第23話・作戦

 テオとふたり、宮殿前の雑踏に立ちつくす。革命!明日、ここで革命が起きるというのか?あの父親が・・・カプー・ワルドーが大暴れすると?

 ブルン、ブルン・・・ブロロロロウン・・・

 ざわめきを裂き、突如、けたたましい爆音とともに、数台のバギーが走り込んできた。党の保安兵たちだ。エミシの大樹を中心とした円形広場の周囲を、土煙を上げて走りまわっている。しかしその土煙は・・・

「・・・血煙だ・・・」

 バギーの後ろに、ロープで人間がくくりつけられている。車引きの刑だ。

「なんてことを・・・ひどいやっ・・・」

 引かれているのは?即座に思い当たった。さっきのマーケットの爆発だ。テオは歯を食いしばってうめく。すでに理解しているのだ。

「・・・落ち着け、テオ。捕らえた犯行グループを見せしめにしてるんだ・・・」

 今にも飛び出しそうな小さなからだの前に手を伸ばし、制する。

「・・・マモリのひとたちを・・・くそう・・・」

 この手ひどさに比べたら、オレやテオへの私刑など、甘っちょろいものだった。バギーは入念に、執念深く、犯罪者たち引きまわし、人体を煙に変える作業にはげんでいる。わざわざ見せしめにするのは、党のマモリに対する怨念と、歯向かう者は本気で叩きつぶすというメッセージが込められている。この痛ましさが、次なるテロルを実行しようとする者への絶大な歯止め効果となるのだ。

 広場の縦横を無尽に走行した後、ようやくバギーは停車した。引きずられた人間たちは、力なくうごめいている。どれだけの距離を耐えたのか、着ていたはずの服は跡形をとどめず、全身の皮膚までがこそげ落とされている。その姿は、血まみれどころか、真っ黒なススの塊だ。無機物に近い質感の中、傷口だけが生々しく、鮮やかに照り光る。そんな仕事の成果をかえりみもせず、バギーから降り立った男は、襟元を、ピッ、と整えた。エンブレムが光る。人垣が取り巻く中央で、重厚なバリトンの声が発された。

「民衆に告ぐ。この者たちは、国家転覆を企図した極悪人である。女帝陛下のおわすこの都を、暴力によって不安に落とし入れた。よって、陛下の名のもと、現行犯処刑を執行する」

 読経のように平板な宣言だ。感情を差しはさまない、自動的な判決が下されたわけだ。兵たちは腰のホルスターから拳銃を抜いた。そして、それぞれのバギーの後ろに引いた炭団塊に、とどめの一発を撃ち込んでいく。

 ぱん、ぱん、ぱん・・・

 そこにはなんの躊躇もない。すべての仕事が事務的にこなされていく。よどみなく冷徹にやり遂げることで、抑止力が最大限に効果を発揮すると考えているのだ。

 周りを取り囲む民衆からは一言の声も漏れず、わずかな物音も立たない。息を殺す。目立ってはならない。この街に暮らす者は、そのことを身に染みて理解しているらしい。

 仕事を終えた保安兵の隊長は、ピストルを空に向ける。

「女帝陛下、万歳!」

 今度の声は打って変わって、舞台芝居の劇中歌のように高らかだ。すると、そこにいた誰もが口々に叫びはじめた。

「じょてーへーか、ばんざい!」

「じょてーへーか、ばんざい!」

「じょてーへーか、ばんざい!」

 じょてーへーか、ばんざい・・・

 宮殿の最奥部におわすやんごとなきお方に、声を届かせなければならない。みんなその一心で、声を振りしぼっている。この声を、左手首を失った女は満悦して聴いているのか。

「・・・これが圧政ってやつだ。みんな、よく飼い馴らされてるぜ・・・」

「こいつら、党にご機嫌をとってるんだ・・・ちくしょう・・・」

「目をつけられるのが恐いのさ。こんな大人になるなよ」

 大合唱は延々とつづいている。茶番劇にいつまでもつき合ってはいられない。人波をかき分け、そっとその場を離れた。

 それにしても心配なのは、ジュビーの身だ。女帝は、実の娘をどう処置するつもりなのだろう?なにしろ、常識が通じない人物だ。権力欲のために、赤子のジュビーをドラゴンの穴に放り込むほどの冷血鬼なのだから。父親をおびき出すエサとして吊るした挙げ句に、まさか民衆の面前でこれほど無惨に殺すとは思いたくないが、実際にやりかねない。明日、父親が現れようが現れまいが、遠慮なしに手を下さないともかぎらない。その前になんとしても、ジュビーの身を奪還しなければならない。

