第22話・カンピオネ
都への道々、大道芸をして日銭を稼ぐ。悪事を働くのは気持ちのいいことではないと痛感したのだ。強盗の代わりに、道端で芸を見せて投げ銭をもらおう、と言いだしたのは、テオだ。
「芸・・・?」
「だって、フラワーってすごい隠し芸ができるだろ」
カクシゲー・・・オレのブゲーの技を羨望のまなざしで見つめながら、そいつを見世物にして金儲けができるとそろばんをはじいていたとは、まったくなんというガキだろう。しかし確かに、少ない手持ちのカードを使わない手はない。
「よってらっしゃい!」
テオが道ゆく人々に声をかけ、オレの頭上から紙片を落とす。オレはそいつを剣ですいすいとなぎ、紙吹雪にして見せる。最後に見栄のポーズをキメると、たちまち人垣ができた。都市部では、剣士がもう珍しくなっている。この古風な姿がウケるらしい。それでも時代遅れと見られないように、婦女子が多く集まる場所では、紙片を空中で「ハアト」の形にそいでご覧に入れる。なぜかやつらは、この形を見ると反射的に歓声をあげてしまうようなのだ。そして「キヨシ」という型の会釈で締めくくれば、小銭が降ってくる。ときには、銀貨をふところにねじ込んでくる酔狂なおばはんまでいる。出し物を終えて、おひねりをかき集めると、結構な額になった。
「まるで人気の旅役者だね」
「だけど、放り銭を拾うのは気が引ける。あまりやりたい仕事じゃないな・・・」
調子にのって、目立ちすぎるのもよくない。さっとしつらえ、そそくさと芸を披露した後は、とっととその場を離れるのが肝要だ。派手に顔を売った挙げ句に、「デッド・オア・アライブ」の張り紙を突きつけられた日には、目も当てられない。見得を切り終えると、まさしく脱兎のごとくに、バギーで遁走した。
日が落ちると、人里から隔たった森や川っぺりで、野宿だ。
「ねえ、ジュビーって、どんなひとなの?」
骨に残ったスジ肉をこそげながら、テオが訊いてくる。不意を突かれて、酒ビンを取り落としそうになった。焚き火に目をやると、あの美しい顔立ちが浮かんでくる。
「ジュビーか・・・高潔な人間だよ・・・」
「カプー・ワルドーの子なんだよね?」
伝説の英雄と、その娘・・・あの父娘と過ごしたのは、わずか一週間あまりのことだ。複雑な事情にここまで深入りするとは思ってもみなかったが、手を貸さずにはいられない不思議な魅力を、ふたりが持っていたのは確かだ。とりわけジュビーには、際立った存在感があった。
「あの子は、特別な人間だ」
「わかるよ。やさしくて、あったかかった・・・」
テオは、ジュビーに抱きしめてもらった感触と体温を思い出している。あんなふうに、ひとと触れ合ったことがなかったにちがいない。
「しかも、強くて、勇敢で、それに、かわいかった!」
「かわいいはどうでもいいが・・・ジュビーは、出自(うまれ)もそうだが・・・とにかく特別なんだ」
革命を起こす、と言っていた。いくらなんでもそれは無茶な話だが、弱さを見せる一方で、理解を超える強さも持っていた。未熟なくせに、品格が仕上がっているのだ。まさにその点を、党と女帝は恐れているのかもしれない。
「フラワー。必ずジュビーおねえちゃんを助けよう!」
「ああ・・・」
「助けなきゃいけないんだ!なんたって・・・おねえちゃんが捕まったのは、ぼくのせいだし・・・」
ジュビーは、吊るされたテオを助けようとして、自らの剣を投げたのだ。その結果、すべての秘密が明らかになり、拘束されてしまった。
「テオ、おまえ・・・そんなふうに思ってたのか・・・」
「おねえちゃんは、命の恩人のうえに・・・とにかく、ぼくのせきにんなんだ・・・」
「そうじゃない。おまえは悪くない」
「それに、かわいいし・・・」
「・・・?」
「フラワー。必ずジュビーおねえちゃんを助けよう!」
熱く語りながら、テオはミルクをなみなみと注いだ椀をあおる。
「フラワー。あんたはライバルだ!」
「・・・ちょっとまて。なんの話を・・・」
「あんたに、ジュビーおねえちゃんは渡さない!」
