第44話:銀細工師の葛藤

 ――さあて問題は、あれがまだあるのかってこった。

 騎獣の乗り手として、セルギンは優れたほうだろう。だがザハークには及ばない。巨鳥と竜の違い、それに場数の差によって。

 ただし闇の炎を使われれば、簡単に覆されてしまう。一度に百本も運ぶような物だ、まだ持っていても不思議はなかろう。


「ダージ、名乗れダカラスミカ!」

「キュエエエエッ!」


 考えたところで、分からぬものは分からない。覚悟を決め、槍を天に突き上げる。愛竜も答え、挑みかかる雄叫びを発した。


「相手になりやすぜ、旦那ぁ!」


 突撃槍も、頭上へ掲げられた。互いに近づき過ぎた距離を、ゆっくりと離れる。左回りに旋回しつつ、六十メルテほどを。

 もう一度、セルギンは慎重に突撃姿勢を取った。腋を締め、長い柄を挟み込む。握る手は鍔に当て、長大な槍と自身が一つの塊のように。

 満足いくようにしろと、待ってやった。終わるのを見計らい、自分の槍をひょいと腋へ抱える。


「いざ!」

「尋常に!」

「ギュエエッ!」


 睨み合う視線がぶつかり、ダージが吼える。それを合図に二頭の巨獣は、風の速さで距離を縮めていく。

 思いきり羽ばたく巨鳥と、滑空姿勢の竜。鼻先のすれ違う次の瞬間に、乗り手の槍が交差する。


「うおぉっ!」

「やあぁっ!」


 突撃槍の先端が、正確に胸を狙った。低い位置から掬い上げるように。

 ザハークは、さらに低く。一旦は真下へ向けた槍先を、切り上げに振るう。セルギンの槍を縦に割るつもりで。


「ぐうぅっ!」


 しかし耐えた。槍も、人も。大きく腕を撥ね上げたが、槍を離しはしない。

 すれ違いざま、堪えた呻きが耳に届いた。いつも愛想の良い、悪く言えば軽薄な声から想像の出来ない、男臭い音色が。


「旦那、そいつぁマナー違反だ」

「やかましい。お前は飛盗、俺は賞金稼ぎ。騎士の真似をする理由はねえ」


 三十メルテを翔け、位置を交換した相手に向き直る。セルギンは突撃槍を巨鳥の背に預け、痺れたらしい手を揉みほぐす。


「お前こそ、今回は使わねえのか。闇の炎を」

「ああ、やっぱり気づいてやしたか。たしかにまだ二つありやす。でもあたしは持ってない」


 まだ少し震えながら、指が二本立てられる。その手がすぐ槍を握り直し、ザハークは次の攻撃に備えた。


「こっちは旦那だけじゃなく、騎士も倒さにゃならんのでさ。先におっ死んじゃ意味がないんで、後回しにさせてもらいやすぜ」


 それだけ言って、セルギンは巨鳥に方向転換を促す。

 どうやら目標を、騎士団長に変えたらしい。無防備にも、ほぼ真後ろをこちらへ晒した。


「待て。この戦いで、お前らに何の得がある」


 今にも舞い下りようとする背に問うた。無視することは出来たはずだが、合図しようとした手綱をセルギンは緩める。


「それは言えねえ約束なんでね。うまく行きゃあ、何だったか分かりやす」

「そうなったら、俺は死んでるってこった。分かんねえよ」

「ああ、そいつは盲点だった! 悪しからずってことで」


 前回の戦いで、セルギンは闇の炎を使った。そして今、何か約束があると。


 ――やっぱり公爵か。

 どこの土地でも、好んで盗っ人になる者は少ない。多くは戦や貧困で、まともに生きていけなくなったからだ。

 飛盗たちも、その辺りで釣ることは可能だろう。けれどもこの男は、それとは違うように思う。


「俺の獲物は、お前らだそうだ」

「そりゃあそうでしょう」

「でもそいつは、公爵の言い分でな。奴は金払いが悪い」

「へえ。賞金稼ぎにゃ、許せねえ相手だ」


 話す間も、戦いは続いた。槍しか持たぬ者は遊兵となり、巨鳥から放たれる弓に逃げ惑うばかりだ。

 また煮えた油の代わりも運ばれてきた。その重量ゆえに高く飛べず、長弓の餌食となったが。運悪く、真下に居た兵士の一隊も犠牲に焼け焦げた。


「ちっとばかり、世の中の仕組みってのを知ってもらおうと思ってる。お前も乗るか?」


 高空で交わされる会話が、地面に居る者に届くことはない。戦の頭上であれば特に。


「面白い話だ、あたしは乗りたいと思いやす。でもね旦那、連れがそうはいかない。奴らはもう、足を洗いたいんだ」

「それも手伝ってやるさ」


 無関心を装う表情だのに、何度も視線が合った。思わず目を見張り、慌てて逸らす。そうまでして、仲間と歩調を合わせねばならないものか。


「旦那がタダで請け負うってんなら、一つだけ頼みやす。もしもあたしが死んだら、ボロ屋の連中に謝っといてくださいや」


 グレーの巨鳥は、滑るように落ちていった。狙う騎士団長に、直接の突撃を仕掛けるようだ。


「あいつらに?」


 問い返しても、もう答える相手は居ない。

 他の誰でもなく、貧民街の住人たちに。しかも謝れと。セルギンは感謝こそされ、疎まれる人間でなかろう。


 ――この戦いで死んだら、謝らなきゃいけねえ?

 つまり戦の勝敗が、貧民街にも関わるということ。となればこの義理堅い銀細工師は、あの住人たちを人質に取られている。


「なるほどなあ。お仕置きじゃ済まないかもしれねえぜ、公爵閣下」


 筋書きは見えた。そこに他の誰が噛んでいようとも、公爵が中枢に居る。監視台でふんぞり返る、痩せぎすの男。あれを片づければ、何もかもが解決する。

 その先に、この場の全員が敵となっても構わない。請けた依頼を叶える為ならば、どんな窮地も厭う理由にはならないのだから。

 だがたった一つ、踏み出せない理由があった。


「サリハ――」


 居場所に見当はついている。けれども近づいただけで殺せ、などと命令がされていればまずい。

 依頼主を危険に晒すことは、賞金稼ぎとして最大の禁忌だ。


 ――仕方ねえ、あんまり上品な手とは言えねえが。

 公爵当人を人質とすれば、滅多なことにはなるまい。見晴らしのいい場所へ出てきたのが、いい機会と言えた。

 ザハークは態勢を立て直す風を装い、城壁近くへダージを戻らせる。

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