第40話:三つ目の契約
四階へ上ってすぐ。門はないが、通行を制限する騎士が待機した。取り回しの良い短剣を抜き身のまま、二人だ。
「ひっ! ザ、ザハーク殿か。上がって来られるなら事前に知らせてほしい」
「無茶を言うな」
「無茶であるものか。ここは限られた者しか通行を許されない」
前に誰かが言ったのと同じことを言う、と思えば違った。王と公爵の階層へ入るには、許可が必要という話だ。
「そいつは悪かった。だがな、あっちは俺が来ると分かってるはずだぜ?」
「あっち、とは誰のことだ。客分と言えど、礼を失すれば相応の対応となる」
門番役として正しい態度。だらしなく笑っていなければ、だが。
「相応ってのは、どんな対応だ? 俺はもう、かなり堪えてやってる。そっちがその気なら、城ごとぶち壊してもいいんだぜ」
「――如何に特等と言えど、出来もしないことを」
二人の騎士の上がった口角が、揃って引き攣る。言葉とは裏腹、短剣は一リミも動かない。
「何なら今から、お前たちが許可を取ってくれてもいい。その間、俺は勝手に進ませてもらうがな」
言い終える前に、ザハークは足を踏み出した。依頼人を攫われた怒りも、多少あるだろう。しかしそれ以前に、無法を仕掛けた相手に遠慮をする意味が見い出せない。
――お前らがその気なら、俺もそのまま返すだけだ。
「まっ、待て! 確認はしてやる! 止まれ!」
腕を掴まれ、革鎧の肩を持たれた。が、止まることはない。力任せに、二人を引き摺って歩く。
四階へは一度入っただけだが、概ねの位置関係は分かる。迷うことなく、目的の部屋の前へ立った。
「近衛騎士も腑抜け揃いか?」
「その扉を開けるんじゃない!」
天空騎士団の詰め所も、この階にあるはずだ。二人の騎士の静止の声くらい聞こえているだろうに。廊下の左右を悠々と見通したが、誰も出てくる気配がなかった。
待ってやる義理もなく、手の込んだ彫刻の扉を蹴り開ける。
「賑やかなお出ましだな」
歓迎の声に、引き摺られていた騎士は慌てて立ち上がる。門番役を果たせなかったばかりか、続けて醜態を晒すわけにいかぬだろう。
「そっちこそだ。失望したとか言う割りに、念入りなご招待じゃねえか、レミル公爵閣下?」
緋色の絨毯に、藍の模様は花のようだ。たおやかに咲くそれを踏みつけ、金属の胸当てを着けた騎士。
左右に二人ずつ。背後の壁は一面に棚が作り付けられる。分厚い書物、玉、透き通った香炉や壺。どれ一つを取っても、一家が数年を暮らせるだけの高価な品だ。
見通した奥。引き出し付きの重厚なテーブルの向こう。同じ部屋なのに、ザハークの居る入り口と公爵の立つそことでは、随分と遠い。
「念入りとは? 何のことか分からぬな。貴公を呼び戻したのは、王陛下がどうしてもと仰せだからだ。それにしてもこの態度はいただけぬがな」
「気に入らねえならどうする?」
一国の最高階位を持つ貴族を前に、ザハークは短刀の柄を掴む。先の戦闘から、血を拭っただけで、切れ味はかなり落ちているはずだ。
四人の近衛騎士も、同じく長剣の柄に触れる。門番役の二人は、どうしたものか様子を窺う。
――さすがにこの部屋へ隠すほど、馬鹿じゃねえか。
啖呵を切りつつも、観察の目を忙しく働かせた。一方の壁には扉のない出入り口が、隣室へ続いている。
天空騎士団の二人が、その道を塞いでいるようにも見えた。しかし誰かが居るにしては、奥の部屋の温度が低い。
おそらくそこにサリハが居ると、錯覚させる魂胆だ。
「どうもしない。貴公には役目を与えたはずだ、死に急ぐならそこで死ね。断る理由もなかろう」
「なぜそんなことが言える。俺の大切な物、か? 生憎そんなもんに心当たりはねえがな」
「そうかな?」
ザハークは大切な物を守る為に、公爵の言い分を聞く。騎士団長の創作でない印として、当人が皮肉めいて笑った。
「案外と、自分では気づかぬものかもしれぬな。私もそうだ。不要な物を処分してから、後悔することはよくある」
「それならすぐに捨てずに、一年くらい取っておくんだな。これだけ広いんだ、いくらでも置いとけるだろ」
サリハのことを、はっきり認めはしない。けれども言葉の端々に、脅しとしか取れない表現が織り交ぜられる。
「そうもいかん。私はお節介でな、自分の物でなくとも片付けたくなってしまう。兄上の部屋がそうだし、例えば貴公の物でもな」
「そいつは、ありがた迷惑ってもんだぜ」
「性分だ。今さら直らんよ」
落ち着かぬ様子の騎士。いつでも抜剣出来る体勢で、彫像のごとく動かぬ天空騎士。緊張の中、井戸端会議でもする風の公爵は尻尾を掴ませない。
「そうかい、余計な口出しだったな。ところで二つ、頼みがあるんだが」
「ほう、何かな」
「相棒が俺を乗せたくて、うずうずしてる。空を飛ぶ分には、外出を許してもらえるか」
それこそ城に炎を浴びせかねない。半分は本気で言うと、公爵は愉快そうに吹き出した。
「ふははっ。もう何度も破っておいて、それも今さらだ。まあいい構わんよ、警戒する素振りでもしておけ」
「オーライ、助かる」
公爵も承知しているはずだ。
ダージに乗ってすぐに見つけられるような場所へ、サリハを隠しているか。反応を見たのだが、答えは否のようだ。
「で、もう一つの頼みとは?」
「飛盗との戦いには、きっちり参加してやる。何なら俺が一人でやってもいい。その代わり、もしもあんたが俺の物を拾ったら。勝手に捨てるんじゃねえ」
明らかな嘲笑。弱みを握ったことを、勝ち誇っている。しかしやはり、そうとは言わない。
「あれだけ無様に負けを晒した貴公に、全てを任せはしない。だが私も、よくよく甘い。約束しよう、何かそれらしき物を処分するときは、必ず貴公に知らせる」
「よし、俺は敵を倒す。賞金稼ぎとしての契約だ。あんたも忘れるな」
柄から放した指を向けた。痩せた頬をニイッと歪ませ、公爵は笑みを作る。
どこかで見たと思う。少し記憶を辿って、行き当たった。奴隷商たちが商品に手を出す直前、品定めをしているとき。もちろん別人だが、同じように厭らしく不気味な顔だった。
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