第16話 幕間 浮島探検アルム&アメリア

「アルムー、どっか行くの?」

 のんびりした声に振り返ると、にっと笑って手を振る操舵手のアメリアがいた。

 浮島の上にルイーゼ号を係留し、ほとんどのクルーが草原の上に転がって眠っている。

 メルとエリスも1枚の毛布にくるまって寝息を立てていた。メルが甘えるようにエリスの胸に顔を埋めているのが微笑ましい。


「アメリア、眠くないのか?」

「アルムこそ、・・・島の上を探検しようとか思ってない?」

 わくわくした様子のアメリアは、ずいとアルムに近寄る。

「・・・ま、まぁ・・・そうだけど」

 アルムも浮島の上に来たのは初めてだった。イルミナでは、空を飛ぶ魔術は未だ開発されておらず、浮島に渡る手段がないからだ。

 風の魔術を応用して、高いところから飛び降りたり、高い場所から高い場所へと飛び移ったりすることはできるが、あくまでも『飛ぶ』ではなく『跳ぶ』の範疇だ。

 イルミナの魔術師でも、浮島の上に来たことのある人間はいないはずだし、過去の記録でも目にしたことはない。

 浮島の上に降りたのは偶然だが、せっかく前人未踏の場所に立っているのだ。調べてみたいと思うのは当然だろう。

「僕も一緒に行っていい?」

「眠らなくていいのか?・・・徹夜の操舵で疲れているんじゃ・・・」

「僕は平気。睡眠不足は食欲で補ったから」

 そういえば、さっき、猛然と3人分くらいの保存食をパクついていたな・・・とアルムは苦笑した。

「わかった。行こうか」

「やった!」

 歩き出したアルムの隣に並び、アメリアはスキップしながら、時折くるりと回って付いてくる。

 浮島の上は、ほとんど起伏のない草原だ。灌木も含めて樹木は全くと言っていいほどなく、生えている草も総じて背が低い。

「アルムは、どうしてこんな島が浮いているのか、知ってるの?」

 ふと、アメリアが尋ねる。

「いや、わからない。こちらの世界には空を飛ぶ方法がないから、私も浮島の上に来たのは初めてなんだ」

「そうなんだ・・・不思議だよね。飛行船みたいに中にガスでも詰まってるのかな?」

 トントンと、アメリアが軽く地面を踏みならす。しかし、その感触は普通の地面と変わらない。

 しばらく二人で歩き続けるが、地面の様子にあまり変化はなかった。そのうち、浮島の端が見えてくる。

「うわぁ・・・高いねぇ・・・」

 足下を確認しながら、浮島の端に立って地上を覗く。

 遙か下に雄大な渓谷が広がっているのを見て、アメリアが感嘆の声を上げた。

「地上からは・・・2,000m近くはあるな・・・」

 転移前、L57号は高度2,000mを飛んでいた。こちらの世界に来て、浮島の上に来たときには高度200m程度だったから、単純計算すれば浮島は高度1,800mに浮いていることになる。

 転移の前後で高度が維持されるのか確証がないが、この状況から見ると、おおむね一致しているように思う。

 そこまで思ったところで、ふと、違和感を感じた。

「・・・寒くないな」

 ガラス窓と壁に囲まれたルイーゼ号の操舵室でも、高度2,000mでの飛行中は少し寒かった。しかし、同じくらいの高度にありながら、風を遮るもののないこの草原で、全く寒さを感じない。

 そっと地面に触れると、少し温かく感じる。空に浮かぶ島で地熱ということもないだろうが・・・

「アルム、あれは何かな?」

 地面に腹ばいになって、地面の端をのぞき込んでいたアメリアが、下の方を指さす。

「どれだ」

 同じように腹ばいになってみると、アメリアの指さす先、浮島の底の崖面の中に白っぽい異質な岩肌が見えていた。

 ・・・岩肌、なのだろうか。表面は磨いたように滑らかで、自然の岩石のような感じがしない。むしろ大きくした元素石や魔力石のような印象を受ける。

「近くまで行ってみたいが、降りるのは無理そうだな」

 残念そうにアルムは立ち上がり、パンパンと服をはたく。

「アメリア、もう少し先を見てみよう」

「いいよー」

 アメリアも立ち上がり、再び歩き出す。


 船から1kmほど離れた、ちょうど浮島の真ん中あたりで、草の間から地面が光を反射しているのが見えた。

 最初は水面かと思ったが、近づいてみると、平らな白い岩肌が地面から顔を出している。先ほど、浮島の底に見えていた岩肌とよく似ていた。

 見えている範囲はおおむね100m四方くらい。端の方が土の下に埋もれているので、全体の大きさはわからない。

「・・・これはアダマント鉱石か・・・?」

「アダマント?」

「あぁ、このロセリアでは稀に産出される貴重な鉱石で、元素を吸収させると宙に浮くんだ。飛行船に詰まっている水素を石にしたようなものだと想像してくれればいいが、水素と違って元々軽いわけではないから、注がれた元素を使い果たすと落下する。イルミナの街にも使われているから、私も見たことがある・・・それによく似ている」

