第16話・獄
「掘れ!掘れ!掘れ!ほれほれ、掘れ。ほれ、はやく掘れいっ!」
ザクッ、ザクッ・・・ザッ、ザッ、ザクッ、ザクッ・・・
「はあっ・・・はあっ、はあっ・・・」
両手首が革ヒモで縛られていて、自由がきかない。しかし、掘るしかない。その手に持たされているのは、小さなしゃもじのような木片だ。こんなもので、固く乾割れた地面を掘れと言われても、たいして深い穴が掘れるわけがない。それでも、掘らなくてはならない。なんとしても掘る必要がある。
「はやくせんと、自分の生き死にに関わってくるぞ。ほれほれ、休まず掘れいっ!」
尻をムチ打たれる。目玉が飛び出そうなほど痛い。が、そんなことを気にしているヒマはない。とにかく必死で、この後に自分のからだをおさめることになる穴を掘りつづける。
やつら「党」の内輪では、裏切り行為を働いた者を処罰するための恐ろしい方法がある、と聞いたことがある。すなわち、その者には半刻が与えられる。そして小さなシャベルが渡され、時間内に掘れるだけの大きな穴を掘る。タイムアップになると、できた穴には掘った本人が入らなければならない。入ったら、穴は格子でふさがれ、即席の監獄となる。こうして咎人は、そこで罪を償う日々を送ることになるのだ。要するに、咎人自身に牢獄をつくらせ、収監するわけだ。なるほど、なかなか考えられている。贖(あがな)わせる側にとっては、手間いらずな私刑だ。罪の重い軽いによって、数時間、あるいは数日間で出されることもあろう。しかし、数週間、数ヶ月間となると、少々きつそうだ。量刑の判断が、数年間、数十年間・・・そこまでのオーダーになると、なかなか生き抜ける者もいまい。ま、そういう荒っぽい処刑方法だ。
さて、今オレが掘っているこの場所は、環境に若干の問題がありそうだ。砂嵐が吹きすさぶばかりの、広大な荒蕪地の真ん中。周辺には、人家はおろか、ひとの仕事の爪痕すら見つからない。収監されたとしても、世話を焼いてくれる係はいなさそうだ。服役もおそらくは、この雰囲気から推して、数日間・・・という単位ではすむまい。釈放時に囚人がどんな姿になっているかは、容易に想像ができる。
「はあ、はあ・・・はあ・・・」
ザック・・・ザック・・・
「さっさと掘れい。おまえが残りの生涯を送る場所なんだぞ。自分のことは自分で!」
なるほど。だったら、間取りは広いほうがいいというものではないか。お務め中の暮らしを快適にするため、一心不乱に木片で土を掻き出す。
「そこまでだ!」
「え~っ!?・・・はあ、はあ・・・も、もう少しいいだろ?」
まだ、からだひとつを横にしてやっとおさまるほどの「くぼみ」もどきしか掘れていない。これでは牢獄というより、大地の棺桶だ。
「み・・・見ろよ。このスペースじゃ、あまりにも窮屈だ。中に入ったら、寝返りも打てないじゃないか」
「すまんな。我々もヒマじゃない。ドラゴンの叫び声で隣村から駆けつけて、騒動に偶然出くわしただけの地方役人なんだ。仕事に戻らねばならん」
なんだか気安く話せる役人たちだ。友だちになれないものか。
「はあ・・・はあ・・・あ、あと少しだけ掘らせてくれ、たのむよ」
「時間切れだ。掘っていた棒切れをよこせ」
命令役のこのおしゃべり野郎は、こちらに拳銃を向けている。もうひとり、ムチを持ったリーダー格が剣を突きつけてくるが、手にしたそれはオレの愛剣だ。素晴らしい造りを気に入ってくれたらしい。その後ろで手持ち無沙汰にしているふたりも、抜かりなく拳銃の撃鉄を上げている。ここから逃れるのは難しそうだ。
「ちょっとだけでも・・・」
「だめなんだ。悪く思うな」
「サービスタイム、なしか・・・?」
「なしだ。いいかげんにしろよ」
あきらめ、木片を・・・大層立派なシャベルを、そいつに返す。受け取りながら、相手は機嫌よさそうに笑いはじめた。
「それにしても、くくっ・・・おまえ、あのネロス様に・・・いや、クソ野郎のネロスにケガを負わせるとは、痛快だったぞ」
そこにいた全員が、ゲラゲラと笑いはじめた。ネロスはここでも、相当に嫌われているようだ。それを知ると、なお悔やまれる。もう少し深く突き込んでおけばよかった。あれからやつは、どうなったのか?