二杯、三杯と椀をあおっている。ミルクの中に、酒を忍ばせたのがまずかった。痛み止めと、眠り薬の代わりにと思ったのだが・・・
「つげよっ!フラワー」
「あ・・・ああ・・・はい・・・」
「あんたには負けない・・・」
そのうちにテオは、火の傍らで、こてんと眠りに落ちてしまった。まるで酔っ払ったおっさんだ。一方で・・・まだ無邪気な子供だ。
「バカだな・・・おまえのせいなんかじゃないぞ、テオ・・・」
またもこの子の無垢な心を見せられてしまった。小さな指をこじ開け、握られた椀を引っぱがす。開かれた手の平には、血マメが破れた跡に、新しい血マメができている。一心の純情の証だ。テオはあれ以来、最後の一枚の葉っぱをなかなか貫けないでいる。
ドドドドドドドド・・・
バギーをぶっ飛ばす。テオは、もう吐くことはない。目を爛々と血走らせている。朝、気つけに食べさせたマムシニンニクが効きすぎている。
「もっと飛ばせないのかよう、フラワー!」
「限界ですよ、お客さん」
「いいからもっと出せよう!」
「スロットルはいっぱいいっぱいに絞ってるよ」
「とにかく、いそいで!」
「はいはい・・・」
ものすごく元気だ。テオは完全に回復した。あとはオレだが、こちらも調子は上々だ。たっぷりの滋養と休眠のおかげで、腹の裂け目はふさがり、筋肉が一枚の板になっていく確かな感覚がある。より深かった腕の傷もきれいに閉じ、圧がみなぎるようになってきた。力を込めると、糸目がちぎれ飛びそうなほどだ。思えば、土中の獄の格子からのぞく月は、たぷんと満ちていた。しかし今、広々とひらいた街道から見上げるそいつは、徐々にそげて細っていく。まるで都への道のりのカウントダウンのようだ。そこに、ジュビーがいる。力が、よりみなぎる。
「ようし、ぶっ飛ばすぜ、テオ!」
「たのむよ、フラワー!」
バギーの動力は、いよいよ回転数を上げる。
ゆく先々の街はずれに、必ずよろず屋がある。貨幣を見せて交渉すると、どこも気前よくバギーのタンクを満杯にしてくれる。驚いたことに、燃料はどこででも、誰にでも、欲しいだけ手に入るらしい。ありがたいというよりも、空恐ろしくなってくる。こんな使い方をして、資源は底を突かないのか?どんな技術を用いて、どんな太い油井を掘り当てたのか?からくりがさっぱりわからない。これなら確かに党は、戦局を有利に進めることもできれば、庶民の生活をコントロールできるようにもなるわけだ。
それはさておき、距離が稼げるのはありがたい。細りゆく昼間の月を見上げながら、ひたすら道路をぶっ飛ばす。「道路」とわざわざ言ったのは、つまり要衝同士を結ぶ道が、踏み固められた赤土から舗装路に変わったからだ。最近では、石を粉砕したパウダーを溶液に混ぜ込んで塗り込め、カチカチに乾燥させて街道を整備する技術がゆき渡っているのだ。こいつがなかなか優れている。全開に吹かしても、土煙は立たないし、振動も少なくて走りやすい。実に快適だ。
ドブブブブ・・・ブロロロロ・・・
都が近づくにつれて、多くの四輪バギーとすれ違う。輸送用の巨大なコンテナを連結したものも数多くあり、それらは六輪、八輪などというイカツい姿に改造されている。わずか数年という短期間で、バギーは劇的な進化を遂げ、それに従って流通網も整い、ものの往来が盛んに行われるようになっている。
「すげえ・・・すげえ・・・」
テオは、右を見、左を見ては目を丸くしているが、それはオレも同様だ。完全におのぼりさんの気分だ。市街地は、進むにつれて規模が大きくなっていく。やがてその境界線が曖昧になり、土地にすき間なく建造物が並びだす。都市の出現だ。目につくかぎりの人口も、目に見えて増加していく。あまりに規模が巨大すぎて、包帯と絆創膏だらけのふたりの姿も「民衆」の中に溶け込んでしまう。目立たないのは好都合だが、一方で、これまでとは比較にならないほどの多くの目に姿がさらされることも意識しなければならない。
月が、細い舟のようにそげきった。その空が、かすみがかってどんよりとよどんでいる。黄色く薄汚れた風を裂いて、走る。
ドロロロロロロロ・・・