「さて、どうするか、だな・・・」

 策を練る。あれほどのひと混みの前では、とてもこっそりとさらうことなどできそうもない。かといって、あの火力、装備、そして大人数に立ち向かうには、剣と木剣一本ずつでは、少々心細い。なにか奇策はないものか・・・

「ぼくがやるよ」

 考えあぐねていると、テオが突然、切り出した。

「やるって・・・どうやる・・・?」

「樹にのぼればいいんだ。それで縄を切って、助ける」

 子供の考えることはシンプルだ。しかし常に正解でもある。なるほど、援護班が陽動してくれれば、ジュビーはオレとテオの導きで逃げられないこともない。援護班とは、つまりカプー・ワルドー氏と王様ドラゴンだが・・・現れる見込みはあるのか?

「ふむ・・・革命とやらを信じるしかないな・・・」

 安直な手だが、正面切って大立ちまわりを演ずるよりも、実現性は高い。が、問題は多々ある。まず最初の難関は・・・

「しかし、まず・・・大勢が見てる前を、どうやって樹にのぼるかだ・・・」

 テオは即答する。

「簡単さ。夜のうちにのぼっておけばいいんだ」

 シンプルだ。そして正解だ。ジュビーが吊るされる前の真夜中なら、宮殿前の警備も手薄だろう。見物人もいない。そこはクリアできそうだ。しかし、ジュビーの命と同時に、テオの命もかかっていることを忘れてはならない。この作戦だと、ふたりを回収する必要がある。ところが、テオははじめからそこまで考えを及ばせている。

「もし、ジュビーおねえちゃんが逃げられるなら、ぼくも一緒に逃げられるさ。だけどもし、おねえちゃんが助からなかったら・・・」

「助からなかったら・・・?」

「・・・ぼくも助からない。そのときは、それまでさっ」

 シンプルだ。が・・・それでは粗雑すぎる。ジュビーの救出に、一か八か、自分の命を賭けようというのだ。しかし、テオは本気だ。

「仕方ないさ。命を賭けなきゃ、助けられっこないっ!フラワーだってそうだろ?」

 小さな瞳の中に、炎が揺らめいている。

「テオ・・・おまえ、どうしてそこまで・・・」

「どうして?・・・おねえちゃんも、フラワーも、命を賭けてぼくを助けようとしてくれただろっ!」

「それは・・・状況が・・・」

「借りを返したいんだ」

 やはり、この子の答えは常にシンプルだ。正解かどうかはわからないが・・・とにかく、一直線なのだ。それに、この気迫。だてに死地をくぐってはいない。望みのものを得るためには、命を賭けるしかないと知っている。テオも、オレも・・・それに、ジュビーも、カプーのおっさんも、みんな命を賭ける必要がある。絶対に誰も死なせたくない。が・・・もしもダメだったときには、みんな死ぬ。その先鋒をつとめようというのだ、この子は。まったく、動かされる。

「よし!やろうぜ。テオ」

「うんっ」

 一度は失ったはずの命だ。盛大に散らしてやろう。

「とりあえずは、おまえが樹にのぼって、明日、カプーのおっさんを待つんだ。なにかやらかすに決まってる。それでこなければ・・・ふたりで突っ込もう」

「わかったっ」

 腹をくくる。もはや決行あるのみだ。


 爆発と凄惨な銃撃戦の跡が生々しいマーケットで、素晴らしい切れ味のナイフを手に入れた。どんな太いロープも、すぱりと切れそうだ。テオに持たせると、その目が輝いた。

「事のついでだ。旅路で稼いだ金全部、使っちまおうぜ」

 豪勢な食料を買い込んだ。ポンチョでほっかむりをしたまま、木の実パンをオランジェの絞り汁でのどに流し込む。そして、大きな野ブタ肉のグリルだ。こいつの摂取をもって、傷は快癒としよう。テオとふたりで、今生の最後となるかもしれない食事を噛みしめる。

