第51話:踊り子は今

 三階と二階は同じ造りだ。祭壇のようなものや小さな間仕切りなどはあるが、完全に区切られた部屋はない。

 前庭にかなりの人数が待機していたが、おかげで神殿内に人影は見えなかった。


「手っ取り早くいくか」


 捜すのは一階だけで良い。脱出を考えると穏便に動きたいところだが、猶予がない。誰か捕まえて、サリハの居場所を聞き出すことにした。

 回廊に巡らされた手すりを乗り越え、二階へ下りる。素早く見回し、階段を探すと、あった。一周をおよそ四百メルテの回廊に、東側の一カ所しかないらしい。


「クソ。誰も居ねえ」


 階段から一階を見下ろしたが、やはり人の姿がない。実はこちらが見つけられていて、おびき寄せられてでもいるかと警戒するほどだ。


 ――出払うなんてあるわけがねえ。最悪、神官長でもいい。

 公爵の味方をする特権階級の人間が、それほど勤勉に働くはずがない。確証はないけれど、ザハークは決めつけていた。

 神殿の代表者と、その世話をする者。それくらいはどこかへ居るはずだ。


「勘定部屋はどこだ――」


 好きなだけ見渡せた上階に反して、一階は外壁の側に閉ざされた部屋が並んでいた。

 回廊の端から端まで、通路と部屋を分ける、のっぺりとした壁が続く。そこへ均等に、飾り気のない扉が置かれる。

 用途などが示されているでなく、神官たちはどうやって見分けているのやら。錠もされておらず、開けても開けても整然と寝具の畳まれた狭い部屋があるだけだ。


「窓もないのかよ、何か気持ち悪ぃな」


 吐き気以外に得た物はないが、一つ分かった。どの部屋も壁が薄く、ザハークの眼には扉を開ける必要がなさそうということ。

 人の集まる組織である以上、物や銭の管理が必要となる。そこへは必ず、留守番があるだろう。運が良ければ、サリハの監視役を兼ねているかもしれない。


「しかし、ムダってのはこのことだな。いくら歩いても端に着きやしねえ」


 妙な錯覚をしそうなほど、変わらない景色。明かり取りの格子は高い位置にあり、泉の様子を見ることも出来ない。

 走れば音がして、警戒を呼ぶこととなるだろう。ザハークは良いが、それでサリハに何かあってはまずい。


「――居た」


 結局のところ人の体温を見つけたのは、西の回廊の中央辺りだった。東側の階段から見ると、ちょうど反対に当たる。

 常時の居場所がこの部屋とすれば、上へ行くのにいちいち二百メルテほどを歩かねばならない。


 ――ご苦労なこった。

 運動不足にならなくて良いのかもしれない。引きこもりの神官には、必要な施設なのだろう。

 などとどうでも良い考察は捨て置く。傍にセルギンでも居れば、面白い返答があったろうが。

 見える体温は二つ。おそらく男だ。武器を携えている様子はない。扉の取っ手を掴む格好で、息を吸って吐く。


「動くんじゃねえ」


 次の呼吸で扉を開け、静止を呼びかけた。やはり中に居たのは、男の神官が二人。外の騒ぎをよそに、椅子に座って茶を飲んでいたようだ。

 表に居たのと違い、祈る専門という風の痩せた身体。突然に押し入った蛇人に、目を丸くして声も上げない。


「いい子だ。言い忘れたが、声も出すな。あいにくと、神さまなんて連れは居ねえんだ。神官でも遠慮はしねえ」


 言いつつ、腰の短刀を抜いて振る。戦えぬ者が相手ならば、脅しに使うのは分かりやすく刃物がいい。


「サリハは知ってるな? ここに居るはずだ、連れて行け」


 神官たちは座ったまま、両手を上げた。その間の顔が、サリハの名を聞いて引き攣る。しかしすぐに平静を装い、わざとらしく二人で顔を見合わせた。


「ごまかす気か? 急いでるんでな、手間がかかるようなら、他に親切な奴を探すまでだ」


 近いほうの一人に、切っ先を突きつける。刺すならどこがいいか、目か、喉か、それとも胸か。具合いのいい場所を問うように。


「ちっ……」

「ん?」


 神官は何か言おうとして、息を呑んだ。顔色がどんどん青褪め、喋る気は満々に見える。それを押し止めるほどの、強力な忠誠があるとも思えないが。


 ――ああ、そういうことか。

 少し考えて、察した。


「声を出すなってのは、助けを呼んだりするなってこった。何か教えてくれようってんなら、ご自由に」

「あ、じゃあ――」

「ああ、何だ」


 短刀を少し引いて、皮肉に笑ってやった。とは言え蛇人の表情は、人間に伝わらぬらしいが。

 証拠に神官は目を逸らし、次の言葉を探すふりをした。


「おい、急いでると言っただろ」

「あ、ええ。分かっています。しかしそれが……」


 口ごもり、また二人が顔を見合わせる。どうもザハークへの怖れというだけではないようだ。


「何でもいい、早くしろ。気になることがあるなら、それもだ」

「え、ええと。実は、サリハ殿が連れて来られたのは三日前なのです」

「ああ、そうだろうな」


 拉致したことを知っていながら、疑問を感じていない。笑い病とは別の病が、この神殿にはある。

 苛立ちに舌打ちして、神官が肩を竦ませた。


「これで最後だ。早く言え」

「はっ、はい! またすぐに移動させるから世話の必要はないと。あの、サリハ殿は本当にまだここへ?」


 三日前。最後に会ってから、すぐに連れて来られたのだろう。それから世話をされていない。

 その意味するところは、酷く嫌な感情を抱かせる。


「もういい。もうひと言も喋るんじゃねえ。サリハのところへ連れて行け、今すぐに!」

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