「・・・おっ・・・!」
女帝の名が冠された都市の看板が、ど派手に目に飛び込んできた。
「きたぞ・・・カンピオネだ・・・」
ついに都に足を踏み入れた。「支配する者の地」を意味する「カンピオネ」というのが、遷都後のこの街の名だ。カンピオネは、他の街や村とはケタ違いの発展っぷりを見せている。すべての道路は鏡のようにゆがみなく舗装され、建造物は高層、長大。しかもその多くが、焼き物のタイルで彩られている。大型バギーが切れ目なく連なり、ゆき交う人々の数もおびただしい。広大な敷地を誇るマーケットは、世界のありとあらゆる品々であふれ返っている。まるで、戦争は50年も前に終わっていたかのようだ。それは今だにつづいているというのに。このおどろおどろしい華やかさには、辺境地を苦しめる戦火を忘れてしまいそうなほどだ。
「いやな街だぜ。きれいだが、空々しい・・・」
郊外でバギーを乗り捨て、民衆の流れにまぎれ込んだ。まずは都のあちこちを見てまわらなければならない。あまりの文明の進歩を目の当たりにし、テオは開いた口がふさがらない。オレはというと、その装飾過剰な悪趣味に目がチカチカしている。街のどこを見ても、ぜいたくの極みだ。が、奇妙な違和感を禁じえない。技術の粋を集めて最高の空間に仕立てられ、一極集中で膨大な人口を飲み込んでいるわりには、まるで活気がない。人々の顔がギスギスしている。振る舞いも萎縮して見える。色彩にあふれながら、空気が底暗いのだ。誰もが胸に党のエンブレムをつけているが、それは免罪符か、あるいは危害を加えられないためのお守りに見える。白けた空気がこの街を取り巻いている。ゆき交う者に緊張感を強い、寒々しささえ感じさせるものはなんなのか?
ドウ・・・ンッ・・・
すっかり慣れっこになった、例の振動がきた。爆薬の炸裂だ。
「フラワーっ!」
「マーケットの中央付近だ・・・気をつけろ、テオっ」
気をつけろ、と言ったのは、すぐに銃撃戦がはじまるからだ。無差別のテロルだろう。騒然とする現場を、大急ぎで離脱する。やがて背後で、すさまじい掃射音と、阿鼻叫喚のどんちゃん騒ぎがはじまった。
「マモリだ。なるほど。圧政とテロルとにはさみ込まれて、誰もがうんざりしてる、って図式か」
「でもっ、マモリがっ・・・まさかこんなに普通のひとがいる街なかで・・・?」
テオの兄は、マモリの構成員だったのだ。あるいはテオ自身も、組織に片足程度は突っ込んでいたのかもしれない。茫然とたたずむテオの手を引く。
「田舎で党勢力と果敢に戦う連中ばかりがマモリじゃない。やつらはとにかく、党の手をわずらわせることで、体制に反感を持つ層の支持を取り込む戦術を取ってるんだ」
「そんな・・・」
自分が与した組織の理想と現実のギャップをはじめて知り、テオは落胆の色を隠せない。
「・・・生まれた村に帰りたくなってきたよ・・・」
なにも言えない。テオの村もまた、ひどい有り様なのだ。しかし少なくとも、テロルに正義があった。彼の兄は、大きなものに立ち向かう勇敢なレジスタンスだった。それに比べて、この街の戦争はひどく陰湿でタチが悪い。一時もいたくない。しかし、ジュビーがここ、カンピオネに連れてこられたことは間違いない。捜さなければならない。
都の中心はすぐにわかった。大きな建物群の中でも、ひときわ威容を誇るランドマークがあるのだ。宮殿だ。街を適当に歩いていれば、必ずそこに突き当たってしまうつくりになっている。テオとふたりで見上げた。
「うわああ・・・」
「これが女帝陛下のおわす魔宮か・・・」
空を覆い隠すほどの巨大さだ。広さも、奥行きも、果てしない。地方から運ばせた玉石を積み上げ、技巧の粋を尽くして飾り立てられたその建造物は、重厚、壮麗、そして怪奇を極める。夕暮れだというのに、全面から真昼のような光量が放たれている。女帝、カンピオンのまばゆいばかりの住まいは、彼女が握る権力の絶大さを象徴している。
「あそこを見て。フラワー・・・」
