第15話・逆転
ジャリッ・・・
足をにじる音。その場にいた全員が振り向いた。広場のすみに、ひとりの少年が立っている。
「テオ・・・」
ジュビーがつぶやいた。しかし、ひとりで立っている、という言い方は微妙だ。彼は、悲しみに暮れた顔で、兄の死体を肩にかついでいるのだ。重そうに、なかば兄の脇腹にうずもれるような形で、よろよろと歩み出てくる。
「む・・・」
ネロスは警戒して向き直る。子供とはいえ、一度は自分に刃を向けた者だ。しかし、テオの表情からはすっかり戦意が消え、しおらしくなっている。
「なんだ、このガキめ。まだ言いたいことがあるのか?」
「・・・兄さんを焼いてほしいんだ」
「弔いたいというのか?」
「・・・そう」
テオは、村人と党員たちの間を横切り、ネロスの脇に進み出た。襲いかかりでもするのかと思ったが、兄のからだを抱えている。何事も起こらない。黙って遺体を火の中に横たえさせた。
「兄さん・・・」
兄の血まみれの衣類に火がつき、やがて肉体が炎に包まれていく。弟は手を合わせる。見ているこちらも、神妙な気持ちにさせられる。ところが・・・
ダッ・・・
テオは脱兎のごとくに、その場を後に走りだした。自分だけ逃れようというのだ。
「はん・・・?」
ネロスはあきれたようにアゴをなでている。
「なにを考えている・・・」
チラリと、炎の中で骸が焼かれる光景を見た。その目が、カッと見開かれた。そして、ぶるぶると震えはじめた。顔が恐怖にゆがんでいる。
「マっ・・・マモリだっ!!!」
叫ぶと、自分も弾かれるように走りだした。なにが起きようとしているのか、オレにもわかった!
「みんな、逃げろっ!」
ジュビーの背中を突き飛ばし、父親を抱えて後方に身を投げた。そのときだ!
ズ、ド、ド、ド、ドウウウ、ウ、ウン・・・ッ!
炎の中の肉体が炸裂した。巨大な火球がふくらんだと思った途端に爆ぜ飛び、火玉が四散する。猛烈な爆風が巻き起こり、近辺にいた人間が搔き消える。周囲のすべてが吹き飛ばされていく。地面を転がりながら、必死に身を伏せた。
「な・・・なんて手を・・・」
テロルの組織、マモリのメンバーだったのだ。テオ少年の兄は死を覚悟し、自らの肉体に細工を施して、大きな爆弾につくり替えていたらしい。飲んだか・・・埋めたか・・・それにしても、なんという発想をするのだ、テロリストというやつは。
「王様!」
ジュビーの叫び声に、思わずドラゴンを見上げた。爆発の勢いで、王様がくくりつけられていたモニュメントの木の骨格はばらけ、ワラ束もほどけて散らかっている。もはや、形を成していない。
「しっかりしてっ!王様っ!」
強靭無比と思われたドラゴンのからだもまた、爆発による損傷がおびただしい。ただでさえ、大火傷を負っているのだ。見るからに衰弱している。それでも、子をくわえたまま、最後の力を振りしぼって、背をもたげる。
キリ、キリ、キリ・・・
想像を超えた精神力だ。身もちぎれよとばかりに内圧をみなぎらせ、翼をたたんだ肩を開いていく。筋肉が膨らむ。まるでひとまわりも大きくなるようだ。皮膚に食い込んでいた鋲がウロコごとはがれ落ち、ズタズタになったロープが引きちぎられていく。
みち・・・みち・・・
「お・・・お・・・」
爆発から逃れて遠巻きに見守っていた党員たちはひるみ、蜘蛛の子を散らすように逃げはじめた。ネロスは、広場のすみでことの成りゆきをあ然と見ている。その視線の先で、ロープがはじけ飛んだ。もう巨体の自由を奪うものはない。やがて王様ドラゴンは、消えかけの炎の中に立ち上がった。すさまじい咆哮を轟かせながら。
ご、あ、あ、あ・・・
大きく口を開き、思わず落っことしかけた子ドラゴンを、両手に受けとめる。しかし、絵に描いたような満身創痍だ。意識も朦朧としているように見える。それでも、失いかけた威厳を取り戻すためでもあろうか。大地にまっすぐに立ち上がる。ウロコの間、関節、翼の端ばし・・・からだ中から、くすぶった煙を立ちのぼらせながら。震える足で巨体を支え、ぼろぼろの翼を開く。そして、残った力のすべてを使い、はばたいた。
ぶわっ・・・
「うおおっ・・・」
「に・・・逃げる・・・」
党員たちが動揺している。しかし、どうすることもできない。広場中にものすごい突風が巻き起こり、もうもうと砂ぼこりが立ち込めていく。
「なにも・・・見えん・・・」
