幕間

第62話:飛盗の魂胆

 セルギンは城へ忍び込んだ。巨鳥を先に帰し、手下の三人とだ。

 手を組んだ他の飛盗たちは、宝物庫を襲うと言っていた。報酬のはずの士官をしても、この国はもうダメだと見切りを付けて。


「兄貴。気味が悪いくらいだ」

「奴らの言い分が、正しいってことだろうなあ。今からでも間に合うかもしれねえよ?」


 赤い巨鳥に乗っていた手下が、城内にひと気のないのを怪しむ。

 昨日までは腕を布で吊っていた彼に、皮肉で返した。他の頭目に着いて、宝物庫へ行ってもいいと。


「兄貴、そりゃあないぜ。俺たちゃ、兄貴だからここへ居るんだ。でなけりゃとっくに、よその国で盗賊になってる」

「盗っ人は変わらないのか」


 周囲の様子、遠くの物音へも気を遣い、真剣な表情で言うのがおかしい。

 堪え性がなく、頭も良くない。だから食い詰めると、悪行をするしかなかったのだ。それでも巨鳥には好かれる、気のいい仲間たちだ。

 くっくっ、と。笑いを堪えるのに難儀した。


「豪勢な戸だあ」

「これだけでも旨い飯が食えるぜ」


 分厚い無垢の扉を開け、値定めをするのは青い巨鳥と緑の巨鳥に乗っていた手下。

 二人の女神を象った彫刻などは、たしかに素晴らしい。金貨で三、四枚にはなるだろう。

 しかし目的は、金儲けでなかった。


「で、どうすれば?」

「祭壇の縁から、隠し通路へ入れる」


 高い位置に、女神二人の寄り添う立像がある。その手前に祭具や捧げ物を載せる台が祭壇だ。

 しゃがめば大人も潜めそうな、三段の立派な作り。その脇の石壁に、銀縁が部屋の端まで伸びた。

 銀縁に沿って嵌め込まれた石を外し、現れた取っ手を引く。


「へっ、さすが兄貴だ」

「細工師の師匠に着いて、点検に来てただけだよ」

「おっ、開いた」


 城内の至るところへ、銀の装飾は数知れない。中でもこの祭壇室は念入りだった。

 仮の職として銀細工を選んだのは、そういう狙いがあるわけでなかった。父が銀細工師で、見倣う程度には知識があった、それだけだ。


「気をつけな。どこに何があるか、分かんないから」

「あいさ」


 通路の入り口を見つけたのも偶然だった。ある日、いつもの面子が体調を崩して来なかった。穴埋めに、セルギンが一人で祭壇室の点検を行った。

 そのときは、どこか表沙汰でない場所へ通じている。というだけを覗いて閉じたけれど。


「ちっとカビ臭えな」

「掃除なんか、しやしないだろうさ」


 狭い入り口をくぐると、立って歩けるだけの空間が緩やかに下る。幅はさほどでなく、二人並ぶのは難しい。


「お前たち、今なら戻れるよ」


 これが最後だ。脅しではなく、こんな場所へ居るのが見つかれば、生きては戻れない。

 振り返って、後へ続く三人に問う。


「兄貴。俺たちゃ――いや、俺は兄貴を本当の兄貴と思ってんだ。兄貴の親兄弟は俺の親兄弟も同じってもんよ」

「俺もそうだ」

「オイラもだ」


 手下たちの。いやさ弟分たちの想いが、柄にもなく涙腺を刺激する。

 だが泣いている暇はない。


「あんたたち、調子のいいこと言ってんじゃないよ。あたしはそんなんじゃ騙されやしない」

「はいはい。兄貴が嘘を吐くときは、いつもそれだ」

「言ってやるなよ、騙されたふりも俺たちの役目だ」

「そうだそうだ」


 酷い言い分に、少し腹が立った。おかげで涙が引っ込み、笑ってしまう。


「お前たち、覚えてなよ」

「何のことだか?」

「分かんねえな」

「腹減ったな」


 呆れて「はあ」と息を吐いた、そのとき。けたたましい音が通路に響いた。金属を含む何か重い物が、石床へ叩きつけられたように思う。


「誰か戦ってる?」

「先を越されちまったかな」

「兄貴、急ごう」

「どんな奴でも、オイラがトンテンカンにしてやるさあ」


 臆する者はない。覚悟が本物と確かめあい、先を急いだ。「コテンパンな」と、訂正だけは忘れず。


 セルギンは、北の隣国からやって来た。領地の中でも田舎のほうだが、それなりに賑わう街だった。

 その街が、理不尽な蹂躙に晒された。

 多くの人が死に、セルギンも逃げるしかなかった。父と母と、一つ違いの姉を見捨てて。

 いつか迎えに行く為に、力が必要だった。だから噂に聞いた闇の炎を求めたのだ。


 ――もう持ってんだけどな。

 天空騎士から預かった瓶は、まだ二つ残っている。このまま持ち逃げしたとて、追ってくる余力はあるまい。

 けれども大きすぎる借りを作ってしまった。このまま去れば、今度はまたこの国へ気がかりを残してしまう。

 もう、過去に囚われて生きるのは終わりにしたかった。


「じゃあお前ら、俺の為に死んでくれ」

「あいさ」

「あいよ」

「いいともさ」


 四人は慎重に、戦闘音の聞こえた方へ向かう。あれきり、音はしなくなったが。


「でも、なるべく死ぬなよ」


 付け足した注文には、返事がない。気になって振り返ると、三人が三人、ニヤと笑う。


「人の話はちゃんと聞けって言ってるだろ」


 苦言であると精一杯示して、低い声で言った。その実、セルギンは胸に誓う。


 ――どうしたって死なせるもんかね。

 飛盗の義兄弟たちは、公爵を捕らえんが為。ザハークに報いる為、暗い通路を進む。

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