第14話・独白

 ひとりで千騎に値するとまで恐れられた英雄は、山賊の出だった。が、正義と自尊心のひとでもあった。持てる者から奪い、過分は持たざる者に与えた。そんな流儀が、ゆく先々で剣士たちの心を惹きつけた。想いを同じくする多くの者を従えるようになった彼は、いつの頃からか、悪をくじき、万民に安寧をゆき渡らせる、という理想を胸に戦うようになった。出生の地である南の地を制し、大陸をのぼるうちに、中央への野心が芽生えた。剛力、明智の臣下を得、信頼できる側近を見いだし、戦いの中で領地をまとめる意義を学んだ。蛮族を平定し、秩序をゆき渡らせ、やがて中央へとたどり着く。すると、「英雄、カプーを政権中枢に招き入れよう」という、旧体制による乗っかり運動が起きていることを知った。崩壊しかけていた旧体制、すなわち王室は、英雄を祭り上げて懐柔し、自分たちの権威の回復を、と目論んだのだ。

「だが俺は逆に、やつらを利用してやろうと考えた。王女と婚姻関係を結べば、手っ取りばやく国が手に入るのだ。そうして内側から体制をつぶし、いったん仕組みをサラに戻した上で、国を新しく耕そうというわけだ。俺がしたいのは、ゼロからの国家建設だった」

 国家建設党の創始者は、誰を相手にともなく、語りつづける。

「悲運の美女?あの性格の悪いブサイクデブが?そんなものは、本人が流布した評にちがいない。まあ知っての通り、俺は吐き気をこらえてあの女をめとり、まんまと玉座に尻をのせようという段にあった。一方で、党を立ち上げ、新秩序を全土に浸透させる作業に取りかかろうというところだった。ところが、これが反感を買った。政治とは難しいものだ。野を駆け、剣を振りまわし、力にものを言わせるというようなわけにはいかぬ。山賊上がりにはオツムが足りなかった。賢い王家の連中は、俺が練り上げた党の乗っ取りを画策し、巻き返しを図った。野人のような男が玉座に就くことも気に食わなかったにちがいない。俺はあっけなく、謀反人に仕立てられた。計略を主導したのは、周知の通り、我が妻、カンピオンだ。貴様らが敬愛してやまない、あの悪魔のような女帝よ。ふふ。あいつは鬼嫁でな、謀られ、捕らえられた俺は、激しい拷問を受けた。そこでな、足をダメにされた。あいつは、カンピオンは、自らが玉座におさまった上で、俺をもの言わぬ後見に据えようと目論んだ。王家=女帝による国家支配に、『英雄の認知』という説得力を持たせようとしたのだ。だが、俺は頑として従わなかった。すると、さらにひどい仕打ちが待っていた。

 それは恐ろしい光景だった。バカでかい穴が掘られていてな、その中で、鎖につながれたドラゴンがとぐろを巻いているのだ。見たこともないような巨大なドラゴンだった。俺は後ろ手に縛られて、その穴の縁にひざまずかされた。そこで、女帝陛下の最後通牒が突きつけられた。『提案に賛同してくれないのなら、私的な方法で決着をはかるほかにない』・・・つまり、突き落とすわよ、というわけだ。これが愛する伴侶への言葉か?と耳を疑ったよ。それでも俺は、ためらうことなく突っぱねた。ところがあいつは、俺の背中を押さなかった。かわりに、俺の一粒種を・・・あのあばずれにとっては八人めの子だったが、幼いジュビーを、穴の中に放り込んだのだ。俺は叫びながら、ジュビーを追ってドラゴンの穴に飛び込んださ。

 ドラゴンは怒り狂っていた。人間をまったく信用できないでいるのだ。からだをうねらせて、俺とジュビーに牙を剥いた。さらにそこへ、一本の剣が投ぜられた。それがドラゴンの額に突き立った。ドラゴンをもっともっと猛らせようというわけだ。「C.W.」と、俺が特別にあつらえさせた、天下の宝剣だ。切れ味はすさまじい。ドラゴンは咆吼し、のたうちまわった。手を背中でがんじがらめにされていた俺は、使い物にならない足でジュビーをかかえ込み、暴れ狂うドラゴンの背でロデオをした。この手の曲芸乗りには、ちょっとした自信があるのだ。

