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 結局、専門学校にも大学にも通う事なく、バイトを二つ掛け持ちして、自分で作曲出来る環境を整える事にした。進学しないなら就職、という手もあったのだが、決断が遅かった僕は練習期間も知識もあまりに足りず、就職は断念。言ってしまえば今の僕は浪人生だ。

 親は納得していないようだったけれど、あくまで浪人だと言えば何とか許してもらえた。と同時に、やはりミュージシャンを目指すというのは許してもらえないんだな、と思う。

 とはいえ僕も引くつもりは一切ない。専門学校に通えなくたって音楽は当然続けるし、となれば音楽を諦める事はまずない。仕事をしながらだってミュージシャン目指してやる、なんて仕事の大変さを知らないくせに心に決めて。

 学校に行く時間がバイトに行く時間に変わっただけで、それ以外の時間の使い方はほぼ何も変わらなかった。ただ一つだけ、彼女の存在を覗いては。

 あの日から一年。卒業後もよく連絡を取り合っていた僕達は、恋人としても、創作仲間としても良好な関係を築けている。と思う。

 彼女がよく笑うのは付き合う前から知っていた。そしてその分よく泣き、よく怒るのだと、付き合った後に知った僕は最初こそ戸惑ったけれど、内心を笑顔に隠したような付き合う前の彼女を知っているからこそ嬉しくもあった。喧嘩もよくするけれど大体の理由が相手を想うが故の言い合い。一時間もすれば頭が冷え、ごめんと言い合ってそれで元通りだ。俗に言う別れの危機、なんてものは正直なかったと思う。

 二人でユニットとして活動し始めたのは、彼女の受験が落ち着いた一〇月下旬頃から。元々僕の曲を好きでいてくれたフォロワーと彼女の小説の魅力のおかげで、僕らは活動開始から半年と経たずにこの界隈での有名人と化した。

 活動内容は僕が曲を作り、彼女がそれに合わせた小説を書くという単純なものだ。

 八月に出した初の同人アルバム乃至同人小説の在庫はあっという間になくなって、追加生産の依頼が何件も来ている。僕の歌の再生回数も、彼女のSSを載せている小説サイトへのアクセスも、最初と比べると気持ち悪い程に伸びていた。

 特にアルバムのシークレットトラックで出した彼女のセルフカバー曲はとても好評だ。別の曲でもいいから動画化しないのか、という声を彼女は丁寧に断っていく。大勢の人の耳に残るところで、あまり歌いたくないらしい。

 とにかく、僕らの音楽活動は順調すぎる程順調だ。

「ねぇ帆澄くん。今度花火大会やるんだって!」

「へぇ。行く?」

「行きたい!」

 子供みたいに燥ぐ彼女は、懐かしいね、と笑った。

「もう一年も経つんだねぇ」

 付き合ってから。ちゃんと話すようになってから。夢を叶えようと誓い合ったあの時から。

「ねぇ、花火大会の曲作ろうよ!」

「あ、それいい」

「去年作った曲アレンジしよ! 私、あれで小説書きたい!」

「好きだねあの歌⋯⋯」

 即興で作った、今となっては恥ずかしすぎるくらいに下手な歌。それを彼女は気に入っているらしい。

「男の子目線でさ、両片想いっぽくして歌詞書いてよ。そしたら私、その女の子目線で小説書く!」

「わかった。タイトルは? どうする?」

 去年作った歌は結局、僕が歌ったものも、彼女が歌ったものも、投稿はしなかった。つまりあれは二人だけしか知らない歌であり、ならば必要ないだろうと、タイトルなんて付けていなかったのだ。

 考えてきてるんだよ、と得意げに笑った彼女は立ち上がって、態とらしく咳払いをした。


「タイトルは、────!」




 それは夏の終わりを告げる、二人の恋の始まりである。

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晩夏、夜空に咲く花灯り 星終 @SO_LIL_O_QUIZE_

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