 さらに日暮れを待ち、作戦のための待機場所を探す。広場が見渡せる路地の隅に、ちょうどおあつらえ向きの暗がりを見つけた。酒樽がうずたかく積み上げられていて、すき間にバギーをおさめることができる。その物陰に身をひそめ、夜が更けるのを待つ。ちらりとのぞくと、門を守る衛兵は数人だ。スキを見て走れば、なんとか樹までたどり着けそうだ。人影が消えたら、動く。

「今夜は新月か・・・」

 ところがこの界隈は、日がとっぷりと暮れても、一向に暗くならない。宮殿から漏れる灯が、通りを煌煌と照らしているのだ。バカバカしいほどのエネルギーの垂れ流しだ。どうかしている。夜は深まる。すでに周辺はひっそりと静まり返っている。なのに、広場にはまったく暗闇が訪れない。衛兵も消えてくれる様子がない。しんしんと冷える夜だ。ポンチョにくるまり、一瞬一瞬に集中する。横で毛布を羽織ったテオも、目をらんらんと見開いている。懐にナイフを忍ばせて。じりじりと焦れつつ、それでも機会を待つ。

「くそ・・・」

 よどんだ都の空気に、星の輝きが鈍い。夜空も瞬くのを忘れてしまったかのようだ。低く流れる雲が、地上の煌めきに照らされ、うっすらと反射光を放っている。そんな中、山ぎわに大きく、明けの明星が明滅しはじめた。あと半刻もたてば、東の空が白んでしまう。なのに、チャンスはめぐってこない。どうする?・・・そのとき。

「ん・・・?」

 風向きが、ふと変わった。大気が重く渦巻いている。

「テオ・・・準備しろ・・・」

「わかってる・・・」

 空がかき曇っていく。頭上にたったひとつ瞬いていた明星が、隠れた。いつの間にか、北方の朝特有のかすみが立ち込めている。すぐに雨が落ちはじめる。

 ぽつん・・・

「フラワー・・・」

 さああああ・・・ザ、ザ、ザァア・・・

「いっていい・・・?」

「ああ。たのむ・・・」

 テオは、懐のナイフを確認した。さらに、研ぎ上げた木剣を手にする。握りしめる濡れた手に、震えはない。気合いだけがみなぎっている。

 ほどなくして、雨は激しく舗装路を叩きはじめた。本降りだ。ついにテオが、広場へと移動を開始する。街角に人影はまったくない。衛兵たちは、あわてて装備を荒天用のものに替えている。今しかない。雨音は侵入者の足音を消し、水煙は姿を覆い隠してくれる。エミシの大樹から門前の衛兵までは、距離がある。小さな影は、雨にかすんで視界には捕捉できまい。それでも念には念を入れて、テオは地を這って樹影に近づいていく。うまく気配を殺している。

「やるもんだな、テオ・・・」

 身ごなしが、知らず知らずのうちに剣士のものとなっている。テオは樹の根元までたどり着くと、手にしていた木剣を背負い、太い幹にかじりついた。衛兵からは死角の位置だが、安心はできない。落ちでもしたら大ごとだ。ところが、ここからのテオの身ごなしは、猿も顔負けだ。指先で樹幹のコブや皮の裂け目を探り当て、むんずと引き寄せては、すいすいとよじのぼっていく。二階建て屋根の軒先分ほどものぼると、テオの小さなからだは、枝葉にすっぽりと飲み込まれた。もう人目にはつかない。スタンバイ完了だ。

「よくやったっ!」

 拍手でもしてやりたい気分だ。危なげのない、完璧な仕事だった。とにもかくにも、間に合ったのだ。ずぶぬれのポンチョにくるまりながら、エミシの樹に向かって親指を立てる。テオの姿は見えないが、あっちのほうでもガッツポーズをしているにちがいない。

「テオ・・・たのむぞ・・・」

 革命の朝が訪れようとしている。

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