 カンピオンは、この愉快な舞台を、穴の縁の貴賓席から見下ろして笑っていた。俺が噛み砕かれ、踏みつぶされて死ねば、あいつはもっと高笑いができただろう。が、そうはいかなかった。鎖につながれたドラゴンが、あまりに激しく抵抗したのだ。彼らは誇り高い生き物だ。こんな粗暴な扱いに甘んじられるはずがない。ドラゴンはすごい力で、鉄の鎖を引きちぎってしまった。そして、翼をひろげて飛び立ったのだ。

 ドラゴンは飛び去りざま、尾の骨板で、自分を苦しめた首謀者の首を狙った。女帝陛下の、あのタプタプの首だ。しかし、それはすんでのところでよけられた。切りつけは浅かった。承知の通り、カンピオンは左手首を落としたにとどまった。隻腕の女帝、一丁あがりってわけだ。あいつが狂ったようにドラゴン狩りに精力を注ぐのは、こうした意味もあるのだろう。

 鎖を断ち切ったドラゴンは、自由を得て、大空をのぼった。俺はといえば、その姿をただ穴の底から間抜け顔に見上げていたわけではない。まんまとその背に乗っていたのだ。ドラゴンの額に突き立った剣の柄を、前歯でしっかりとくわえ込んでな。振り落とされまいと、必死で噛みしめた。ジュビーは、もちろん股にかかえ込んでいた。死んでも離すものかよ。俺とジュビーは、ドラゴンとともに天駆けたのだ。ざまあみろ・・・ま、言うほどにかっこいい画づらではなかったがな。

 ドラゴンはタフでな、三日三晩も飛びつづけることができるのだ。ようやく彼が、「王様」が大地に降り立ったとき、剣はまん中から折れ曲がり、くの字になっていた。それに噛みついていた俺の歯は、根こそぎ抜け落ちていた。そして、なぜだか髪がまっ白になっていた。激しい旅の果てに、一気にジジイになったというわけだ。ところがジュビーは、驚いたことに、ずっとすやすやと眠っていた。この子は大物になる、と確信したものさ。

 ドラゴンは愚かな人間ふたりを背中から降ろすと、ご丁寧に、俺をがんじがらめにしていた縄を噛み切ってくれた。すべてを理解しているのだ、あのドラゴンというやつは。俺は、ドラゴンの額から剣を引き抜いてやった。そして俺たち父娘は、この偉大な生き物と契りを結んだのだ」

 全身を厳重に縛られたジュビーは、父親の述懐にじっと耳を傾けていた。が、最後の言葉に、ついに玉の涙をこぼした。その王様ドラゴンが今、目の前でバーベキューにされ、身をよじって苦しんでいる。

「王様を・・・ゆるして・・・ください・・・」

 ジュビーが、ついに頭を下げた。それを見下ろすネロスは満足げだ。英雄伝にじっと聴き入っていたが、奇妙に厳粛な態度になり、口を開いた。

「私の妻になるか・・・?」

 ジュビーはうつむき、ただ落涙している。

「若い身空で、死にたくはなかろう・・・私が口を利けば、陛下からなんらかのご配慮を賜ることができるかもしれんぞ」

「・・・いやだ。それだけはぜったい、いや」

 べえっ・・・

 ジュビーはべろを出した。ネロスは、火のように激昂した。

「では、死ねっ!英雄伝説など、どうでもいい。カプー・ワルドーとその娘よ、おまえたちは現実世界では、手配書の筆頭に居並ぶ極悪人なのだ。半生を大げさなドラマ仕立てにする必要などない。ひとりの反逆人と、その娘と、他一名のチンピラ罪人が逮捕された。ただそれだけが真実だ」

「俺が反逆人だと?なぜだ。スジが通らぬではないか」

 英雄、カプーが異議を申し立てる。

「ほざけ。カプー・ワルドーが都にのぼるというだけで、それは国家転覆を意味しているのだ」

「ほう。党中央は・・・カンピオン女帝陛下は、いまだこの老いぼれを恐れているわけか」

 英雄は、ふふん、と笑い、血の交じったタンを吐いた。ネロスは顔をそむける。

「なんとでも言うがいい。伝説はハッピーエンドとはならない。おまえたちはもうおしまいなのだ」

 もはや、本当におしまいだ。なすすべはない。考えつくかぎりにおいては。

「・・・!」

 ところが、まだおしまいではなかった。忘れていたのだ、もうひとりの人物を。

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