第2話 飛行船乗りの乙女たち

1917年11月26日 ドイツ南部 ボーデン湖畔フリードリヒスハーフェン空港


「まもなく本船は、フリードリヒスハーフェン空港に到着します」

 伝声管に向かって案内するエリスに微笑みかけ、メルは前方に目を向けた。

「着陸準備、機関前進最微速!」

 ゆっくりと発着場の上空に船を進める。幸い風はほとんどない。凪いだボーデン湖の水面に銀色の飛行船の姿が映っていた。

「プロペラ停止。トリム水平」

 船体の両側に張り出した4つのプロペラの回転が徐々にゆっくりになり、カクン、とその動きを止める。

 しばらく惰性で進んでいた船は、やがて高度100mほどの空中に静止した。

「降下開始。気嚢ガス放出、バルブ開け」

 浮揚ガスを詰めた気嚢のバルブが開かれ、船体の背中に並んだ排出孔から水素ガスが空中に放出される。

 浮力が減って船の重量が勝り、船は発着場に向けて垂直に降下していく。

 高度10mほどまで降下すると、船体の各所から係留索が投げ落とされ、待機していた地上要員が、輪になった先端をボラード(係船柱)に引っかけていく。

「ガス放出停止、バルブ閉鎖。係留索巻き取れ」

 係留索がウインチで巻き上げられてピンと張り詰め、船体が固定される。

 メルはほっと息をついた。

「着陸完了。各部状況確認。・・・エリス、乗客に下船の案内を」

「はい、メル様」

 エリスは、操舵室の窓から地上スタッフにタラップの用意を伝え、客室に続く通路に入っていく。


 ドイツ北部の港町ハンブルグを出発した飛行船は、約12時間の飛行を終え、予定時刻より少し早く、目的地のフリードリヒスハーフェンに到着した。


「みんな、今回はお疲れ様。次の運行はまだ決まってないらしいから、しばらくはお休みにできるかも」

 操舵室に立つ少女-メルフィリナ・ルイーゼ・フォン・ツェッペリンは、地上にかけられたタラップを渡って、続々と乗客が降りていくのを横目に、メルは操舵室のクルーに声をかけた。

 赤みがかった栗色の髪を襟元で切り揃え、感情を正直に映す瞳は鮮やかな緑。

 少し気の強そうな目元が、貴族のお嬢様としてはやや活動的すぎるメルの性格を物語っていた。


「メル様、先週もそう仰ってましたよね。それが急遽の休暇取り消し、ハンブルグ往復ですかー?」

 やや呆れたような口調で、操舵手のアメリアが応えた。

「ごめんなさい、なんか急な要請とかで、エッケナーさんから頼まれたのよ」

「まぁ、僕は飛行船の舵を握れるのが楽しいから、いいんですけどね」

 軽くため息をついてアメリアは微笑み、腰を当てていた腕をぐっと伸ばした。

 操舵手は飛行船のクルーの中でも体力勝負だ。

 操舵室の舵輪は、ワイヤーで船尾にある巨大な方向舵と昇降舵の動翼に連結されている。

 ギアや滑車を介して舵輪にかかる力は多少軽減されているが、動力的な補助はなく、操舵手は人力で舵を動かさなくてはならない。強風下を飛行する時などは凄まじい重さとなる。

 アメリアの腕は、乙女の腕にしては少々太く、締まっていた。


「メル様、今回の航法記録と運行日誌は会社に提出しておきますね」

 航法士のヘレンがメルに報告する。

「ありがとう、よろしくね。あと、ハンブルグ空港で軍用船に嫌がられされたって抗議しておいて」

「はい、わかりました。風が強い状態で2時間近くも上空待機させられましたからね」

「アメリアの舵取りと、ロザ姉の機関操縦のおかげよ。それにしても、こちらが先に降下地点に入っているところに割り込んで上空待機させるなんて、ひどくない?こっちは乗客も載せてるのに」

