第48話:是非もなく

 手短に計画を話す。作戦と呼ぶには頼りない、場当たり的もいいところの案だ。しかし騎士団長は「ふむ」とひと言、老練な頭脳に落とし込む表情を見せた。


「それはもしや本当に、いいことかもしれんな。いや、それ以外の道はないと言っても良い」

「いいのか? こんな流れ者の、しかも蛇人の口車に乗ったって言われりゃ、弁解のしようがないぜ」

「何を言い出しっぺが」


 もう意見を翻すかと口では言うけれど、団長にも分かっているはずだ。出来ること、動ける道が残されているのに、躊躇している時ではないと。

 そろそろ引退を考えても良いはずの陽に焼けた顔が、城壁に向けられる。宙を踊る飛盗たちではなく。


「どうせこのまま行けば、盗っ人ごときに嬲られるが落ちよ。それに比べれば、貴公のほうがましだ」

「そいつはどうも。ありがたい褒め言葉だ」

「褒めたつもりもないのだがな。分隊は誰に任せる?」


 馬鹿話に興じてもいられぬ。騎士団長は軽口を戒め、具体的な動きを問う。神殿に撤退する主力と、西側へ回り込む別働隊に分かれるのが、最初の手順だ。


「隊長って意味なら、あんたが好きに決めりゃいい。だが奴隷を動かす役は、ラエトだ」

「ラエトか」


 近くの者に、会話は全て聞こえている。名を出したラエトにも。

 当人は酷く驚いたのだろう。微笑みながら目を丸くし、続いて出た声は明らかに笑いながらだった。


「あははは、ザハーク殿。冗談が過ぎる。策は理解したつもりだが、奴隷にそんなことをさせるなどと無理に決まっている」

「そうでもねえ。俺からの頼みだって言やあ、いくらか違うはずだ。もちろん最後には、お前の口の巧さにかかってるがな」


 それほど長い期間ではなかった。水汲みを始めとして、重労働を手伝ってやったよしみ。

 恩を売れるようなことでないし、そのつもりもない。ただ自分たちの命運が左右されるとき、誰の言葉を信用するのか。

 卑怯かもしれないが、利用させてもらうしかなかった。


「たしかに私も、ザハーク殿と同行していたが。奴らは奴隷で――はっはっ、無理に決まっている!」


 若い騎士は、また笑った。

 状況の悪さゆえか、奴隷という最下層の身分に対してか、無理と決めつけているのは彼自身だ。


「ああ、俺もそう思うぜ」

「ザハーク殿」

「でもまあ他にやりようはねえんだ、正直に言ってやる。お前の旗は俺が代わりに持つ。だから邪魔なんだよ」


 今度はすぐに返答がなかった。いくらかの間があって、ようやく出たのも「なっ」という言葉にならない声だ。


「何を? コーダミトラの騎士団旗を、奪うと? そんなこと。ははは、出来るわけがないだろうに」


 何度も声を詰まらせながら、旗持ち役を譲らぬ理由がでっちあげられる。

 多くの国で、戦旗を持つのは名誉あることだ。狙われやすくもあり、武勇を示すことにもなる。


「ふ、ふふふっ。そうだ、私はザハーク殿とは比べ物にならない。しかし今日まで曲がりなりにも、勤め上げてきた。何を馬鹿なことを」

「馬鹿は貴様だ!」


 問うてもいない理屈を並べ立てるラエトに、ザハークも苛立っていた。しかしよく動く顎に鉄拳を喰らわせたのは、騎士団長だ。


「お、叔父上!?」

「貴様には分からんのか。事情など知らずとも、今日この時。たった今が、コーダミトラの命運を決める瞬間ということが」


 ラエトは地面に、二回転もした。決して地に付けてはならぬ旗も、あっさりと手から離れる。


「ラエト、お前には分からんのか。悪しざまに言ってくれるザハーク殿の思い遣りが。こんなときにだらしなく笑っている、情けない甥には分からんのか」


 握られたままの拳が震えるのは、怒りだけではあるまい。周囲の騎士たちも苦笑で見守るばかりだ。


「私が、笑っている? 私は笑っているのですか」

「己の面がどんなものかも見えておらんか。自分で責任を負えんというなら、この場で剥ぎ取ってくれようか」


 倒れたまま、自身の顔を撫で回すラエト。感触で分かるものでもなかろうが、引き攣ったように頬を動かす。


「お前の気持ちを考えてやってる暇がないんでな。貰ってくぜ」


 ダージの背から舞い降り、旗を拾う。ついでにラエトの兜も取ってかぶった。これで遠目には、蛇人だと分からぬはずだ。


「さあ団長さん、行くとしようか」

「応よ」


 改めて、役割りが指示された。神殿へ撤退する主力は、残存人数の五割。現状のまま、騎士団長が指揮を執る。

 別働隊の指揮は、ザハークと同年くらいの騎士。その隊も、街の西を遠回りで神殿に向かう。中途でラエトは、単身で城へ戻る。

 騎士たちはすぐに動き、分断された他の部隊へも伝令に走った。


「ラエト、お前のタイミングが鍵だ。頼むぜ」


 煽てでなく、事実だ。が、ラエトはまだ顔が気になるらしい。甲斐あって、いわゆる真顔にはなった。


「理屈は分かるが――」


 ようやく立ち上がり、既に西へ向かい始めた隊の尻へ着いていく。

 納得はしていないが、やらなければいけないようだからやる。そんな気持ちが透けて見えた。


「ラエト!」


 後ろ向きでいては、可能も不可能になる。生きられるものも生きられない。戦うことが仕事とはいえ、出来れば死なずに済むほうがいい。

 そう思ってザハークは、去る背中に叫ぶ。


「何をやったか、じゃねえんだよ。戦って勝つってのは、何を残せたかだ!」


 若き騎士は振り向かない。けれどもきっと、届いたはずだ。

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