視界がひらけたとき、大空に、ドラゴンが飛び去る後ろ姿が見えた。重そうによろめきつつ、しかし翼に満身の力を込めて、ひとはけ、ひとはけと風をつかむ。
「ネ・・・ネロス様!カプー・ワルドーがさらわれました!」
「なにい・・・!?」
今まで、オレのすぐ横にいた父親の姿が消えている。ふと見上げると、子ドラゴンを抱く王様は、小さくしなびた人物をひとり、口にくわえているように見える。あのドラゴンときたら、味なまねをする。ジュビーやオレを放っておいて、昔なじみの男だけを救い出したわけだ。やるものだ。
「う、撃て!逃がすなっ!これほどの賞金首に・・・大ドラゴンの報償・・・両方をむざむざと・・・」
ネロスめ、まったく底の知れた男だ。どれだけ偉そうに振る舞おうと、腕前が立とうと、しょせんは卑しいドラゴンハンターだ。金への執着に突き動かされているだけなのだ。
「なにをしている!はやくモリを放て!」
「し・・・しかしネロス様。すでにモリは尽きています・・・」
おとりに使った隣村に、ありったけの機材を差し向けたせいだ。バカじゃなかろうか。悠々と雲間に消える王様と英雄の姿に、痛快な気分を味わった。
「賞金首・・・報償・・・」
「お生憎さまだったわね、ネロス」
ジュビーが、残念な男に声をかけた。しかし、自らは縛られたままだ。王様ドラゴンめ、この子も連れていってほしかったものだ。それにしても、ジュビーのなんと気丈な態度だろう。
「英雄の伝説は終わらないわ。パパは必ず、都にのぼる。そして党と女帝をやっつける!」
「ぐ・・・う・・・うぅ・・・」
「おっと、オレからも言わせてくれ、ネロス」
オレも口をはさんだ。これだけは絶対に言わせてもらう。賞金首に、ドラゴンの報償だと?
「前世界からの言い伝えがあるらしいぜ。二匹のウサギを追うと、両方を取り逃がすとさ」
かつてのネロスのセリフだ。
「だまれっ、だまれ、だま・・・」
周囲が見つめている。その視線に気づき、ネロスははたと我に帰った。カラ咳をひとつ。エンブレムが真っぷたつに切り裂かれた襟足を整える。そして、横にピンと伸びたヒゲをなではじめた。
「いや・・・しかし、ジュビー、おまえがひとりいれば十分だ」
なにかを考えついたのだ。眉間に苦々しいシワを刻みながらも、想像をめぐらせ、満足げな表情を浮かべている。また悪だくみにちがいない。
「おまえのおかげで、英雄も、ドラゴンも、必ず私の元に戻ってきてくれるのだからな」
なるほど、お得意の人質作戦か。バカのひとつ覚えだ。しかし、仕事熱心なこの男のことだ。必ずやり遂げるだろう。実際、オレたちはこうしてまんまと縛を受けている。この執念を侮ってはならない。ネロスは、極めて優秀な役人なのだ。品性が下劣なだけで。
「パパはきっとうまくやるわ。わたしたちがどうなろうと、英雄にふさわしい責任を果たす!」
伝説の英雄か・・・まったく、なんという人物に関わり合ってしまったのか。そしてジュビーは、女帝陛下、カンピオンの娘ときた。王家の血筋か。じゃじゃ馬の振る舞いの中に垣間見せる気高さは、そこに由来していたわけだ。
「パパを見くびらないで」
「愚かなジュビーよ、パパよりも、自分の身を案じたほうがいい。女帝陛下が、おまえをどう扱うかな?」
ネロスは大げさに、悲観の表情をつくって見せる。
「ドラゴンの穴に落としたはずのわが子が、生きて戻ってくるのだからな。あのお方の悦びようが、目に浮かぶようだ」
殺すことに失敗した英雄とその子が復讐を目論むであろうことは、火を見るよりも明らかだ。その子を捕らえたのだ。今度ばかりは雑な手を使わず、丁寧に処置することだろう。
「だが、ジュビーよ。私が恩赦を願い出て、おまえを身請けしてやろう。英雄と大ドラゴンを献上すれば、陛下とて願いを無下にはできまい。お許しを得た日には、ジュビー、結婚だ」
「うえぇ・・・死んだほうがまし・・・」
少女は、嫌悪感に顔をゆがめる。鬼母である女帝の元で裁きにかけられ、運よく生き延びられたとしても、ネロスにおさがり・・・か。これは大変なゆく末だ。しかし、まてよ。陛下に献上されないオレは、いったいどんな扱いになるのだろう?英雄親子の運命の行方も気になるが、当面は自分自身の心配をしなければ。
「・・・あ・・・う、う・・・」