「今は戦争中ですから、・・・何事にも軍が優先だと思っているんでしょーね」

 思い出して顔をしかめるメルに対し、アメリアは関心薄そうに応えた。


 旅客飛行船 ヴィクトリア・ルイーゼ号。


 メルのミドルネームと同じルイーゼという名を持つ船は、1912年に建造された全長148mの硬式飛行船である。

 建造から5年がたち、やや旧式となってはいたが、僚船のハンザ号、ザクセン号などとともに、ドイツ国内やフランスとの定期航空便として活躍していた。


 これら硬式飛行船は、メルの祖父、フェルディナンド・フォン・ツェッペリン伯爵が強い意志で開発を推し進めたものだ。会社を興し、私財を投じて、伯爵は飛行船を建造し、空に浮かべた。

 当然、何度も事故で船が失われ、一時は破産の危機に陥ったこともある。それでも伯爵は諦めなかった。

 そして、ようやくドイツ国内の航空便事業が軌道に乗り始めた頃、戦争が始まった。

 伯爵にとって、それは好機だった。元々伯爵が硬式飛行船の開発を進めたのは、兵器として活用するためだ。1914年に勃発した第一次世界大戦は、飛行船という存在を大きく発展させた。 

 最初こそ、頑迷な軍人たちに軽んじられたこともあったが、ジュラルミンの骨組みと外板で成形された、大型戦艦にも比肩する巨大な船体を空に浮かべ、時速100kmで悠然と進む飛行船は、見る者を圧倒する兵器であった。そして、硬式飛行船は何年も続く戦争を糧としてさらに成長し、数トンの爆弾を搭載して数千km以上を飛行する能力を持つに至る。


 飛行船の役割は、主に偵察と爆撃だ。まだまだ発展途上の飛行機を尻目に、悠々と空から戦場を俯瞰し、膠着した塹壕の上に、敵国の都市に、爆弾の雨を降らせる。

 しかし、悪天候や事故、敵の決死の迎撃などで失われる船も多く、戦争の長期化により、即戦力となる民間飛行船のクルーたちも次々と軍用飛行船のクルーとして徴用されていった。

 戦争が始まって3年余。戦争は拡大の一途をたどり、周囲の列強諸国との争い、そして海の向こうのアメリカが参戦したことにより、ドイツの戦況は徐々に悪化していた。

 戦場はまだドイツ本国から遠く、国内の日常生活にはまだ戦争の影は薄かったが、経済や食料事情は苦しくなってきていた。


 ルイーゼ号を動かしているのは、メルを含めて15歳から23歳までの女性クルー15名。


 彼女たちは、飛行船による航空事業を行う「ドイツ飛行船運輸会社」が、戦争によるクルー不足を見越して設立した飛行船学校の修了生たちだ。


" 飛行船の父ツェッペリン伯爵の孫娘、メルフィリナ嬢が一緒に船を動かす仲間を集めている。"


 そんな謳い文句で特別に募集された飛行船学校の女子生徒は、募集定員は飛行船1隻分の乗員、25名のみ。

 本気で女性に門戸を開くものではなく、国民的に有名なツェッペリン伯の孫娘であるメルを含め、乙女たちを戦時下における飛行船事業の華やかな宣伝材料にしようと目論んだものだった。

 しかし、メル自身は会社の思惑なんてどうでもよかった。

 祖父が作り上げた飛行船。子供の頃、ゆっくりと大空に舞い上がっていく飛行船の巨体を見上げた時から、その姿に憧れていた。


 いつか飛行船を操って空を飛びたい。その機会と仲間が得られるのなら、メルはそれでよかった。

 集められた女子生徒は、機関、航法、操船などそれぞれの分野でカリキュラムに取り組んだ。男子生徒と同様の結果が求められる養成課程は厳しく、ついていけない者は辞めていった。しかし、ただのお飾りじゃない、本当に船を動かすための仲間を、と会社に求めたのは、他ならぬメル自身だった。