 イルミナにもアダマント鉱石を使った浮島がある。ただ、大きさはこの島の数十分の一だ。イルミナティ学府創建当初の産物だと伝えられているが、残念ながらその記録は失われ、その製法や使われている魔術については、手がかりひとつ伝わっていない。

 空にある浮島も同じものだとすれば、浮島を調べることで何か解明できるかもしれないのだが・・・。

「へぇー・・・その鉱石って、すごい価値があるの?」

「魔術師以外には大した価値はないが、魔術師の間では同じ重さの金の10倍くらいで扱われている」

「僕は金も見たことないからよくわからないけど、高いんだねー。・・・すべすべだ・・・それに、これ触ると温かいよ」

 アメリアはぺたりと岩の上に寝そべっている。

「本当だ・・・うっ・・・!」

 岩肌に触れたアルムは、指先からぞわりと魔力が吸い出されるのを感じて、慌てて手を引っ込めた。

「どうしたの?」

 魔力を持たないアメリアは何も感じていないようだ。

「いや、触れた瞬間、魔力を少し持っていかれた・・・!」

 魔術的性質をもつアダマント鉱石と言えど、そのままでは勝手に人間から魔力を吸い取ることはないはず。

「アルム、この岩、何か彫ってあるよ」

 岩肌を撫でまわしていたアメリアが、指先で何かをなぞっている。

 光の反射が強くて見えにくいが、確か岩の上には微かに凹凸があった。しかし直接触れると魔力を吸い出されるため、指でなぞって確かめることができない。魔術の実験に使う魔力を遮断する手袋でも持っていればよかったが。

「アメリア、少し離れてくれ、濡れるぞ」

 アルムは、水魔術で両手で抱えるほどの大きさの水球を出すと、バシャンと岩の上に水をぶちまけた。陰影がはっきりして、刻まれている凹凸が見やすくなる。

「これは、術式だ・・・」

 浮かび上がった文様を見て、アルムがつぶやく。

 浮島に人の手が加わっていることは間違いなさそうだ。地面に埋まっているアダマント鉱石が核となって、この島を浮かべているのだろう。

 術式を読み解いていくと、あまり洗練されていない古い形式の術式ながら、周囲の元素を集めて蓄積する効果を持つもののようだ。アダマント鉱石に元素を送り込み、この島を空に浮かべる仕掛けだと想像できる。ただ、元素を集める効果を制御する術式が見当たらない。この術式では、周囲の元素を根こそぎ取り込んでしまうのではないだろうか。

 アルムが見たところ、術式を稼働させる魔力は尽きており、今は機能していない。だから、触った瞬間、術式が魔力を補充しようとしたのだろう。

 なんにせよ、元素を集める術式が死んでいてよかった。これが生きたままだったら、この島の周囲の元素が希薄になり、魔術を使えないところだった。

「ねぇ、アルム、これは危ないものなのー?」

「いや、術式が生きていれば厄介なものだが・・・魔力が尽きているせいで、術式が機能していない。大丈夫、危険はないと思う。」

 アルムは考え込む。古い時代の術式だ。大きな発見には違いないが、一人でこれ以上調べるのは無理そうだ。

 メルたちに協力してもらえば、また準備を整えて浮島に来ることもできる。

「アメリア、他も見ておこう」

「はーい、了解」

 立ち上がったアメリアがアルムに駆け寄ってきた。


 その後、二人は日が傾くまで浮島の上を見て歩いたが、他には特に変わったものは見つけられなかった。動物の姿もなく、ただ草原が一面に広がるだけ。

 船の係留場所へと戻る途中、再びアダマント鉱石が露出している側を通った。

 歩きながら、アルムはちらりと白い岩に目を向ける。

 この浮島は、今、元素を吸収していない。・・・ということは、術式が健在な間に蓄えた元素を消費しながら空に浮かんでいることになる。いつかは元素を使い果たして地上に落下するのだろうか。

 学府にある浮島と同時期の産物だと仮定すれば、少なくとも数百年は経ていることだろう。これほどの大きさの島を空に浮かべ続けるのには、一体どれほどの量の元素が必要なのだろうか。

 ・・・想像して、アルムは少し薄ら寒くなった。

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