「さあ、穴に入れ」
四方から銃が突きつけられている。こちらに武器はなし。両手は革ヒモで縛られている。どうすることもできない。おとなしく新居におさまるしかない。ここがオレにとって、終の住処となるらしい。まったく、理不尽なことだ。オレはただ、革命を企てる父娘と、それとも知らずに行動を共にしていただけなのに。物語をはじめから読み返してみたらいい。オレは誰ひとりとして、殺してなどいないどころか、この手でケガすら負わせていない。こいつらの言う通りに、ネロスにかすり傷をつけた行為が善行だとするなら、まったくの無罪ということになる。ただ罪に問われる点があるとすれば、党への忠誠を怠ったことくらいか。ところがこの時代では、それが決定的な悪事になるらしいのだ。まったく、バカバカしい。
「穴の底で横になれ」
「はいはい・・・」
おとなしく従う。
「うわあ・・・せまいな・・・」
入居してから気づいたのだが、手足が伸びない。あれだけがんばって掘ったのに、寸法を間違えたようだ。奥行きを重視しすぎた。もう少し、部屋幅を取るべきだった。床面にはこぶし大の石がゴロゴロしていて、背中の据わりも悪い。納期・・・文字通りだが・・・に追われ、内装にまでは気がまわらなかった。これでは、居住空間としては最悪だ。
「見ろよ、これ・・・な?寸足らずだろ?たのむ、やり直させてくれ」
「何度やっても同じことだ。おまえは今夜中には死ぬんだから。ようし、『部屋』をふさげ!」
陸ヤシの幹をツルで編んだ格子が、わが寝床の上にかぶされる。大ぶりなペグがあちこちに打ちつけられ、枠部が大地に固定された。牢獄の完成だ。穴の底から、あかね空を見上げる、わりと悪くないビューだ。それにしても、今夜死ぬとはどういうことだ?はやすぎはしないか。
「ではな、我々はゆく。達者でな」
バギーの動力部に火が入る音。いよいよひとりきりにされるようだ。
「ちょっとまった!食事は何時だい?ハラペコなんだ」
すがるような思いだ。しかし、バギーにまたがったまま、彼らは囚人を見下ろし、哀れみの表情を浮かべている。そして各々、十字を切った。
「カギバナオオカミの食事なら、日が暮れてからだ。残念ながら、あんたはエサの側なんだよ」
そういうことか。夕闇が迫っている。困った。オレには、オオカミの食欲を満たす自信がない。
木っ端役人たちの姿は、格子からのぞくせまい視野から消えた。けたたましい動力音が遠ざかり、土煙が霧散していく。やがて、一切の文明の気配が消えた。
「さて、と・・・」
一刻もはやく、ここから抜け出さなければならない。手首を縛られた腕で、力まかせに格子を押してみる。びくともしない。なかなか頑丈だ。格子を固定するツルに爪を立ててみる。固い。ほどこうにも、ちぎろうにも、丈夫に締まりすぎている。こんなチンピラ剣士を相手に、念入りな仕事をしてくれるものだ。そうこうしているうちに、日がとっぷりと暮れてしまった。
う、お、お、お、お、ぉ、ん、ん、んんん・・・
オオカミの遠吠えが聞こえる。まさか、もう人間のにおいを嗅ぎつけたというのか?草原には、もっと他においしいものがいっぱいあるだろうに。チキンとか、ポークとか。気になるのは、背中の痛みだ。むき出しの粗石にこすれて、血がにじみはじめているにちがいない。新鮮な血液のにおいは、風にのって千里を駆ける。そしてオオカミたちの食欲を刺激する。はやく!とにかく一刻もはやく、ここから出なければ。爪を立てる・・・歯をむく・・・渾身の力で押し込む・・・しかし、脱出は難しそうだ。せめて、オオカミと戦う準備を整えなければ。
フラワーよ・・・
