第36話:意外な答え

 この機会を逃せば、二度と挽回はない。赤髪の一瞬の決断が、刃に鋭さを戻す。閃く剣先の向かう先は、ザハークの肩口。直接の致命傷にはならずとも、以降の戦闘に大打撃を受ける。

 この攻撃を喰うわけには、どうしてもいかなかった。


「――仕方ねえ!」


 ゴリッ、ゴキッ。骨の軋む、鈍い音が鳴る。それを相手の二人が聞いたかは問題でない。あちらはあちらで、構う猶予はないはずだ。

 ザン、と。

 肉を断つ血の調べが届く。朱の飛沫が華と舞い、少し遅れて鉄の薫りが辺りを包む。ごろり転がった肉塊からは、砕けた骨の白さが妙に浮き立つ。だと言うのに、この場の誰も絶叫を上げたりはしない。


「貴様」


 振り抜いた赤髪の剣は、地面にまで食い込む。己が何を切ったのか、その眼も同じ位置へ向かった。

 事実を知り、憎々しげに上げられた視線。必殺の一撃を躱したからと、責められる理由はないはずだが。


「悪く思うなよ、仕掛けたのはてめえらだ」


 ザハークはあちこちの外した関節を戻しながら、銀髪が捨てた剣を拾う。

 余力のない赤髪一人ならば、ほとんど刃体のないこれで十分だ。左腕を切断された銀髪は、既に気を失った。


「蛇人ってのは、関節を自在に出来るらしいぜ? 聞いた話だから、よくは知らねえけどな」


 人ごとのように言うしかない。我ながら言うままが真実であったから。

 ともあれ、おかげで身体をくねらせ、斬撃を逃れられた。組み伏せていた銀髪に、躱す術はなかったが。


 ――まあ、それも覚悟の上か。

 未だ二の太刀を用意する気のない赤髪を見て、そう思う。やり口はともかく、技量はかなりのものだ。


「どういうつもりだ」


 折れた刃を突きつけても、赤髪は答えない。「はあ、はあ」と、荒れた息のせいだけではなく。


「なんて聞いても、答えねえわな」


 柄尻を見ると、大きく翼を広げて飛ぶ鳥の姿があった。何の意匠だか知らないが、おそらく天空騎士団の印だ。


 ――これだけでも十分か。

 証拠となる武器を使ったのは、この国の平和ボケがゆえか。それでも闇討ちに選ばれたくらいであるから、多少のことで口を割りはすまい。

 尋問、拷問をさせるのに、専門の役職さえ存在する。その真似ごとをする気にはなれなかった。


「選ばせてやる、逃げるなら逃げろ」

「何も問わんのか」

「さくさく話してくれるならな。面倒は好かん」


 話す間にも、銀髪の顔色が青褪めていく。首や脚が痙攣していて、もう失血死を免れない。

 赤髪の選択し得る行動は逃げるか自死か、二つに一つ。


「そうか、私もだ」


 予想を裏切ることにかけては、一流かもしれない。赤髪は想定のどちらもを選ばなかった。

 ザハークの突きつける、折れた刃。そこへ向かって立ち、喉を切り裂いた。


「ひぅぅ――」

「何だ、言い忘れたことでも?」


 血流の滝を拵え、赤髪は膝をついた。息の抜けた声が何と言っているのか、もはや知りようがない。

 がくがくと揺れる唇が嘲笑に歪み、震える指が地面を指す。


 ――地獄へ落ちろ、か。


「心配するな、とっくに予約済みだ」


 答えるのと前後して、赤髪は倒れた。この二人が何者であろうと、自身の死を折り込んでいただろう。でなければ、もう少し悪あがきをしたはずだ。

 二人がかりでも敵わぬと知って、自分たちの口を封じた。そうまでする相手に、哀れみの言葉はかけない。

 もしも誰かが、ザハークに同じことをしたなら。「馬鹿にするんじゃねえ」と言いたくなる。きっと戦士は、皆同じだと思うから。


「まあ死んだことは、まだないんだがな」


 赤髪の長剣を拾い、ザハークは城へと足を戻した。


 ◇ ◇ ◇


「追い剥ぎを返り討ちにしたんだがな。この国じゃ、懸賞はかかってんのか?」


 放り投げた二本の長剣が、ガランと冷めた音を奏でる。不意に足元を襲われた門衛は、下手なステップを踏んだ。


「な、何ごと?」

「ザハーク殿、これは」


 表に居た四、五人の兵士が残らず集まってくる。ザハークが囮で、誰か別に侵入を企てていたらどうするのか。


 ――どうもしねえんだろうな。

 ニヤニヤと意志の伴わぬ笑いを浮かべた兵士たちは、難しくものを考えられなくなっているに違いない。あれこれおかしな事実を知ってきたものの、その理由は未ださっぱり分からないが。


「だから追い剥ぎだよ、街を出ていこうとしたら襲われた。何だか紋章があるんで、あんたらなら知ってるかと思ってな」

「紋章だと?」


 ザハークが追い出された件を、兵士たちは知らないようだ。いや知っていても、大事と認識出来ないのかもしれない。

 それでも長剣の柄を検めた一人が、「これは」と声を大きくする。すると他の者たちも代わる代わる剣を確かめた。


「何か知ってるらしいな、どこの盗賊団だ」

「いや、これはだな。天空騎士団の――」


 へらへらと喋りだした兵士を押し退け、奥に居た騎士が長剣を取り上げる。見た目に緊張感のないのは同じでも、多少は考える意思があるらしい。


「待たれよザハーク殿、上の者に確認を取らねばならない」


 自らも紋章を見て、脇門から城内へと姿を消す。待てと言うなら待つしかない。どういう言いわけをするのか、楽しみでもある。待つ間の暇潰しもあった。

 ひそひそと話しながら、こちらを盗み見る兵士たち。逆に堂々と視線を合わせてやると、内緒話をやめてしまう。


「何だ、楽しそうだな。俺にも教えてくれよ」


 答えのあるはずがない問いを、二度も繰り返したろうか。脇門をくぐって、また騎士が現れた。

 ただし先ほどのでなく、よく知った顔だ。


「ザハーク殿、事情の説明をしたいそうだ。中へ入られよ」

「了解だ、ラエト」


 ――へえ、出来るのか。事情の説明とやらが。

 意外な返答の続く日だと、ザハークは苦笑する。

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