第17話 イルミナ
「すごい・・・これがイルミナの街・・・」
眼下に広がる街の姿にメルは感嘆していた。
それは、森と草原に囲まれた美しくも堅固な城塞都市だった。
頑丈そうな円形の城壁に囲まれた市街。城壁の外側を幅の広い水堀が取り囲み、その水は都市の内側から流れ出て、水堀を満たしたあと、近くの川へと流れ出ていた。
水の流れをさかのぼると、市街地の中心にある湖に行き当たる。清らかな水を湛える真円の湖は浅く、青い水を透かして一面、白い石で覆われた平坦な湖底が見える。
城壁と湖が同心円を描き、その間に広がるのは農地と市街地だ。城壁に近い外周側は農地、湖に近い内周側は市街地。放射状に延びる道路とそれを横に繋ぐ環状道路で整然と区画されている。
さらに驚くべきは、その湖の中にあるイルミナティ学府だ。学府は、10mほどの高さを保って湖の上空に浮遊する浮島の上に造られていた。
しかし、昨夜を過ごした浮島とはまるで違う。学府の浮島は、磨き上げられた大理石のような白い石でできており、全く狂いのない直線と直角で構成された正方形の巨大な石板だった。浮島の上には、神殿を思わせる重厚な建物群が立ち並んでいる。
全てが魔術で人工的に整えられているのだろう。幾何学模様のような円形の城壁、湖、道路、そして正方形の浮島、空から見るイルミナは巨大な魔術の術式に見えた。
高度500mでイルミナ上空に入ったルイーゼ号は、街の中心、イルミナティ学府に向かっていた。
「メル、船をあの塔に近づけてくれ。私が乗っているところを見せたい」
アルムの指さす先には、学府の中心にそびえる塔があった。まっすぐに天を指した白い石造りの塔だ。
各階層には、ローマ建築のようなアーチと円柱で飾られた回廊が、外壁を取り巻くように巡らされ、所々にバルコニーのような張り出しも設けられている。
塔の高さは50mほどもあるだろうか。塔の頂上は平坦になっており、元素石を巨大化したような、直径3mはある緑色の球が黒い石で作られた台座の上に鎮座し、淡く光を放っている。
「機関前進微速、・・・前方の塔に接近します。アメリア、接触しないように、注意を」
「はい、了解ですー」
ゆっくりと、ルイーゼ号は塔に接近する。塔の回廊には人影がひしめき、ルイーゼ号を観察しているようだ。
いきなり魔術で攻撃されたりはしないか心配だったが、アルムに聞くと、一応、事前に魔術を使ってイルミナに連絡しておいたのだそうだ。
電話線もなく離れた場所と通信できるなんて、魔術の万能ぶりには驚くばかりだ。
塔まで30mほどに接近すると、アルムはゴンドラの開口部を開き、塔の魔術師達に姿を見せた。
途端に、魔女様だ、魔女様が戻られた・・・と、魔術師たちにざわめきが広がる。
「アルム、このあたりで停船するわ。・・・プロペラ停止。トリム水平を保て」
風に流されても塔に接触しないように、塔の頂上よりもやや上の高度を保ち、ルイーゼ号は緩やかに静止する。
「あぁ、ここでいい。そろそろ父様がお出ましになるはずだが・・・」
アルムのつぶやきに、メルが振り向く。
「アルムのお父様が?」
「一応・・・。父様はイルミナの政治を司る評議会の議員だから、メルたちを受け入れるように言うつもり」
アルムは、あまり再会を喜ぶ感じでもなく、淡々と言う。
「・・・もしかして、お父様と仲悪い?」
「いや・・・仲が悪いことはないが・・・とりあえず、メルも会えばすぐにわかる」
アルムはなんとも複雑な表情で目をそらした。・・・と、その瞬間・・・
「アルムリーヴァァァァ・・・!」
叫びながら開口部から人影が突っ込んできたかと思うと、アルムに軽く身を躱され、着地に失敗してドシャッと床に転がった。
「?!」
メル、エリス、ヘレン、イレーナ、アメリア、操舵室にいた全員が、驚きのあまり声も出せずに硬直する。
「ぐっ・・・アルムリーヴァ、どこにいる・・・」