不意に、お師さんと過ごした日々を思い出した。
「フラワーよ」
僧院に引き取られた少年は、フラワーと名づけられた。両親をドラゴンに殺された、と噂が立っては末代までの恥なので、その日から別人格を与えられたのだ。名づけ親となったお師さんは、峻厳な人物だったが、フラワー少年にはやさしかった。まるで本当のじいちゃんのようだった。両親とどんな関係があったかは知らないが、院内に多くの内弟子がいる中で、特別に目をかけてくれた。
「野では、獣に嗅ぎつけられるのがいちばん厄介なんじゃ」
中庭でみんなに混じって剣を振らせる一方で、お師さんはたまにフラワー少年ひとりを荒野に連れ出し、野犬の蹴散らし方を教えた。なぎ斬るのではなく、突くのだ、と言う。こちらに向かいくる動きに対して、別方向から刃を入れようという仕事は、非力な者には困難を極める。それに比べて、突きにはさほど力が必要ない。向かいくる相手の、刃先を入れるべき座標の一点は不動なのだから、心の落ち着きと剣使いの正確ささえ体得すれば、この迎撃は有効だ。ところが、この突きを極めることこそ困難なのだ。くる日もくる日も、少年は精進を重ねた。荒野に出れば、弱き者、つまり人間の子供の存在は、必ず野生動物に嗅ぎつけられる。実際、少年はお師さんとふたり、よく野犬に取り囲まれた。こうした実戦の場で、フラワー少年は攻撃的防衛法を徹底的に叩き込まれた。
今思えば、お師さんは、少年をひとりで野に放ちたかったのだ。なるほど、あれ以降、その教えは荒野でかなり役立った。
しかしそれも、剣を持っていれば、の話だ。心細い夜だ。からだの芯から震えがくるこの感覚は、あの幼い日にひとりで野に出、野犬に立ち向かって以来の経験だ。真の孤独の圧倒的な恐怖感に、股間のものが縮みあがる。周辺半径10マールに、ひとはいまい。むき出しの月光が、寝そべって真上を向く顔の正面から射し込んで、まぶしいほどだ。夜空を見上げるのはきらいではない。が、それはもう少し居心地のいい場所での話だ。穴の中は窮屈で、まったく身動きがとれない。寝床は硬く、ゴツゴツとデコボコだ。服が裂けたらしい背中は、床ずれが進んで血がにじみ、ぬるぬるしている。時間がない。さっきから手首の革ヒモをほどこうと苦戦しているのだが、肉にギチギチに食い込んでいて、どうにもならない。革は、水気が抜けて乾くほどに、縮んでいくのだ。今や結び目は、皮膚と同化するかのようにピタリと密着し、肉を締めあげて、手首から先を壊死させようとしている。たまらない痛みと疼きだ。
それよりもやばいことがある。獣の気配がする。臭いがすでに、極めて近い距離から漂ってくる。この穴が、なんらかの大型動物に取り囲まれていることは明らかだ。ヒツジかノウサギあたりならうれしいのだが、そうではあるまい。不気味な静寂がつづいている。が、耳を土に当てていると、ヒタヒタ・・・その動きが伝わってくる。周到に襲撃の配置をせばめている。夜行性の肉食獣にちがいない。
ぐわうううっ・・・
ぐあっ!
突然、低いうなり声とともに、いくつもの醜く曲がった鼻が目の前に飛び込んできた。格子のすき間から顔をねじ入れてくるのは、カギバナオオカミだ。狂ったように、あるいは楽しんでと言っていいかもしれないが、めくら滅法に襲いかかってくる。剥き出された牙からよだれが飛び散って、気持ちが悪い。いや、今は清潔さを気にしている場合ではない。こいつらは、弱い者のなぶり殺しと生肉食らいを生業としているのだ。馬鹿力で木枠を押しひろげ、爪を振りかざし、首を突っ込んで牙を剥き、知り抜いた急所を狙ってくる。
がうっ、わうっ・・・!!!
