第5話 吉野 蕩子(よしの とうこ)
あるとき、彼女は尋ねた。
「ねえ敏弘君、一つ聞きたいことがあるんだけど、みんなと仲良くできない子を一人見捨てるのと、一人と仲良くできない子をみんな捨てるんだったらどっちが正しいことなのかな?」
「何の話かはわかんないけど、みんなと一人なら一人を見捨てるほうがいいんじゃないかな」
その一週間後、僕たちのクラスメイトの一人が行方不明になった。まじめすぎるがゆえにクラス内でのちょっとしたおふざけを我慢することができずに怒りだして空気を悪くするせいでみんなからは若干煙たがれたりしてはいたものの、勉強も運動もそつなくこなし、いじめを受けている子には必ず手を差し伸べるいい奴だった。
とはいえ、こんなことは所詮ただの不幸な事故だった。帰ってきたら少し噂をされ、帰ってこなければ数年後に話のネタにされる程度のことである。
話が変わってしまったのは、その少し後だ。
その日、クラスメイトの全員の家のポストに不審な箱が投函されていた。お弁当箱くらいの大きさの箱で、白い包装紙にくすんだ赤色のリボンでラッピングされていて、重量はそこそこ程度。裏には黒の鉛筆で僕のクラスと名前が記入されていた。
今となって考えてみればどう考えても怪しすぎるし、普通に考えれば開けるはずがない。けれども当時の僕は、そして僕たちのほとんどはそれを開けてしまった。
中から出てきたものは一枚のメッセージカードと封のされた弁当箱。
カードには‴これで仲良くなってね”と書かれており、それをほとんど無視して開けた弁当箱の中からは血と牛肉のようなものが入っていた。僕は思わず悲鳴を上げた。
その後は悲鳴を聞きつけた母がこれまた悲鳴を上げて倒れ、それを見た近所の人の通報で駆け付けた警察官が弁当箱を持っていき、翌々日のホームルームでクラス全員の家に箱が投函されていたこと、箱の中身は少し前に行方不明になった子であること、犯人は不明で、捜査中であることなどが告げられた。
そしてこの事件は、発生から数年たった今でもまだ解決だれていない。
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そしてそれを皮切りに僕の周り、正確には彼女の周りで事件や事故は多発するようになる。そして、毎回直前に彼女から何かしらの問いかけがあった。
「ねえ敏弘君、一人の幸福のためにみんなが苦労しないといけないのと、みんなの安心のために一人がいなくなるのなら、どっちのほうがいいかな?」
「みんなに迷惑をかけて一人だけ楽しんでる奴なんていないほうがいいんじゃあないか?」
数日後、彼女は学校を休んだ。認知症で毎日暴れまわっていた祖父が階段から落下して死亡したため忌引きになったらしい。
「ねえ敏弘君、悪い人が五人生き延びるのといい人が一人生き延びるのだったら、どっちのほうがいいかな?」
「いい人かな。悪い奴がいなくなったほうが世界はよくなる気がするんだ」
数日後、ニュース速報で僕らの住んでいる町の名前が出た。不良五人が無断侵入した倉庫の中で火遊びをし、偶然近くにあったガソリンに引火して爆発したらしい。
「ねえ敏弘君、そこにある銀行とあっちのコンビニ、襲われたら困るのはどっちかなあ?」
「みんなが使うし、銀行が襲われるほうが困るんじゃないかな」
数日後、コンビニに強盗が入った。金目の物を要求し、抵抗した店員および止めようとした客を切りつけ逃走。客は軽傷だったものの、店員は意識不明の重体らしい。
「ねえ敏弘君、」
彼女がこうこう話し始めるときは決まって例の質問が来る時だ。
「ちょっと気になったんだけど」
いつしか僕は、彼女に質問されることに、その質問に答えて誰かの生き死にを決めることにこの上ない快感を見出すようになっていた。
「無関係な誰かが傷つく決断を迫る人と、実際にそれを決断する人だったらどっちのほうがろくでなしなのかな?
だからだろうか、ふと考えてしまったのだ。そして、それを言ってしまった。
「そうだなあ、どっちもろくでなしなんだから、両方とも死ねばいいんじゃないかな」
「……そっか」
僕の答えを聞いた彼女は、付き物が取れたように笑った。
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