・・まってろ・・・」

 そのとき、ジュビーがこちらを見た。不意に、目が合った!その瞳には、強い光が宿っている。知っているのだ。オレたちがこの広場にいることを。そして、父親が助けにきてくれることを。

 首に巻かれた縄が、枝の裏側から引かれていく。

 きり・・・きり・・・きり・・・

「ぐ、う、う・・・」

 縄が張り詰めていく音・・・のどの締まり、頸椎のきしみが伝わってくる。民衆がざわめく。息を飲む。手で目をふさぐ者もある。そのままジュビーの足は持ち上がり、執行官であるネロスの腰丈ほどの位置にまで引き上げられた。

「・・・ぐあ・・・」

 ジュビーの素足が、じたばたと虚空を掻く。オレはいつの間にか、剣の鯉口を切っている。思わず声をあげて飛び出しそうだ。

「苦しいか、ジュビーよ」

「う・・・う・・・はや・・・く・・・」

「わが求愛を拒絶した罪もある。私は本当に、陛下に助命を嘆願してやるつもりだったのだ。なのに、おまえときたら・・・バカめ。しばらくこのままこらえよ」

 なんてやつだ。ジュビーに正式に告ったな。そしてフラれたわけだ。ロリコンのマヌケ野郎が。ざまあみろ。

 ジュビーは呼吸ができない。空中で必死にもがく。党兵のひとりが、たまらず進言する。

「・・・あの、し、執行官様。これでは手順が・・・」

「よい。この者とて訓練を積んだ一端の剣士だ。首だけで吊るされたままでも、しばらくは生きていられよう」

 民衆のざわめきが、悲鳴に変わりはじめる。このままでは本当に死んでしまう。見ているこっちが耐えられない。足を踏み出そうとした、そのとき・・・

 お、お、おぉぉ・・・!

 広場は安堵の空気に包まれた。苦しむ罪人の足の下に、突っかい棒があてがわれたのだ。いや、それは突っかいとして用いるような代物ではない。あてがわれたのは、「くの字剣」だ。サヤにおさめられたままの剣先側を地面につき、垂直に立てられた剣の柄が、素足の裏につがわれている。つまり、ジュビーは自分の剣の上に立たされたのだ。後ろ手に縛られ、首をくくられた状態で。剣尻は、かろうじて足場にはなっている。が、これでは、まるで綱渡りだ。いや、体重をかけられるのはただの一点なのだから、綱渡りとは比べものにならないほど危うい状態と言っていい。そのうえ、ジュビーの剣はくの字に折れ曲がっている。そいつは今この瞬間も、ぐらぐらと心もとなくふらついている。立てられた剣の柄の一点から足を踏みはずせば・・・いや、雨に濡れる敷石の上で剣先がただ少し滑るだけで、少女の細い首はもつまい。剣は、正確に重心を保ちつつ、かろうじて少女の命を支えている。これを倒してはならない。揺るぎのない集中力でバランスを取り、ひたすら立ちつづけるしかない。

「う・・・う・・・」

 ジュビーは何事かを語りたげな目をするが、か細くうめくことしかできない。くの字剣は、少女ひとりをのせるには、あまりに不安定だ。雨もそぼ降っている。一瞬たりとも、集中を切らすことは許されない。こんな苦行をジュビーは、六日間も、朝から夕方までやりつづけたというのか。これに比べたら、オレが荒野の穴で過ごした三日間など、リゾート気分に過ぎなかったとすら思える。一刻もはやく助けたい。が、あわててはならない。機を待たねばならない。

「おっさん・・・はやく・・・」

 この状況に及んでも、英雄は現れない。間違いなく、このサーカスを遠巻きに見ているはずなのに。いったいどんな策を練っているのか、それとも練っていないのか・・・まったく、手の内を読ませないおっさんだ。しかし!ネロスは読むはずだ。絶対にうかつな動きは許されない。おっさんも、その点は身に染みている。だからこそ、姿を見せない。じっと待つ。はやる気持ちを抑えるのに、甚大な努力を要する。右手で左手を、左手で右手を押しとどめているような、たまらないもどかしさだ。それでも自重しなければならない。

 首くくりにされたジュビーは、懸命に軽業をつづける。一瞬でもしくじったが最後、窒息の地獄がはじまる。いや、窒息の前に、頸椎がポキリと砕けるかもしれない。そうならないために、延々と曲芸をしつづけるしかない。ジュビーの表情から見て取れるのは、すでに恐怖や、悲しみ、怒りの感情ではない。極度の緊張だ。ジュビーが立たされているのは、脚立として用いるにはおよそ適さない、異形の剣だ。長く細い足は絶え間なく左右前後にぶれ、その度に、剣はしなり、震え、ぐらつく。危ういことこの上ない。それでもジュビーは、超絶的な精神力で立ちつづける。信じきっている。救いの手が伸びつつあることを。

