第四幕:浮遊島の終焉

第47話:土壇場の策

「くだらねえ茶番だぜ」


 言い捨てたのは、負け惜しみ以外の何物でもない。

 公爵を拘束することは出来なくなった。いま行えば、ザハークが王の暴走に同調したとしか受け取られない。それは公爵の立場を、より強固にする行為だ。

 だとしても強行する選択もあるだろう。行動の自由を奪っている間に、公爵の悪事を暴けば良い。

 しかしそれも難しい。巨鳥に跨った天空騎士団が、城壁に戦闘態勢で並んでしまった。


「過ぎた後では、どうして止められなかったか悔やむような、他愛のないことに足を掬われる。現実とは、得てしてそういうものだ」


 飛ぶ背中を監視台の高さに合わせ、ダージが待っている。乗り込む背に、公爵は忠告めいて告げた。


 ――これ以上、お前の計画に乗ってやれるか。

 腹立たしいでは収まらぬ憤りを呑み込み、ザハークは監視台を蹴った。言葉にも身振りにも返答をせず。


「どうする相棒、してやられちまってるぜ」


 前線に目を向けると、騎士と兵士の被害は甚大だった。おおまかに三割ほども数を減らしている。

 なおも激戦の先頭に立つ戦旗を目がけ、ダージを翔けさせた。


 ――王は使えねえ。騎士どももだ。使える奴は、みんな公爵が持ってっちまった。これでいったい、どうすりゃいいってんだ。


 戦場でまともなのは騎士団長のみ。たった一人を味方に出来ることなど、ありはしない。


「無事か!」


 叫びつつ、切りこむ。旗手のラエトを狙った巨鳥の足下へ。


「ザハーク殿!」

「こんな老いぼれの増援とは、暇を持て余したらしい!」


 喜ぶ甥を横目に、叔父のほうは強がりを言った。握っていた剣は既に、手にも腰にもない。斃れた者から取ったらしい長槍を、自ら振るう。


「撤退して籠城ってのも、立派な作戦だと思うが?」


 ザハークの姿を認めて、掛かっていた飛盗は高度を取った。近くに居た数人と合図を交わし、別の隊へ矛先を変える。

 どうやらザハークは、最後のお楽しみであるらしい。


「籠城だと? たかが盗っ人を相手にか。冗談も休み休み言え。そんなことをしては、末代までの恥さらし。伝え聞いた隣の大陸の者にまで笑われるわ」


 戦場は何ヶ所かに分かれていた。そういう作戦ではなく、分断されて生き残ったのが寄り集まっているのだろう。

 差し当たって刃を向ける相手が去り、騎士団長は部下たちに息を整えるよう指示を出す。


「たかがったって。実際、やられちまってるしな」


 地面に足を付ける騎士団長と、視線の高さは数メルテの差しかない。ザハークに見えている惨状が、見えぬはずはなかった。


「儂らとて、槍と弓だけではない。策はあるのだ」


 飛盗は人数を言えば、こちらの五十分の一以下だ。いかに油を撒き、矢を降らせようと、全く足らない。必ず、直接の攻撃に出なければならなかった。

 巨鳥の爪、乗り手の槍。それらの届く距離が、こちらの機会でもある。ロープを投げつけ、あるいは飛び道具を持っていない隊が石を拾って投げる。高さに優位を持つ敵に対し、正攻法かつ有効な手段と言えた。

 同じような方法で、巨人に狙われた少数の村人を戦わせたことがある。ザハーク自身に向けられたときは、かなり手を焼いた。


「見てたさ。作戦はいいと思うぜ、作戦はな」

「むう――」


 歳の割りに、騎士団長はもう顔色を直した。荒かった息も、自然な高まりにまで戻っている。でなければ、正論で黙り込むなどは不可能だったろう。

 ロープを持ち、石を構えても、号令がしっかりと伝わらない。指示されてから動き出すタイミングもバラバラ。作戦以前の問題なのは、騎士団長が最も理解しているはずだ。


「そう言う貴公には策があるのか。見ておる限り、一騎とて落としておらぬのではないか」

「まあな」

「まあな、ではないわ!」


 ここで口論をしたところで、益はない。団長も承知だろうが、あまりに救いのない状況に苛立っているらしい。戻った顔色が、また赤く染まる。


「正気の奴が少なすぎる。話にならねえ」

「近衛が居るだろう」

「あん? あんたは正気だと思ってたんだがな」


 意味するところを察して、騎士団長は目を見張った。「まさかと思っていたが」と、悔しげな声を落としもする。


「ちょいと王さまが怪我しちまってな。今あそこに居るのは、公爵だけだ」


 背中の側を親指でさし、決定的な事件が起こったことを暗に伝える。

 数拍の間、身動きも出来なくなった騎士団長。その周囲で、へらへらにこにことする部下の騎士たち。


 ――よくもこんなところで戦ってられる。

 ある意味で、素晴らしい人格者だと尊敬の念を禁じ得ない。


「それ以外で正気な者か――」


 苦しげな表情ながらも、戦場にあって立ち直りが早い。これも生き抜く為に必要な条件の一つだ。


「強いて言えば、奴隷どもか。あれらはなぜか、笑い病に罹っておらん」

「ああ、たしかに。でも奴隷を城から出してもなあ」


 せっかくの提案だったが、団長も思いついたから言っただけという程度のようだ。「そうよな」とすぐに引っ込める。


「いや、待て。いいかもしれねえ」

「ん、何がだ」

「奴隷だよ。いいことを思いついた」


 ザハークもたった今まで、途方に暮れていたのだ。思いつき以上の案ではなかった。


「団長さん、やっぱり撤退してくれ」

「何を言うかと思えば、それがいいことか」

「ただ退がれってんじゃねえ。行き先は神殿だ」

「何ぃ?」


 急速に機嫌を悪くする団長の眉間には、深い皺が数え切れぬほど浮かぶ。

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