第42話:開戦の時

 飛盗が来るという日。兵士たちは夜明けを待たず、城壁を出た東側へ陣形を作った。

 島の山頂。神殿から天を貫く光の柱が、待ち侘びる姿を浮き上がらせた。手に手に長槍を。両翼は弓を。油入れと篝火も、あちこちへ配置される。

 その後ろへ待機するのは、騎士団。誇りであるはずの剣を、最初から携えていない。兵が持つのと同じ長槍を持ち、強力な長弓も控えた。


「で、飛盗どもは何しに来るんだ」


 ザハークは城壁の上に立ち、隣の騎士団長へ声をかける。配下の軍勢を見下ろす男は、緊張しているようでも笑んでいるようでもあった。

 総数はおよそ、二千。王の住まう都市の備えとして、多いほうではない。相変わらずの腑抜けた表情ばかりで、精悍とも言えない。

 だがそれでも、壮観ではあった。大勢が一斉に一つの動きをするのは、美しいと思う。その中に加わりたいとは、蛇人のザハークに存在せぬ気持ちだったが。


「さあ。宣戦布告があるでなし、知らんよ」

「案外、戦うことそのものが目的だったりしてな」


 騎士団長は腕を広げ、分からないと示す。

 その眉間にゆっくりと、手刀を振った。すると素早く、両手で挟み取られる。


「はっはっ。そういう酔狂ならば、嫌いでないよ。盗っ人にあり得ぬし、叩き潰すのは変わらんが」


 ザハークは知った。案外でなく、本当に戦うことが目的なのだ。正確には公爵の要望に基づき、ザハークと騎士団と衝突することが。


 ――何で従うんだろうな。

 とも思う。セルギンは闇の炎を手に入れて、何か目的があると言っていたはず。しかしもはや、聞く機会はないだろう

 これだけの規模の戦いに、敵同士となった。決して殺すまいと一人が願ったとして、どうにもなるものでない。


「ではな。貴公に限って万が一もなかろうが、無事にまたまみえようぞ」

「そりゃどうもご丁寧に。そっちもな」


 直接の指揮を執る為、騎士団長は階段を下っていった。

 戦旗を抱えたラエトが、慌ただしく後ろへ続く。へらへらしていながらも、上司である叔父から一瞬たりと視線を逸らさない。


「死ぬなよ」


 聞こえぬように、背中へ向けて呟いた。


「ダージ!」


 上空を、右へ左へ。何度も旋回を繰り返して遊ぶ、相棒を呼んだ。南からの向かい風が強い中を、危なげもなく下り立つ。


「相棒、調子はどうだ? 今日はちょっとばかり、苦労をかけるかもしれねえ」

「キュ」


 鋸壁へ鉤爪を引っ掛け、ダージは首を伸ばす。ザハークに巻きつけるようにして、撫でろと催促した。

 細い、と言っても人の脚ほどもある角から後ろへ。掻き毟られるのを相棒は好む。ガシガシと音がするほど引っ掻き回せば、気持ちよさそうに眼を瞑った。

 ダージが居なければ、自分は未熟もいいところだとザハークは考える。昨日も一日、サリハを探して飛び続けてくれた。


 ――本当にどこにも居ねえ。

 馬で移動出来る範囲を虱潰しに捜した。人が隠れられる岩なども、尽くひっくり返しもした。

 結果は、城内にも城外にも居ないと確信が持てただけだ。


「敵襲!」


 やがて陽が上り、神殿の光が見分けられなくなった。

 東の空へ巨鳥の群れが見えたのは、そのころだ。城壁の四隅に備えられた物見塔から、警戒の声が響く。

 数は十八。前回無事だったのはもう少し居たはずだが、不調なのか、伏せているのか。

 逆光になって色が分からない。しかしグレーがどこかにあるはずだ。


「行くぜ相棒!」

「キュエェッ!」


 鞍へ飛び乗り、飛空帽をかぶる。ダージは静かに、右回りの旋回をしつつ昇っていく。


「さあ、困ったことになったぜ。どうするダージ」


 愛用の槍を鞍から外し、長く伸ばす。折り畳み部分の金具を念入りに確かめ、強く振ると風が鳴った。


 ――セルギンを倒すのか倒さねえのか、どっちだ。

 公爵の策を潰すには、飛盗を滅ぼしてしまえばいい。だがそれでは、飯屋の夫婦との約束を違えてしまう。

 だいいち思い通りにさせるのは、面白くない。そうすればサリハを解放するとも約束をさせられなかった。


「まあ、もう決めてるんだけどな」


 何か状況が変わりはしないか、決定を保留していただけだ。そして何も、変わらなかった。


「なあダージ。俺たち・・・がどうして特等なんて呼ばれるのか、この国の奴らに見せてやろうじゃねえか。死んでも恨むなよ、セルギン!」


 密かに方針を定めたザハークとは無関係に、眼下の騎士と兵士たちも気勢を上げ始める。


「コーダミトラの戦士たちよ! 薄汚い盗っ人どもに、目にもの見せてくれようぞ!」

「オオォォォ!」

「あれを見よ! 国王陛下も間近にご覧あそばされる! この栄誉を我が物とせよ!」

「オオォォォ!」


 騎士団長の鼓舞に、歓声が返る。見ればたしかに、つい先ほどまでザハークの居た監視台へ国王が居た。

 簡易の玉座を運ばせ、横に公爵も立つ。


「天空騎士団さまは、温存かい? いい身分だな」


 城壁の内側。城前の広場に、防具を着けた九羽の巨鳥が控えている。公爵の合図で、いつでも飛べる態勢だ。


「いざ、前へ!」


 騎士団長の号令が轟く。兵士たちは槍をやや前に、整った足並みで進み始めた。

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