 2年間の学校生活を修了した15名の乙女たち。晴れて飛行船クルーとなった彼女たちにルイーゼ号が預けられ、実際に船の運行を開始して半年がたとうとしていた。


「メルー、いるかー?」

 自分を呼ぶ声に、メルは操舵室の窓から顔を出して下をのぞく。

 地上スタッフと補給の打ち合わせのため、一足先に地上に降りていた機関長のロザリンドが、操舵室を見上げて叫んでいた。

 長く伸ばした赤い髪を無造作に束ね、油染みのついたツナギ姿で補給の指示をする姿は貫禄がある。

「ロザ姉、どうしたの?」

「ちょっと下りてきてくれ!」

「はーい!」

 操舵室の仲間たちに軽く手を挙げて、メルは後ろの通路に向かった。

 狭い通路の先は客室。中心の通路を挟んで、緑色の布が張られたゆったりとした大きさの座席が2列づつ両側に置かれ、計器や骨組みがむき出しの操舵室と違って、天井や壁は白い化粧板で覆われている。

 すでに全員降りたらしく、客室に乗客の姿はない。エリスが忘れ物などがないか、座席や荷物棚を確認していた。

 右舷側に設けられた搭乗口をくぐり、タラップを駆け下り、メルは下で待っていたロザリンドに尋ねる。

「何かあったの?」

「エッケナーさんが来ている。メルに来客だそうだ」

「来客?」

 ロザリンドが差す方を見ると、飛行船会社の現最高責任者、フーゴ・エッケナーの姿があった。

 飛行船会社の創業者であるメルの祖父、ツェッペリン伯爵はこの3月に死去し、事業の初期から伯爵と共同で事業にあたってきたエッケナーが会社と事業を引き継いでいた。

 軽く会釈するエッケナーの隣には、濃い髭を生やした軍服姿の男。

 肩幅が広くがっちり系の体形ながら顔は小さめで、被っている軍帽の大きさが不釣り合いに見えた。


「メルフィリナ様、今回の旅はいかがでしたか?」

 にこやかにエッケナーが話しかける。

「エッケナーさん、天候にも恵まれて良い航海でした。ハンブルグで少しばかりトラブルはありましたけど」

 そのトラブルが軍絡みであったこともあり、メルはやや警戒するように、軍服の男に目を向ける。

「フロイライン・ツェッペリン、はじめまして。自分はドイツ海軍中佐、ペーター・シュトラッサーです。海軍飛行船部隊の司令官を拝命しております」

 軍服の男、シュトラッサーは、海軍式の敬礼をしながら言った。

「はじめまして、中佐。ヴィクトリア・ルイーゼ号の船長、メルフィリナ・ルイーゼ・フォン・ツェッペリンです・・・わたしに何かご用でしょうか?」

 ドイツ海軍が運用する飛行船部隊に、祖父、ツェッペリン伯が大きく関わっていたのは知っているが、メル個人はこれまで海軍とのつながりは全くない。

 その祖父もすでに亡く、飛行船部隊司令官の訪問を受けるように用件に全く心当たりがないメルは、軽く首をかしげた。

 シュトラッサーは、軍人らしい率直さで切り出す。

「フロイライン、これから少し、我々にご同行いただきたい。さほどのお時間はとらせません」

 急な申し出にメルが言葉を詰まらせていると、エッケナーがシュトラッサーの言葉を補足する。

「メルフィリナ様。この先の飛行船工場にお見せしたい船があります。私も同行しますので」

「わかりました・・・」

 シュトラッサーの目的はよくわからないが、ここで詳しく説明するつもりもないようだ。仕方なくメルは頷き、少し後ろに立っていたロザリンドに目を向ける。

「では、こちらのロザリンドも同行させていただいてよろしいでしょうか」

 一人では少し不安に感じ、メルはロザリンドにも付き合ってもらうことにする。

「かまいません」

 思いの外あっさり、シュトラッサーは了承した。

「シュトラッサー中佐、ルイーゼ号で機関長をしております、ロザリンド・ポーリーンです」

「よろしく、ポーリーン機関長。では、参りましょう」


「メル様、どちらに!」

 歩き出そうとするメルを見つけ、エリスが駆け寄ってきた。

「エリス、こちらは海軍のシュトラッサー中佐。ロザ姉と一緒に少し出かけてくるわ。飛行船工場に行ってくるだけだから心配しないで」

「はい・・・わかりました」