宮殿前の広場に、黒山のひとだかりができている。ここからは見えないが、なにかの興行でもやっているらしい。テオを肩車してやる。そのとき、宮殿正面の、天を突くバカでかい門扉が開きはじめた。燦然と輝く党のエンブレムが両サイドに分かれ、通り道をつくる。と同時に、広場に集まっていた野次馬の一角が割れていく。そこから姿を現したのは、宮殿兵の大集団だ。この連中が、出し物の興行主だったのだ。女帝陛下直属の精鋭たちは、かしこまった態度で、門前のアプローチを宮殿に向けて行進している。
その中心に、ふと、親しみ深い結い上げの髪が見えた。
「・・・えっ?」
ジュビーだ!党兵に囲まれた、足取りもふらふらの少女は、ジュビーに間違いない。肩の上のテオと顔を見合わせる。党兵の一群は、すでに宮殿の敷地内に入っていくところだ。
「ジュ・・・」
名前を呼ぶ間もなかった。堅固な門は、あっという間に閉ざされた。が、確かにジュビーだった。
「あいつ・・・」
「うん、ぼくも見たっ!・・・ジュビーおねえちゃんだったっ!」
テオを肩から降ろし、人混みをかき分けて走る。が、もう遅い。門扉は、屈強な衛兵たちに守られていて、近づくことすらできない。
「かわいそうにの・・・」
宮殿を取り巻く人垣の中で、ひとりの老女がつぶやいた。
「え?なになに?どういうこと?」
地方から出てきたおのぼりさん・・・実際、そうなのだが・・・を装い、老女に訊いてみる。
「あの子だよ。英雄、カプーの娘さ。毎日、日の出から夕刻まで首吊りにされて、父親をおびき寄せるエサにされてるのさ」
老女は、ハッとし、口をつぐむ。ここカンピオネでは、言論の自由がない。うっかりしたことを口走れば、「教育」という名の厳しい粛正を受けることになる。しかし、ここは食らいつかなければならない。オレは声をひそめる。
「へえ、すげーや。あのカプー・ワルドーの娘だって。おもしろそうだね。どこ?どこに吊るされるって?」
老女は怪訝な顔だ。しかし、この田舎者風情につき合ってくれる。
「・・・この広場のまん中に立ってるエミシの樹さ。むごいことだよ・・・」
老女の視線の先を見やると、ひときわ高い樹がそびえ立っている。枝ぶりもたくましい、エミシの巨木だ。
「毎日やるんだよね。明日は?明日も吊るされるのかな?」
「・・・あんた、何者だい?秘密官憲じゃなかろうね・・・」
じろりとにらまれる。
「いやいや、この継ぎ接ぎの姿を見てよ。こんな田舎っぺのオレが、ゲスタポの犬なわけないだろ。東の地方からのぼった、ただの観光客だよ。サイト・シーイング、OK?せっかく都に出てきたからには、珍しい見せ物でもたのしんで、土産話にしたいだけだべさ」
テオはハラハラして、やり取りを見守っている。またへぼ芝居、とでも思っているのだろう。だが、老女は疑心暗鬼ながら、耳打ちをしてくれる。しぶしぶというよりも、しゃべりたくて仕方がないふうだ。
「・・・党は『七日間吊るす。その間に父親が現れなければ、娘を処刑する』と触れまわって、毎日カプーを待ってるのさ。だけど、まだ現れない。もう七日たつのにの」
「七日っ!?」
つい、声が大きくなってしまった。
「な・・・な、七日間って?明日はっ!?明日はもうないの?」
冷や汗が背筋を伝う。しまった、のんびりしすぎた。もっと昼も夜も全開でぶっ飛ばすべきだった。
「いや、明日がその七日めさ。みんな、最終日こそカプーは現れるだろう、ってウワサし合ってるよ。だけど娘のほうはもうふらふらで、父親がくる前にくたばっちまうんじゃないかって話だよ」
広場中央のエミシの樹を見る。その太い枝に、先端を輪に結び込んだ縄がぶら下がっている。首くくりの縄だ。
「!」
慄然とする。
「・・・正直なところ、みんな、カプーを信じたいのさ。奇跡を起こすんじゃないか、ってね」
「・・・奇跡?」
「そう」
老女は、おちょぼ口を田舎者の耳に近づけ、とびきりに危険な言葉をささやいた。
「・・・革命さ」
意を決したように打ち明けると、老女はそそくさとその場を立ち去った。
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