 雨はやまない。刑を執行中の罪人の身柄を何者かから守るため、という名目で、50人もの党兵が四方八方に向けて銃を構えている。それを束ねるネロスは、銃後で油断なく目を・・・隻眼となった目を配る。人質奪還を目論む無法者の出現を、今や遅しと待っているのだ。広場の外周や宮殿の敷地内にも兵は配され、警戒にぬかりはない。必ず不埒者は現れる、と確信した配備だ。というよりは、吊るされた罪人は、大物をおびき寄せるためのエサでしかない。現れないわけがない、というわけだ。

「まだ姿を現さんか・・・」

 ネロスも焦れている。それでも、さすがは執念深いドラゴンハンターだ、わずかなスキも見せない。残った片目を油断なく光らせている。やつもまた集中力を研ぎ澄まし、待ちつづける。なのに、英雄、カプー・ワルドーは・・・吊るされた少女の父親は、いつまでたっても現れない。一刻が過ぎ、二刻が過ぎ、三、四、五刻が過ぎ・・・鐘楼の鐘は南中刻を告げる。広場の人垣は幾重にも取り巻かれ、増えることはあっても、一向に減る気配を見せない。まるで、街じゅうの人間が集まっているかの様相だ。誰もこの場を去ることができないでいる。少女の死に立ち会いたいのか、それとも、これからはじまる世紀の大捕り物を見物したいのか・・・いや、そうではない。誰もが待ち焦がれているのだ。英雄の出現を。歴史が変わる瞬間を。発する言葉はなくても、気持ちは同じにちがいない。革命を期待する念が、雨で湿気た大気中に渦巻いている。

 七刻が、八刻がたつ。何事も起こらない。誰も動かず、ただ雨音が静寂を際立たせる。そして、ついに九刻が・・・十刻が過ぎる。ジュビーはじっと立ちつづけている。朝方となにひとつ変わることのないたたずまいで、自分が今するべき作業に没入している。それは、立ちつづけ、生きつづけることだ。それが、彼女にとっての革命なのだ。なんと立派な態度だろう。それでも、父親は現れない。なにが英雄だ。あいつは、ぜんぜん立派じゃない。ただのバカ親父だ。もう待てない。雨はやまない。薄暮も深くなっていく。周囲にはすでに、夜気の気配が立ち込めはじめている。カプー・ワルドーが現れなければ、なにも起こりえない。なにもはじまらないどころか、すべてがおしまいだ。

 エミシの大樹の枝を見ると、上方の葉影に隠れたテオがサインを送ってくる。あいつも、もう待てないのだ。なにより、ジュビーがかなり危うい。濡れそぼって凍え、体力を使い果たし、集中力も限界に近づいている。テオにサインを送り返す。もう自分たちだけで動くしかない。死を覚悟して、暴れまくるのだ。そして、ネロスだけでも討ち取る・・・

「・・・すまん・・・テオ・・・」

 ゆっくりと、テオが幹を伝い下りてくる。テオは、からだ中に小枝と葉っぱを貼りめぐらせ、迷彩にしている。賢いやつだ。うまく擬態して、風景に溶け込んでいるではないか。しかし、樹の下方にくるほど、生い茂る枝葉は薄くなる。用心しなければならない。幸いなことに、樹の根元に陣取る党兵たちは、広場の外からの襲撃に備えていて、警戒の意識が頭上にまでは及んでいない。その油断を突き、テオはうまく縄の掛けられた枝先まで這っていく。周囲から樹を見ても、テオの取り着いた枝にはちょうど別の枝葉が重なり、うまい具合いに小さな姿を隠してくれている。雨粒と暮れのかすみとで、視界も不良だ。ゆっくりと、ゆっくりと移動していく。

「ようし・・・いいぞ・・・」

 縄の吊られた地点にまでたどり着いた。あらかじめ渡しておいたナイフを抜き、縄の切断に入る。オレも、ポンチョの奥で剣を抜く。すぐに飛び出せるように身構える。覚悟は決めた。それにしても・・・カプーは現れてくれないものか・・・いや、もう期待してはならない。腹をくくるのだ。