のそりと身を起こしたのは、黒いマントを羽織った壮年の男性だった。40代後半くらいだろう。黒に近い暗灰色の髪に、焦げ茶色の瞳、顔立ちは整っているが、体つきも含めてやや不健康そうな印象なので、ダンディズムは感じない。
「あの・・・大丈夫ですか?」
たまたま近くにいたヘレンが、恐る恐る声をかけた。エリスは警戒の色をにじませ、無言のまま男性からメルを隠すように立っている。
ハッと身構えかけた男性だったが、相手がアルムと同年代の少女だと気付いて、やや恥ずかしげにマントをはたき、立ち上がった。
「お嬢さん、少々驚かせてしまったが、ここに私の娘が・・・」
努めて平静を装いながら答え、男性はエリスの方に一歩踏み出した。ヘレンは思わず後ずさりする。
「・・・ひっ・・・
「父様、ヘレンを怖がらせるな」
「・・・がっ!」
その時、後ろから力一杯マントを引っ張られ、男性がのけぞった。マントの端を掴んだアルムが、首が絞まるのもおかまいなしにぐいぐいと引っ張っている。
「あの・・・アルム、この人がアルムのお父様、なの?」
お願い、違うと言って!というメルの無言のメッセージを感じながら、アルムはマントからパッと手を放し、ため息をついて言った。
「メル、すまないが、この人が私の父様、ヴァンデル・イオ・ファルニス。・・・こんなのだけど、一応、イルミナでも上位の魔術師。・・・よろしく頼む」
「アルムリーヴァ、せっかく迎えに来たのに何をするんだ?!」
「父様、連絡しておいたとおり、メルたちは転移先の世界で私を助けてくれた恩人。まずはちゃんと挨拶してほしい」
ゲホゲホと咳き込むヴァンデルの前に立ちはだかり、アルムは叱りつけるように言った。
「・・・う、うむ」
ようやく呼吸を整えたヴァンデルは、アルムを見つめる。小さく頷いたアルムは、視線でメルを示した。
「わたしはメルフィリナ・ルイーゼ・フォン・ツェッペリンと言います。この船の船長です」
エリスはまだ警戒しているが、メルはヴァンデルに近づいて名乗った。
「この船も、15名のクルーも、アルムの転移魔術でロセリアにやってきました。詳しい事情は改めてお話ししますが、どうか、わたしたちをこのイルミナで受け入れて頂きたく、お願いします」
黙ったまま、興味深そうにメルを眺めていたヴァンデルの脇腹をアルムが小突く。
「父様!」
「あ、あぁ。すまない。・・・私はヴァンデル・イオ・ファルニス。イルミナ評議会議員で、このアルムリーヴァの父だ。・・・事情はまだよくわからぬが、とにかくアルムリーヴァを助けてもらったと聞いた。このとおり、礼を言う。・・・ありがとう、娘を助けてくれて」
先ほどの様子とは打って変わって、ヴァンデルは真面目な表情で深々とメルに頭を下げる。
「いえ、わたし達もアルムには助けてもらいましたので」
慌てて頭を下げるメルの様子に、ヴァンデルはふっと笑みを浮かべた。
「ふむ、・・・アルムの恩人なら無下にはできぬ。このイルミナに受け入れを求めるということだったかな?」
ヴァンデルの問いかけに、メルは少し緊張した面持ちで言う。
「はい。わたし達は違う世界から来たので、まだロセリアのことをよく知りません。住む場所も、この船を動かすための拠点もありません。ぜひ、それをイルミナで提供してほしいのです」
「なるほど、詳細は話し合う必要がありそうだが、要望は承った。・・・ただ、住む場所だけならば話は簡単だが、さすがにこの船の受け入れは、私個人では請け負いかねる。評議会に諮らなければならない」
ヴァンデルは、そう言うとひとつ咳払いをして続けた。
「評議会に話を上げる前に、聞きたい。・・・アルムは、正教会の討伐軍を退ける力を求めて君たちの世界へ渡った。君たちを連れ帰ったということは、君たちがその力だと思って良いのかね?」
「申し訳ありませんが、わたしたちは討伐軍と戦うつもりはありません」
迷うことなく即答で戦うことを拒否したメルに、アルムは驚き、思わず声を上げそうになった。
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