十七話・十八話・十九話

 十七


 よく晴れた午後に私はリーダーと散歩をしていた。神陵台の四車線ある長い坂をゆっくりと下って朝霧駅の方に向かっていく途中、ヒトツバカエデの落ち葉が、道々を黄色く照らしていた。お年寄りたちがチラホラと我々と同じように散歩に出かけている。

「え、ほんまにケンジ学校やめたん」

「おん」

「俺が辞めるかもって聞いたん一昨日やで」

「せやな」

「決断早すぎひん。え、じゃあこれからはひたすら美容師目指していく感じなんや」

「まあ、そうなるわな。とりあえず今働いてるお店に集中して、美容の専門学校行く予定やな」

 私には行きつけの美容院があって、そこで美容師になりたいと言ってから、じゃあうちでアルバイトから初めてみるかと言われたので働くことにした。資格を持っていないので、お客様の髪に触ることはできないが、快いオーナーさんが閉店後であれば色々と教えてくれた。

 雑用がメインであるが、他のスタイリストさんの仕事は見ていてとても楽しかった。それから必然的に自分でもお店を持ちたいと思うようになり、将来に何を見たのか、この世界で食っていくと決意し、さっそく学校をやめた。

 この時の私は、とにかく誰よりも早く成長して、美容師になりたかったのだ。


 十八


 小学三年生の頃、初めて、人を、殴った。

 拳骨で相手の鼻頭を一撃で仕留めた。理由は簡単で放課後の掃除当番中にクラスのおちゃらけ男子Tが私の頭を箒で叩いたからだ。Tは鼻血を噴出させ、クラスの女子と共に保健室に行った。私は酷く心臓が跳ねて、視界が真っ赤に染まっているように感じた。だが一分も経たずして妙な程にストンと落ち着いて、掃除を再開していた。掃除の途中、担任の三十代後半の男先生に呼び止められ、職員室に連れていかれた。先生は私に理由を説明するように言った。私は掃除の邪魔をされたから殴ったと答えた。

「でもなぁ、暴力はあかんで。暴力は。男は先に殴った方が負けや」

「うん」

「でも邪魔したT君も悪いから、それはな、先生もチャンと分かってるから」

「うん」

「手ぇ、どっか怪我してへんかぁ」

「大丈夫」

「後でT君の所言ってお互い謝りなさい」

「……」

「どうした」

「…………」

「まだ会うのは嫌か」

「……うん」

「でもこのまま明日なって、ずるずる日過ぎてもうたらお互い謝りずらなんでえ。ええんか」

「……」

「ええから行くで。先生も一緒について行ってあげるから」

「……うん」

 私たちは互いに渋々と謝った。Tは私の顔を見ると酷く怯えたように小声で謝った。まるでその時のTは、初めてあった時のような雰囲気であって少し心が高揚したような気がした。この頃から私は習字教室と学習塾を時々サボりはじめていた。


 十九


 バイトの終わりにリーダーの住むマンションの公園で喋っていた。リーダーは学校終わりに焼き肉屋でアルバイトをして非常に老けた顔をしていた。それでも我々はよく喋った。リーダーの内向的な性格は、私の前では姿を見せることはなくなっていた。私もリーダーに対しだけは、全てを自然に任せられた。リーダーとは特に強烈な思い出というものはない。中学三年生の頃からのカケルや私たちと遊ぶようになって、十七歳の頃、既に気がつけば週に四、五回は顔を合わすような間柄になっていた。

 リーダーとは波長が合う。ただそれだけだった。リーダーは私の話をよく聞いてくれたた。

 私には、昔からある一種の悪癖を持っていた。それは仲良くなった人たちと会話をする時に限って必ず起こる。悪魔に身体を乗っ取られているのかもしれまい。と思ったことも度々である。私は友人たちと話すのが割と好きな方で、話している間は色々な事を忘れられる至福の時であった。だが私はよく友人たちの話を途中で遮り、自分の意見を喋り出すきらいがあったのだ。最初、私はこのことに気がつかなかった。私はその悪癖を中学三年生の時に友人Wから指摘され、非常に驚き、それに気がつかなかった自分にとても恐怖した。

 それからも暫くは、何度もその悪癖が垣間見え、その度に、私はそれを酷く恐れるようになったのだ。

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