第37話:騎士の事情
通されたのは木のテーブルと椅子がセットで置かれた、食堂のような部屋。ただそれにしては狭すぎるので、身分の低い者の面談に使うのだろう。
――昇格したんだか、降格したんだか。
独房を当てがわれた客と、一応は客室に通された追放者。果たしてどちらが上なのやら。
説明してくれる上の者とやらが訪れるまで、愚にもつかぬ想像を巡らせた。
他には例えば、追っ手を差し向けたのが誰か、とか。
――天空騎士団さまと、命を狙われるような接点がないんだよなあ。
もちろん理由がなくとも殺そうとする者も、世の中に居る。だがそんなことまで入れては、推測が成り立たない。
――近衛騎士を動かせるって言うと、王か。公爵辺りでもいいんだろうが。
その両者ならば接点がある。けれどもやはり、命まで取られる理由が思い当たらない。
そう考えて、馬鹿馬鹿しさに気づいた。
――そもそもそれほどの恨みを買った相手が、まだこの国には居ねえじゃねえか。
訪れて、まだ二十日足らず。深く踏み込んだ相手が居なかった。強いて言えばトゥリヤがしつこく競っていたものの、水汲み勝負以来、関わってこない。
――まあ、後はサリハくらいか。
あの踊り子には、命を救われたようだ。
ザハークは自分の命に、あまり重みを感じていない。
それでも恩は恩だ。サリハの為に死なねばならぬ場面があるなら、構わないと思う。
「ザハーク殿、待たせたな」
ノックもなく扉が開けられ、入室したのは騎士団長だった。ラエトを従え、椅子に少しばかりの悲鳴を上げさせて座る。二人の手に、例の長剣はない。
思い浮かべたサリハの顔が吹き飛んでしまったが、苦情を言うことでもなかろう。
「こちらこそ、忙しいところをすまんな」
「いや――」
長々と前置きを語るつもりはないらしい。兜のない四角い顔が、決意めいて息を吸う。
「三日後、飛盗どもがやってくる。ザハーク殿には、これを迎え打ってもらいたい」
「ん、何の話だ?」
役立たずの部下を纏め、あんな王でも守らねばならぬ譜代の家臣。突飛な話を持ってくるには、相応の理由があるのだろう。
理解してやりたいと思うが、素直に聞き返す以上を思いつかなかった。
「先日の襲撃の折にな、飛盗の一人を捕らえている。その者から聞いたのだそうだ」
「へえ……誰がその指示を?」
ザハークは誰も捕らえていない。すると兵士たちがとなるけれど、何分にも信じ難い。
「公爵閣下だ」
「なるほど? 公爵さまは俺をご指名と。どれだけ来るのか知らねえが、俺だけで?」
「いや儂らも出る。戦力の一角としてだ」
――筋が読めねえな。
手加減なし。全滅させる気ならば、二十の飛盗も問題はない。先のように、闇の炎などと出鱈目な物を使われなければ。
どうも霧のように、ある程度の空間へ広がる性質があるらしい。でなければザハークに浴びせるのは、一か八かだったことになってしまう。
だからまた、孤立する状況と考えたのだ。その場に残るなら、他の騎士や兵士にまで影響を及ぼしてしまう。
――まあ。黒幕は自分から、名乗り出てくれたわけだ。
「俺は賞金稼ぎなんだが、報酬はあるのか?」
「公爵閣下が仰るには、貴公は出てくれると。大切な物を守る為にな」
「んん? 二回目だな、何の話だ」
「分からん。ただ、儂からも頼む。金貨の数枚ならば、懐で用意しよう」
他国から攻め込まれる気配がある。その厳戒態勢を維持したまま、結託した飛盗の集団を迎えるだけの戦力がない。
騎士団長は苦しい台所事情を明かし、協力を願った。
「ああ、構わねえ。金貨があるなら、立派な依頼だ」
「そうか、恩に着る」
騎士団長は無骨な顔に、安堵の色を浮かべた。甥を大切に思う男だから、部下たちも同様なのだろう。
安穏とした毎日から一転。あれもこれもと対応を求められ、対策の見えぬ状況を苦悩していたに違いない。
「俺はどこからどう動けばいい? 三日後なんて分かってるくらいだ。もう配置は決まってるんだろ」
意地の悪い問いになってしまった。しかし聞かぬわけにもいかない。
思った通り騎士団長は「いや」と否定を口にして、次を話すのに時間を要した。
「……儂がこの指示を賜ったのは、つい先ほどだ。詳しくは貴公が、長剣を持ち込んだ直後」
「そりゃあ面倒をかけちまったかな」
「当てつけるな、そんなことはない」
苦み走った顔に、苦笑が宿る。騎士団長も、おかしいと気づいているようだ。立場上、まだはっきりと口に出せはすまいが。
「で。どうして俺は、その剣を持ってたんだろうな」
ようやく当初の問いに戻った。それが騎士団長に話しやすかったのだろう。話す順序にも、相手の意図は宿るものだ。
「天空騎士団の長が言うところでは、盗品であろうと」
「盗品だと? 近所の子どもに配る菓子と一緒に置いてんのか」
「無論、そうではない。彼らはその特性上、よく遠征に駆り出される。重要物品の搬送とか、要人の警護とか」
つまり武器も消耗品で、その場に捨ててくる場合はある。そういう物を使った無法者という言いわけらしい。
そんな相手が、ザハークを標的にする理由は何か。自分の死をも厭わぬ忠実さを発揮したのか。
いくらも湧く疑問だが、これはザハークの主観に過ぎない。少なくとも騎士団長に問うのは酷と言えた。
「オーライ。コーダミトラの荒くれは、廃品回収に余念がないと宣伝しとく」
「捨てに来るなら、金銀か宝石にするよう付け加えてくれ」
「ハッ、いい商売だ」
呆れてものが言えない。乾いた笑いが交差して、対談は終わった。
同席したラエトだが、ここまでひと言も話さない。それがようやく、口を開く。
「交渉成立で良かった。また同じ部屋だが、案内しよう」
「そいつは助かる。うまい飯を付けてほしいもんだ」
意気揚々と先導する若い騎士に続いて、席を立った。「可愛い甥だな」と意図して笑いかけると、騎士団長は頭を掻く。
苦笑ではあるが、先ほどよりも暗さを感じぬものだった。
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