「どあっ!・・・このっ・・・」
いったい何匹いるのか?対処が追いつかない。鋭く合理的に造形された牙に触れるだけで、肉がばっくりと裂ける。そして、鈎のように食い込む爪。全身をえぐられ、皮膚がむしり取られていく。必死で応戦するが、相手が多すぎ、防ぎようがない。掘った穴があと指一本分浅かったら、一撃のもとにのど笛を掻き切られて、一巻の終わりだった。奥行き重視の間取りで正解だった。いい仕事をしたぜ、オレ。
オオカミたちは、執念深く食らいつこうとする。のど、内蔵、眼球・・・最も柔らかく、美味い部位を、徹底的に狙ってくる。やつらはとびきりのグルメなのだ。しつこく爪を伸ばしてくる先にあるのは、はらわただ。引っ掻くストロークひとつひとつで、腹の表皮が裂け、肉が飛ぶ。痛い、痛い、痛いっ・・・ちくしょう、大切な内臓だ、やるもんか。必死であらがう。縛られて不自由な手で、敵のつぶらな目を突き、首を締め、押し入ってくる前足をさばく。つかんだら、へし折る勢いで振りまわし、木枠に叩きつける。ところが、やつらの腕っ節ときたら、相当なものだ。筋肉のつくりが違う。が、こっちだって、こんなところで死ぬわけにはいかない。
「ジュ・・・ジュビーを助けにっ・・・いくんだろうがっ、フラワーっ・・・!」
不意に、そんなことを叫んでいた。
「まってろ、お姫さまっ・・・!」
声を振り絞る。なぜだかそのことが、オレの生への執着を支えてくれる。そうだ、死ねない。こんなところで死ぬわけにはいかないのだ。今はただ、戦うしかない!恐ろしく長く感じる時間を、戦いに・・・死なないことに・・・生きるという行為に、没頭した。
月が雲の中に入った。休むのにいい頃合いだと考えたのだろうか。いかに獰猛なオオカミといえども、傷つけば痛いらしい。働き通しでは、疲れもしよう。このままでは痛み分けと悟ったか、いったん引き下がってくれた。オレはズタズタにされたが、やつらもまたケガを負っている。タイムアウトで、両者は休憩に入った。
「はあー・・・はあー・・・はあー・・・」
助かった。ひとまずのところは、だ。しかし、オレのほうはもう、今すぐにでも気を失いそうだ。深手を負いすぎた。
「し・・・しにそう・・・」
冗談ではない意味で、この言葉をはじめて使った。リアルな死が近い。これは紛れもない事実だ。腹が腹の形でなくなり、痛みは苦しみを通り越している。待てよ・・・オオカミたちはひょっとして、オレが死ぬのを待っているのかもしれない。空腹の時間を少しだけこらえれば、戦う手間もなしに、ご馳走が手に入ると踏んでいるのだ。ちくしょう、そうはいくものか。
「・・・おうさま・・・」
あの正義のドラゴンが駆けつけてくれたら・・・と夢想する。しかし、あのドラゴンのほうが、傷の深さから言えば自慢のできるものをからだ中に刻んでいる。オレのケガなど、鼻であしらわれそうだ。だいいち、王様とオレとはなんの契りも結んでいない。救助に期待するほうが愚かというものだ。
「・・・ジュビー・・・」
彼女もまた、オレ以上の試練を味わっている。くじけている場合ではない。が、この状況ときたら・・・
「・・・光が見えない・・・」
意識が遠くなる。暗闇の中へ、一直線の降下がはじまる・・・が、頭を振ってこらえる。落ちて楽をするのはまだだ。それよりも、些末なことが気になっている。さっきから背中で、石がゴロゴロしている。こいつを取りのぞけば、最悪の事態に落ち入ったとき、もっと心地よく意識を失えそうだ。石ころは、どうやら服の中で右往左往している。痛むからだをだましだましにもぞつかせ、布の裂け目からつまみ出した。見ると、チエリイの実ほどの大きさの玉石だ。
「・・・これ・・・なんだっけ・・・どこかで・・・」
月が雲間からのぞいた。石が月明かりを受け、ちかりと輝く。突如、オレの脳裏にも光が差した。
「これは・・・!」