ボコボコにのされたテオが引きずられてきた。顔の形がわからないほどに殴られ、のびている。
「ぼ、ぼうず・・・!」
駆け寄ろうとしたが、縄で後ろ手に縛られた身だ。すぐに数人がかりで取り押さえられた。
「ネロス様、この者はマモリの一味にちがいありません。いかがいたしましょう?」
「くそっ、ガキがっ!やってくれたな・・・」
「首をはねましょう!」
「いや、まて」
ネロスは、ヒゲをこねまわしている。ふと、氷のように凍てついた顔になった。この男は、楽しもう、という際に、こんな目つきをする。
「・・・半殺しに叩きのめして、荒野に連れ出し、首を吊れ。足にその木剣をつがえてな」
一転し、ほくほく顔だ。実にいいことを思いついちゃった、というわけだ。途中で邪魔が入ったゲームのつづきをしたいのだ。
「長い時間をかけて延々と苦しませてやれ。その後は、カギバナオオカミが適切に処置してくれよう」
「はっ!」
手下二名が、テオの前にずいと歩み出た。どちらもかなりの大柄だ。片方の男が、地面に横たわった頭をぐいと踏みつけ、蹴り球のようにゴロゴロとあしらいはじめた。
「やめてっ!」
ジュビーが叫んだが、それがキックオフの合図となった。
ゴガンっ・・・
男はいきなり、足元の球を蹴り上げた。血しぶきを散らしながら、小さなからだが飛ぶ。転々・・・パスを受けたもう一方の男も、満身の怒りを込めた蹴りでパスを返す。
ガンっ・・・ゴスっ・・・ドゴンっ・・・
三度、四度・・・球が行き来を繰り返すが、あとは数えていられなかった。
「シューッ!」
ガツンっ・・・!
とどめの一発を食らい、テオは意識を失った。プレイヤーたちが監督席に目をやる。観戦を楽しんでいたネロスは、ゲームに満足したようだ。
「・・・ひどいっ!」
ジュビーは怒りに・・・あるいは無力感に打ち震えている。
「ネロスっ・・・ゆるさない・・・っ!」
「おいおい、まてまて、ジュビー。ガキと、この者たち・・・どっちがひどいか、ちゃんと考えてみろ」
「ちくしょう、ちくしょうっ・・・なんてことをっ・・・なんてことをっ・・・」
「ほう。口汚いきみをはじめて見るよ。王家の血筋の者が、そんな態度を取るのはよくない」
ネロスは口のへりを、ぎ、ぎ、と上げ、笑った。
「きみと一緒に、玉座に座れる日がくるといいのだが」
ジュビーは奥歯を噛みしめる。玉の涙がこぼれ落ちた。しかし次の瞬間、その瞳は炎を上げそうなほどに見開かれた。自分を見下ろす男を射抜かんばかりのまなざしだ。しかし、決して逃れられないようにと、厳重にからだ中を縛られている。どうすることもできない。
「伝説はやはり終幕だよ、ジュビー。次のエサは、おまえ自身だ」
何度も何度も繰り返されるワンパターン。今度はジュビーを吊るし、アドバルーンに使うつもりだ。ジュビーは天を仰ぐ。オレの鼻先で。その刹那だ・・・
「!」
ジュビーの後ろにひざまずかされたオレの目に、髪留めが写り込んだ。艶やかな黒髪を天頂部で団子にまとめる、石ころを飾りにつけたピンだ。それを見た途端に、からだが反応していた。
ひゅっ・・・
背後で縛られた手首を、縄ごと後ろ跳びにしてまたぎ、一気に手前に抜いた。東方のブゲーでは、こうした肉体のさばきも身につけるのだ。間髪入れずに髪留めをつかみ・・・
「やっ・・・!」
ピン先をネロスの顔面に突き込んだ。今度こそ、一撃必殺!
「うっ・・・」
ネロスは、まったく意表を突かれたようだ。が、さすがだ。背を反らしてよける。しかし、この逃れ方は一度見たものだ。オレは前回よりも、もう半足分だけ深く踏み込んでいる。満身を伸びきらせ、影を突き抜く。
ぴっ・・・
ピンの先が、わずかに相手に触れた。ところがその瞬間!手にした髪留めは、ネロスの小剣に払われた。驚くべき反射神経だ。この転瞬に、やつも抜いていたのだ。
「ぐあっ・・・!!!」
しかし、ネロスは顔を覆い隠し、かがみ込む。ピン先を打ち込んだのは、わずか髪の毛何本か、という深さだった。が、それは眼球だった。ついに届いた!とにもかくにも、親の仇を傷つけてやった。
「くっ・・・そいつを・・・はやく、そいつをっ・・・!!!」
ネロスはかがみ込んだまま、叫ぶ。
「はっ!」
オレは数人がかりでボコ殴りにされ、バギーに乗せられた。
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