第29話:天空の戦い
赤、青、黄、緑、紫、群青、橙などなど。巨鳥は一羽として同じ色がない。その上に斑や縞の模様もあって、視界が賑やか――いやさ喧しい。
「色合いってのは、もう少し調和を持たせてだな」
「ザハーク殿は絵画にも詳しいのか」
飛空帽を装着しつつ、嘯く。兵士に散開を命じたラエトが薄ら笑いながら驚き、関心を寄せるというややこしい表情を浮かべた。
「言ってみたかっただけだ」
「なるほど、余裕だな」
「ずっと笑ってるような、あんたらには負ける」
「私が笑って……?」
遥か頭上。高空から一直線に、白い槍が降ってくる。陽の光の一条が、意思を持って固く集まったように。
着地の一瞬前に羽ばたき、砂煙が舞った。純白の翼を広げ、戦いに血を沸かすダージは吼える。
「キュエエエェッ!」
跳び上がり、鞍の取っ手を握る。その片腕で懸垂をし、腰を捻ってさらに上へ伸び上がる。
鞍上に収まり、手綱を握った。本当ならばここで、飛び立つように合図をせねばならない。だがその前にダージのほうから、「キュウッ!」と声がかけられた。
「行くぜ相棒!」
しっかり掴まっていろ、とでも言ったのだろう。強く羽を打ち、大地を蹴り、ダージは飛ぶ。大きな弓でもそこにあって、矢の代わりに射られたと思う勢いで。
「さて、不思議なこともあるもんだ」
飛盗を乗せた巨鳥たちは、東の空に半円を描いて位置取る。その高度に、わざわざ合わせてやった。地面から、およそ百メルテ。
余裕だから、ではなく。荷車を襲わせぬ為に。庇おうとして低空で待ち受ければ、飛盗はザハークと荷車とどちらもを狙える。逆に高度を取れば、相手の数の多い分、追いつけぬ場面が増える。
最低限の守りくらいは兵士に期待したいが、受けた仕事はきっちりやり遂げる主義だ。
「キュゥッ?」
「帰り道、俺たちは飛んでねえ。なのにどうしてあいつらは、こっちを見分けたんだ?」
問うダージに、意味が分かるだろうか。二両の荷車は、遠目に区別がつかない。異なるのは乗る顔触れだけだ。
それをどうして飛盗どもは、こちらだけに戦力を集中したのか。
――あっちにも同じだけ行ってる? そんな馬鹿な。
編隊の奥にグレーの巨鳥も居る。ならば闇の炎があると承知で、狙っているに違いない。これまで何度も失敗したのだ、一度に全てを奪うなどと欲張る愚か者ではなかろう。
「ダージ、裏切り者は腐肉の臭いって本当か?」
「キュッ」
同行している中に居るのか。それとも計画を知る他の誰かか。考える時間も材料もない。飛盗たちが行動を始めた。
上に三羽、下に三羽。小さなグループに分かれるらしい。正面も含め、三方向を選択する余地はない。ダージに急降下を合図する。
「いきなりキングは反則だろうよ!」
荷車に向け、一直線。巨鳥たちは羽を畳んで落ちていく。幌の下にはサリハが、積み荷の瓶を守っているはずだ。
あの速度で迫り、先のダージと同じく直前で羽ばたく。真下に居る人間くらいは、吹き飛ばされてしまうだろう。
ただしそれをこなすには、乗り手に熟練の技術が要る。巨鳥との深い信頼関係もだ。
「歩兵かと思えば、騎士に
鞍から槍を外し、折り畳んでいた止め具を動かす。全長を鋼で拵えた特別製だ、人間が相手なら継ぎ目も弱点にならない。
予想通り、巨鳥は地面まで十メルテを残して反転上昇をかけた。あそこまで加速してしまえば、下方に居ることが逆に有利となる。
翔け上がってくるのを迎え打つのは危険が大きい。ザハークと切り結ぶも、下をくぐってダージの腹を攻めるも、選択権は向こうにある。
「ダージ、