 それでも心配そうな表情が隠せないエリス。

「すぐに戻るから。今夜は船のみんなで食事にしましょう。会社のサロンに準備を頼んでくれる?」

「わかりました。メル様、行ってらっしゃいませ」

 少し表情を和らげたエリスに微笑むと、メルは少し先に待っていた車に乗り込んだ。


 ツェッペリン飛行船製造会社の工場は、空港の隣とは言うものの、その敷地面積は広大であった。

 なにしろ1隻の全長が200mに迫る大型飛行船を納める巨大な格納庫が、幾つも湖畔に並んでいるのだ。

 メルたちを乗せた車は、その格納庫のうちの1つの前で止まった。シュトラッサーが先導し、4人は格納庫の中に入る。

 湖側のシャッターは開けられており、逆光の中に佇むのは1隻の真新しい硬式飛行船だった。


「こちらの船は、LZ102、L57号です」

 エッケナーが紹介した。

 LZに続く数字は、ツェッペリン飛行船製造会社がこれまでに建造した飛行船の通し番号、L57というのがドイツ海軍が与えた本船の呼称である。

「海軍の発注で建造を進めているツェッペリンV級ハイトクライマー(Height-Climber)、最新鋭の高高度飛行船です」

 ハイトは「高い」クライマーは「登るもの」。急速な発達を見せる高射砲や飛行機による迎撃を避けるため、高度5,000m以上の高空まで上昇可能な高性能船である。

 徹底した空力的洗練と軽量化された船体構造をもち、V級ハイトクライマーの最大上昇高度は6,500mに達していた。

 メルもロザリンドも実際に間近に見たのは初めてだった。

「2ヶ月ほど前に完成したのですが、直後に係留中の事故で大きな損傷を受けたたため、修復と改修を行い、先日完了したばかりです」

 メルは飛行船を見上げる。

 ルイーゼ号は、円筒の両側に円錐形の船首・船尾を繋ぎ合わせたような少々無骨な船体だったが、L57号は船首から船尾にかけて一体的な曲線を描く、美しい流線形のスマートな船体を持っていた。

 しかし、それよりも目を引いたのは船の「色」だった。

 L57号は、旅客船のようなくすんだ銀色でも、軍用の夜間爆撃船のような黒色でもなく、黄色みがかったサンドベージュ一色で塗られていた。


「いかがですか?この船は・・・?」

「いかがと言われても・・・きれいな船だとは思いますが・・・」

 軍用船を自分に見せてどうしようというのか。メルは言葉を濁す。

「フロイライン。ヴィクトリア・ルイーゼ号のクルーに、この船に乗ってほしいのです」

 シュトラッサーは静かな口調ながらハッキリと言った。


「・・・?!」

「中佐、よろしいでしょうか」

 メルが驚きに固まっていると、ロザリンドがメルの前に出た。

「メルフィリナ様も我々も軍人ではありません。軍用飛行船のクルーになる資格などありませんが」

 ロザリンドのやや強い口調にも全く表情を変えず、シュトラッサーは淡々と答える。

「軍籍は用意します。フロイラインには船長として大尉の階級を、それ以外のクルーにも然るべき階級を与えます」

「わたし達に軍人になれということですか?」

 メルが固い口調でシュトラッサーに問いかけた。

「そのとおりです。しかし、戦闘に参加しろとは申しません。この船は輸送船なのです」

「輸送船?」

「そのとおり。アフリカで植民地を守っている部隊に補給物資を届けるアフリカ号、その2番船となるのです」

 アフリカ号。それはドイツ海軍飛行船L59号の通称である。

 1917年10月に完成したL59号は、先に使用するはずだったL57号が完成直後に長期改修を余儀なくされたため、最初のアフリカ輸送に使用された。

 この戦争において、ドイツ領東アフリカの植民地防衛にあたるドイツ陸軍フォルベック大佐の部隊は、巧みなゲリラ戦で兵力に優る英軍を退け続けていた。しかし、制海権をイギリス海軍に奪われてからは補給が途絶え、過酷な戦闘を余儀なくされていた。

 L59号はこの部隊に補給物資を届けるべく、ブルガリアのヤンボル基地を出発してアフリカに向かい、飛行時間95時間、総飛行距離約6,800kmという長距離飛行を成功させる。