思い出した。ネロスを突いた、ジュビーの髪留めについていた石ころだ。剣で弾かれたとき、ピンの部分は跳ね飛んだが、手の中にこの石だけが残されたのだった。
「この石・・・いいにおいが・・・」
このかぐわしさは、一度だけかいだことがある。お師さんに、少しだけだぞ、と大切に手渡された石の匂いだ。
「りゅうぜんこう・・・」
ドラゴンが腹の奥に持つ、結石だ。ごくまれにおしっこと一緒に排出され、「香りがよい」として、宝物のように珍重されるのだ。
「・・・うそだろ・・・王様・・・ジュビー・・・」
ぐるるるるるる・・・うごごごごごごぉぉぉ・・・
とっさに思いつき、ドラゴンが戦う相手に対して威嚇する咆哮をまねてみた。なかなか似ている。われながら、見事な芸達者ぶりだ。
ぐぅるるる・・・うがああぁぁぁぉぉぉ・・・
同時に、リュウゼンコウを空に向けて突き出す。ドラゴンの匂いを振りまきながら、魂を込めたモノマネ芝居をするのだ。われながらバカバカしくなってくるが、これは最後に残された、命がけの策だ。うなりにうなる。石を振りに振る。おまじないという行為をはるかに超えた、これは祈りだ。
し・・・ん・・・
「・・・?」
なんと、これが顕著な効果を発揮した。オオカミたちがおびえている気配がある。
「マジか・・・ようし・・・」
んぐおおお・・・ごろがががららああ・・・ぎるぎるぎるぎろろろろ・・・
王様め、こんな奇妙なモノマネをして、怒りはしないか?しかし、リュウゼンコウの霊験はまことにあらたかだ。この匂いのために、周囲のオオカミは近づくことができない。それどころか、まるで雷の夜の子犬のように、心細くのどを鳴らしている。
くるるるる・・・くうん、くうん・・・
かわいいものではないか。
「ごああっ・・・!」
最後に、腹の底から吠えてやった。すると、きゃいん、きゃいん・・・可愛らしい声が遠ざかっていく。やがて、一切の気配が消え、静まり返った。なんと、オオカミを追い払ってしまったようだ。ドラゴンのなんという偉大さよ。尊敬と畏怖が、自然界全体にゆき渡っている。やはり彼らは、特別な生き物なのだ。
危機は去り、荒野に再び平穏が訪れた。この芳香を立ちのぼらせているかぎり、オオカミたちもしばらくは戻ってくるまい。束の間、安心できる。が・・・
「いてえ・・・いてえよお・・・」
気をゆるめた途端に、容赦のない痛みが襲ってきた。そして、生命を心配したくなるほどの疲れ。オレは傷つきすぎてしまった。腹のあちこちから、腕のそこここから、血がドクドクとあふれ出ている。脈動が細い。明日の朝まで生きていられるか、心もとない。しかし、生き伸びなければならない。ネロスにさらわれたジュビーを取り戻しにいくのだ。
「お姫さまを・・・たすけるぞう・・・」
声に出してみる。その一念が、力になる。オレを生かす。
そういえば父親は、カプー・ワルドーは、無事に逃げおおせたのか?そして、王様は大丈夫だったのか?あの巨大ドラゴンは、なぶりものにされて死にかけていたはずだ。それに・・・
「テオ・・・」
オレたちを助けようとして半殺しになった、あの無邪気な小僧。ぼこぼこのザクロのようになって、大地に打ち捨てられていた。今はおそらく、木でできた剣の上で首くくりになっているはずだ。今のようにオオカミの群れに襲われたら・・・非力なガキでは、対処できない。十も数え上げる前に、牙と爪とで八つ裂きにされて、肉片ひとつ残らないだろう。
「こんなピンチ・・・って、ありか・・・?」
絶望的すぎないか?みんな、死んでしまったのではあるまいか?
「生きててくれ・・・」
血が足りていない頭の中が、くるくる回る。今はあまりに疲れ果てている。オレには眠ることしかできない。眠る・・・朝、無事にこの目が開いてくれることをシリアスに願いつつ。
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