第79話:次の一歩

「なあダージ。次はどこへ行く?」

「キュキュゥ」


 見たいものは見た。やるべきこともやった。すると次は何をするか、考えずにはいられない。

 一人で生きられるように。師匠が言った言葉は、どうすれば達成されるのか。ザハークの好奇心は、目標へ至る為の磁石でもあった。


「まあセルギンを探してからでいいか」

「キュ」


 夜が明けるまで。と言っても、ずっと明るいままだが。狭苦しい場所を嫌い、光の川の畔へ寝転んだ。

 相棒の羽毛を枕に、疲れた身体をひととき休める。今ごろは騎士団長も眠っているはずだ。公爵とイブレスの事情を聞くのは、その後と言っていた。


「ひいっ! あ、ああザハーク殿、こんなところで休んでいたのか」


 代わり映えのしない朝を迎え、呼びに来たのはラエトだ。近寄ってくるのに気づいていたが、面倒で声がかかるまで黙っていた。

 ダージを認め、居ると思って来たのだろうに。羽毛に埋もれたザハークを見て、悲鳴を上げた。


「知らんだろうが、蛇人も眠るんだよ」

「いや失敬、知らせたいことがあったのだ。一つはサリハ殿が、目覚めてパンを食べた」


 ――チッ。

 騎士団長が余計な入れ知恵でもしたようだ。妙に優しげにラエトは微笑む。笑い病の笑みとは、雲泥の差だが。


「へえ? 焼いてか煮てか」

「何だ、冷たいな。ちゃんと起きて、元気にしていると知らせたのだ」

「ならそう言え」


 サリハが無事に目覚めた。その報告を良かったと、当然に思う。

 だがそれ以上の感想を考えぬよう、思考を殺す。騎士団長やラエトの肴になるつもりはないのだ。

 知らせたいこととやらは、他にもあるのだろう。勿体をつけず、さっさと言うよう急かす。


「騎士団長がザハーク殿を呼んでいる。公爵閣下、いや公爵の話を聞くのだそうだ」

「何で俺が要るんだよ」

「幾らか事情を聞いているのだろう? 齟齬がないか、証人になってほしいと」


 これからこの国をどうするのか。そんな話に関わる理由がない。しかし嘘を吐かせぬ為に必要と言われれば、渋々でも納得せざるを得なかった。


「それだけか?」

「イブレス殿だが――眼が良くないそうだ。それに声も」


 ミトラは本当に姉を連れて行っただけで、他には何もしなかった。巫女に関しては、自業自得ということかもしれないけれど。

 ともあれラエトの気持ちを考えると、他の者から聞くのとは意味が違ってくる。


「そうか。つらかったな」


 そもそも懸想であって、縁のない相手だったのだ。しかし気持ちというのは、そう単純でない。

 慰めを操るほど巧い口を持ち合わせず、せめて労いを言った。


「仕方がない。好いた人と必ず添うことが出来るほど、世の中は都合よく出来ていないのだ」

「よく知ってるな」


 浮かべた苦笑いは、意外に軽そうだった。ならばこちらも身構えることはない。鼻で笑って、冗談にしてやるまでだ。


「分かった。すぐ追いかけるから、先に戻ってろ」

「あ、いや、その」


 役目を終えたはずのラエトが、言いにくそうに口をもごもごとする。「何だ」と問うても、「いや」とごまかす。

 笑い病の障りが残ってでもいるのか、はっきりしない。しかし苦笑の類さえ表情になかった。むしろ苦悩を抱えたような。


「言っちまえ。悩むってことは、言うと決まってんだ。言わねえ理由を探したって、後悔するだけだぜ?」


 とは嘘だ。言わぬが華、言って後悔することなど山のようにある。

 けれども今、それほど拗れる話もありはすまい。悔やんだとて、数日恥ずかしい思いをする程度のことだ。

 意趣返しにちょうどいい、とは口にしなかった。


「ああ、そうだ。その通りだ。その言葉に甘えて、思いきって聞いてもいいだろうか」

「だから聞くって言ってんだろうが」


 肯定しても、もじもじとするラエト。蹴り飛ばしたい欲求が何となく、実行へ近づいていった。


「私はいつから、同僚や街の人々と同じように笑っていたのだろう」


 すんでのところで、ラエトは思いきった。上げかけたつま先をそっと下ろし、「あん?」と意図を問う。


「時期が知りたいのではない。私は騎士になることが目標だった。騎士になりさえすれば、いつかは叔父のようになれると思っていた。それは笑い病と関わりなくだ」

「なれるわけねえわな」


 この地で起きた騒動の殊勲は、騎士団長に間違いない。あの男が神官戦士や近衛兵を駆逐しなければ、国王は死んでいた。

 その土台がなければ、ラエトによる救出劇も起こらなかったろう。


「私は国王陛下の御身を、お守り申し上げた。しかしザハーク殿と奴隷たちに教わらなければ、思いつきもしなかった。こんなことでなれるわけがない」


 騎士団長のように、自分と部下のやるべきことを見通すにはどうすれば良いか。ラエトの問いは、どうもそういうことらしい。


「だからやり方を俺に聞くのか?」

「――うん、それも分かっている。頼っていては本末転倒だ。しかし分からない。国の大事に、悩んでいる暇などないのに!」


 公爵の起こした嵐は去った。けれどもコーダミトラの苦境は、ここからだ。弱体化などと言っては生温く、限りなく滅亡に近い。

 これからゆるりと学んでいく、と言っていられぬのはたしかだ。


「知らねえよ。お前がどうなりたいのか聞いて、俺がやり方を教えたとして、満足するのか?」


 それでうまく事が運んだとして、ザハークの創作能力を評価されるだけだ。ラエトの問う、道を切り開く力ではない。


「私がどうなりたいか?」

「そうだろうよ。何をするかってのは、その後自分がどうなってるかだ」


 ――俺も知った風なことを。

 師匠の言う人物像に近づく為、何をするか。ラエトの悩みと、ちょうど逆だ。

 よくも無責任なことを言える。自嘲して、彼と自分との違いに気づく。


「お前には団長のおっさんが居る。突き進む目標を間違えてりゃ、ぶん殴ってくれる。安心して間違えろ」

「それは甘えることにならないだろうか」

「二度も三度も同じことで殴られればな」


 いくらか咀嚼する沈黙があって、ラエトは「そうか」と頷いた。すっきりと呑み込めていないようだが、完璧に納得出来る案など存在しない。


「ではザハーク殿。城で待っている」


 ラエトは来た道に振り返り、歩き始めた。先に行けと言ったのはザハークだ。

 しかしもう少し、この男と言葉を交わしたくなった。


「ダージ、ちょっと行ってくるぜ」

「キュウッ」


 相棒を空に遊ばせ、ザハークはラエトに並ぶ。

 どちらがどちらを肴にするか。どこの酒場でもやっているような、くだらぬ勝負をしてやるのも、若き騎士には面白かろう。

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