 しかし、現地で安全な着陸場所が確保できず途中で引き返し、補給物資を届けることには失敗していた。


「先にアフリカ飛行を行ったL59号の運行実績を踏まえ、L57号は全長をV級標準の198mに戻し、船体を補強して操縦性を改善。高高度の寒冷下でも安定した出力が出せるよう、新型エンジンへの換装と気体燃料の採用など、様々な改修を行いました」

 エッケナーが船の性能について補足説明する。

 しかし、そんなことよりも、軍用船に乗れというシュトラッサーの提案が問題だ。

「中佐、・・・輸送とは言え、この船に乗れば、戦場に向かうことになるんですよね」

 メルはシュトラッサーを睨みながら言った。

「この話はお断りします。わたしたちは、今のまま、ルイーゼ号の乗組員で十分です」

 シュトラッサーは、表情一つ動かさない。しかし、その目線はメルの後ろ、エッケナーに何かを促していた。

「・・・!」

 メルはエッケナーを振り返った。

「メルフィリナ様、今、飛行船事業は軍からの発注や支援がなければ立ち行かないのです。飛行船の建造はもとより、旅客や貨物の航空事業も、ドイツ国内だけではとても採算をとることができません」

 エッケナーは、事務的な口調で言った。

「ルイーゼ号のこれまでの運航実績は、全て中佐に報告しています。今回のハンブルグ行きも、中佐の意向を踏まえたテストでした。L57号のアフリカ飛行を速やかに実施するため、クルーは即戦力となる技量がなくてはならない。ハンブルグ空港で、ルイーゼ号は操船の難しい強風の中、長時間の上空待機を難なくこなし、往復の飛行も極めて安全なものでした。メルフィリナ様が率いるクルーの操船技術は、軍の基準に照らしても十分に優秀という判断です」

 エッケナーに裏切られた気がして、メルの眉がつり上がる。

「エッケナーさん、わたし達を軍に売るつもりですか?!」

「今は戦争中なのです。ツェッペリン伯の孫娘が年若い乙女達を率いて飛行船を駆り、遠くアフリカで苦しむ部隊に補給物資を届ける。成功すれば大変ドラマチックな美談となるでしょう!」

 エッケナーは芝居がかった口調で言った。

「飛行船という存在が注目され、、会社や飛行船部隊のイメージも大きく上がります。だからこそ、我々はメルフィリナ様に引き受けて頂きたいのです。L57号の運用に関しては、会社としてもできる限り支援させて頂きますので、ご決断頂きたい」

「エッケナー、貴方は・・・!」

 怒りを隠さず、思わずエッケナーに詰め寄ったメルを、ロザリンドが抱き留める。

「エッケナーさん、メルフィリナ様はツェッペリン伯爵家のご令嬢です。今の会社の責任者は確かに貴方ですが、会社の仕事上の指示でない今回の依頼に従う義務はないはずです」

 ロザリンドがメルに代わって言った。

「もちろんそのとおりです。・・・しかし、中佐の提案を了承頂けないのなら、残念ですが、メルフィリナ様たちには飛行船を降りて頂くことになります。ルイーゼ号は、今回の運行を最後に海軍に練習船として売却されることが決定しています。これは伯爵家とは関係のない、会社としての経営判断です」

「・・・そんな・・・ルイーゼ号が・・・」

 初めて聞いたルイーゼ号の売却という話に、メルは愕然とした。

 仲間たちと飛行船を飛ばす、何年もかけてようやく掴んだはず夢が、呆気なく取り上げられてしまう。

 祖父は創業者兼スポンサーとして会社に大きな影響力を持っていたが、伯爵家の令嬢とは言え、メルがそれを継承しているわけではない。祖父から事業を継承したのは、エッケナーだ。

 自分の力ではどうにもならない状況に、メルは俯いて黙り込むことしかできなかった。

「メル・・・」

 ロザリンドが心配そうにメルの肩を抱く。

「時間を・・・ください。仲間たちにも相談しないと」

 辛うじて、メルは言葉を紡いだ。


「いいでしょう、フロイライン。明日のこの時間、またここでお会いしましょう」

 シュトラッサーは、さっと敬礼するとエッケナーを伴って格納庫を出て行った。

 2人に続いて格納庫を出たメルとロザリンドは、車で空港へと送られた。

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