「テオ・・・うまくやれよ・・・切ったら、オレが援護に・・・」

 ところが、テオはなかなか縄を切れない。あのナイフとて、オレがこの目で見定めた逸品だ。昨夜も入念に研ぎ上げた。麻縄など、一刀で両断にできないはずがない。

「まさか・・・」

 テオはこっちに向かって首を振ってくる。「硬い」と、身振りで伝えている。ネロスめ、縄の芯に金属製のワイヤーでも仕込んだのだ。王様ドラゴンに逃げられたのを教訓にしたわけか。抜かりがない。オレならなんとか切ってみせようが、テオの非力ではむずかしい。進退極まったか・・・いや、考えるのだ。

 時間だけが刻々と過ぎていく。ジュビーは、今もなお信じきり、剣の柄の上で一心に立ちつづける。雨足が弱まってきた。すぐにやむ。雲間がひらく。かすみが散っていく。まずい。日差しが漏れる。それを見上げたとき、背筋が凍りついた。太陽が低い!すでに西の山端にかかっている。約束の刻である日の入りまで時間がない。最後の刑が執行されてしまう。もう飛び出して、玉砕するよりほかにない。

 ネロスがいよいよ組んだ手をほどき、吊るされた罪人に向かった。

「ジュビー・・・」

 憐憫のまなざしだ。見つめられた少女は、剣の上で足を震えさせている。しかしそれは、寒さや恐怖心からではない。まだ立ちつづける必要があるからだ。バランスに集中しているのだ。それを見てネロスは、哀れみの表情から、あきれ顔をしてみせる。

「いつまで待っても、無駄だったな」

 ネロスを見つめるジュビーもまた、同情の面持ちだ。

「・・・残念でした・・・七日間、釣果なし・・・」

 縄を巻かれたのどから、声を振りしぼっている。精一杯の強がりだ。

「その通りだ。がっかりだよ。きみにエサの価値はなかった・・・父君も、ドラゴンも、マモリのガキも、ボーイフレンドも、ついに姿を現さなかった」

 ボーイフレンドってのはオレのことか?光栄なことだが、勘違いもはなはだしい。

「がっかりさせられたのは、やつらにだっ!やつらがこないせいで、私はきみを処刑しなければならない」

 ジュビーは無言で立ちつづける。焼き切らんばかりの視線をネロスに射込みながら。しかし、足はガクガクだ。凍え、疲れきり、最後の気の張りだけで立っている。それでも、まだ希望を捨てていない。仲間への信頼だけが、彼女を支えているにちがいない。この子を裏切れることは許されない。樹の上を見やる。

「・・・くそっ・・・テオっ・・・」

 テオは、必死にナイフを立てている。が、気配を悟られるわけにもいかない。刃を叩き込むことなしに、縄を切ることはできない。これでは間に合わない。

 ネロスがついに、殺気をむき出しにした。

「恨むなら、臆病者たちを恨むのだな」

 日が西の山に沈みきる。刻だ。いくしかない。剣を握りしめる。

「愛していたよ」

 ネロスは、ジュビーの足下につがえられた剣を、つま先で思いきり蹴り払った。くの字剣は宙に放たれ、くるりとひらめく。

「ぐっ・・・」

 ジュビーの首の縄が、ビンッ、と張り詰めた。

「はううっ・・・!!!」

 突っかいの剣を外され、ジュビーの足が空を泳ぐ。しかし、じたばたと足掻くほどに、少女の全体重は細い首に集中する。後ろ手に縛られている。どうすることもできない。正真正銘の首吊り状態だ。窒息地獄がはじまる。

「ジュっ・・・!」

 飛び出そうとした、そのときだ。足払いを食った剣は、鮮やかに回転しながら、ネロスの手中におさまった。やつはすぐさま、サヤからくの字剣を引き抜き、今度は抜き身の刃先を上にして、再びジュビーの足下にあてがった。今までとは逆さだ。路面から天に向けて突き上がるように、剣が置かれたのだ。

「うっ・・・く・・・」

 ジュビーはとっさに、足の指で剣の切っ先をはさみ込む。かろうじて立った!研ぎ抜かれた鋭い刃先に。抜き身の剣をつま先でつまみ、必死にバランスを取り直す。しかしこの状態で頼れるのは、薄い刃をつかむ足の指の力だけだ。これではわずかな時間しか立ってはいられない。体重の支えが利かない。

「さらばだ、ジュビー。自分の運命を呪うのだな」

 役割を終えたネロスが、死にゆく罪人に最後の言葉をかける。オレは剣を振り上げ、飛び出した。党兵たちの銃口がいっせいにこちらを向く。

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