上昇して避けるのも無理だ。頭を上げれば、残った別グループが襲いかかってくる。だからザハークは、相棒の首すじを強めに叩いた。
それは急激に上昇姿勢を取る合図だ。ただし羽ばたかない。急降下しながら、上向きになるだけ。するとこれまで得られた浮力が、ゼロになる。宙に空いた不可視の落とし穴へ嵌ったように、ダージの身体は真下へ落ちる。
三羽の巨鳥が、目の前を通り過ぎていく。たった今まで居た空間を、あたかも翼が刃であるように切り裂く。
危機を脱し、絶好の機会だ。そこには柔らかな巨鳥の腹が晒されている。
「ダージ、
蛇に翼を生やしたようなダージと比べ、巨鳥はふわふわと膨らんで見える。見た目の体積だけならば、互いに遜色がない。
だがそれは、やはり見た目だけだ。巨大な天秤でも使えば、体重差は三倍以上にもなる。重いなどと言えば、淑女のダージは怒るだろうか。であれば美しき相棒の存在感が、無防備な巨鳥を襲う。
「キシャァッ!」
「ギュエッ!」
二体の巨獣が、それぞれ啼いた。一方は激痛に悲鳴を、もう一方は逃がすものかと牙に気合いを乗せる。
黄に緑の縞が入った巨鳥の翼。その付け根に、翼を動かす筋肉がある。ダージは過たず、その部分へ喰らいついた。
「ダージ、次だ!」
軽く手綱を引き、牙を緩めさせる。いちいち致命傷を与えていては、こちらの隙になる。それに全滅させては、賞金稼ぎの商売が上がったりだ。
旋回しつつ上昇する中、傷ついた巨鳥の行方を目で追った。フラフラと頼りなげだが、どうにか飛べている。目立たぬ場所まで逃げるくらいは可能だろう。
「一匹落としたのに、計算が合わねえな」
元の高度へ戻ると、ザハークを包囲するのは十二羽に増えていた。荷車にも六羽が取り付き、兵士たちが槍で払い除ける。無駄な時間を使う余裕は、全くなかった。
「あんまり殺したくはねえんだが」
飛盗側が次の行動を起こす前に、今度はザハークが仕掛けた。たまたま正面に居た群青の巨鳥に向け、一直線に翔ける。
「
先日の戦闘を見ていない者ばかりのはずだ。ダージがどれほどの竜か、知れば戦意を喪失するかもしれない。
その為に群青の片翼を焼き尽くした。
「ギシャァッ!」
ひと声。失神した巨鳥が雄叫びを残して、落下する。炭化した翼は風に乗って塵と崩れ、鞍から離れた乗り手は仲間に拾われた。
優雅な蒼色が、くるくると渦を巻いて地面へ叩きつけられた。この高さでは断末魔を上げることもない。
「懲りたら逃げてくれよ。全員を焼くことだって出来るんだぜ」
空を飛ぶ獣に乗る者として、巨鳥も他人ごとでない。しかし人間の悪事に利用されたから、などと安い感傷も持たない。
彼、か彼女か知らないが。あの巨鳥は、自分で人間を乗せることを選んだのだ。それが人間の法で悪だろうと、そんなことは関係がないのだ。
自由で果てのない空を、自分の思うままに飛ぶ。そこへわざわざ相棒を作ったのは、死をも覚悟していたはずだから。
「チッ」
独り言が届くはずもないが、やはり飛盗どもは逃げる気配がなかった。これだけの数を揃えたのだから、その選択肢はどこかへ捨ててきたのかもしれない。
それどころか、奥に控えて様子を見ていたグレーの巨鳥が動き始めた。荷車が居るのとは全く違う低空へ下り、他は逆に五十メルテほど上空へ昇る。
「どうしたってやる気か。死んだって知らねえからな」
ザハークは槍を構え直し、たった一羽で待ち構えるグレーの巨鳥へと突き進んだ。
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