第28話:大軍の襲撃
浮遊島を庇代わりに、警備隊のキャンプがあった。
中心に柱を立て、厚手の布を円錐に巻いた物が二十ほども群れている。下手に高さのある建築物を置けぬのだろう。
「ではザハークさん、また三日後にお会いしましょう」
イブレスたちは先に到着していた。キャンプで合流し、一夜を過ごした早朝には村へ出発。それにはもちろん、ザハークも同道すると思っていた。
しかしやってきた迎えは、僅か二人の村人。三人の女と積み荷が託され、兵士は誰も出発の準備さえしていない。
「あん?」
「ここからは、ゲノシス族に任すこととなっている」
仕儀の分からぬザハークに、ラエトが答えた。往復に一日ずつ、村での作業に一日。その時間をこの場で待つ、と。
去っていく荷車の後ろから、トゥリヤが意味深に笑う。心細げに、サリハはじっと見つめる。
「何だ、俺の役目はここまでか」
「無論、帰りもあるさ。それまではここで、のんびりしていてくれ」
「のんびり?」
女たちの荷車は、あっという間に闇へ溶けた。にこやかに見送っていた兵士は、あっさりと背を向ける。
急ぎの用でもあるのかと思えば、火種から火を大きくし始めた。朝食の準備をするらしい。
「この先は盗っ人が居ない保証でもあんのか?」
「うーん、それはないな」
「なら、付いたほうがいいんじゃねえか?」
「言い分は分かるが、昔からそうと決まっている。私が勝手に変えることも出来ない」
人ごとのように言って、ラエトも朝食の準備に加わった。宣言に違わず、のんびりと待つ姿勢だ。
口うるさい叔父も居らず、羽を伸ばすにはうってつけだろう。重要な任務の割りに楽しそうだったのは、このせいかもしれない。
「こいつら本当に、正規兵なのかよ――」
普通でないとは、もう十分に分かっている。けれどもここまでとは思わなかった。
例えば傭兵なら、戦の最中でも余裕を見せる者は多い。どちらが勝とうと報酬さえもらえれば関係ないし、最悪は雲隠れすればいいのだから気楽なものだ。
だからこそ傭兵隊は危険な場面に多用されるのであって、ある意味で利害が一致している。
この場に居る騎士と兵士は、そういう無責任さしか見えない。
「ちょっとそこまで見てくる」
一旦は見送ったのだ、白々しくはある。だが何だか、同類で居たくないと思った。待つと言う者を置いて、一人が追ったところで問題はあるまい。ラエトの返事を待たず、駆ける。
「まだ、いくらも進んじゃいねえだろ」
ザハークの脚は、まあまあ人並みの速さであろう。長距離を進むのであれば、人間に負ける気はしない。
それはともかく、歩く速度で進む荷車などはすぐに追いつけるはずだった。
「な、何だこいつは!?」
二十歩も進んだろうか。ザハークはぴたりと足を止めた。いやそれどころか、後退りせねばならない。
暗闇を見通す眼に、地面以外の障害物はなかった。少なくとも、百メルテやそこらは。
だというのに、小さな黒い物体が無数に押し寄せる。地面からは百足や
毒蟲の大軍が、ザハークを取り巻いた。
「このっ! 離れろ! ぐぅっ!」
刺す、咬む、だけでない。鼻や口から、体内へ入ろうとしてくる。毟り取って叩きつけても、増える速度には全く敵わなかった。
「くそっ!」
堪らず、逃げ出すしかない。兵士たちの熾した火で炙れば、危機と感じて離れるだろう。
そう決めて戻ると、蟲の数が増えなくなった。炙るどころか焚き火の熱を感じ始めたところで、ほとんどが闇の中へ戻っていく。
「ザハーク殿、大丈夫か」
こうなると知っていたなら、言ってくれれば良かろうに。一応という域を出ない兵士たちの気遣いは無視して、残った蟲を火の中へ叩き落とす。
「チッ、少し腫れたか」
蛇人の特性と多少の訓練によって、自然に存在する毒くらいならばザハークには効かない。
しかしこうも一度に注入されることは想定していなかった。首すじや腕の裏、腹などの比較的に柔らかい部分が熱を持つ。
「消毒薬を持ってこい」
「ただいま」
ラエトの指示で、警備隊の一人が幕の中へ入る。必要ないが、念の為に受け取ることにした。
「着いていかないんじゃなく、着いていけないんだな」
「どうして決まったか知らないが、きっとそうだろうな」
あまり清潔そうではない布に消毒薬を含ませ、兵士が傷を撫でる。その様子を焚き火の傍で、ラエトは眺めた。
「よく分かった。この分なら盗っ人どころか、どこの軍隊も入っていけねえよ」
兵士と違い、気兼ねなく待つとはいかない。けれどどうしようもないのも、はっきりとした。ザハークは幕の一つを借り、三日後までを寝て過ごす。
「戻ってきたぞ!」
夕刻。兵士の誰かが知らせたときには、もう腫れはなかった。静かにしていたおかげで、熱を持ってもいない。
見てくれはどうでも良いが、ヘマをした証拠を見られては少し恥ずかしかった。
「これはイブレス殿、無事に戻られて何よりだ」
嬉しそうに迎えるラエトと、もう一人の騎士が荷車を検める。と言っても瓶を開けたりはしない。数をかぞえ、しっかりと固定されているか見たくらいだ。
街へ戻るのは当然に、朝を待ってから。イブレス以下、三人の女は荷車で夜を明かす。それも巫女の役目であるらしい。
「さあ、戻るぞ! 往路が無事であったからと、復路を油断するな!」
二人の騎士のうち、ラエトでないもう一人が上位に当たるようだ。指示に対し、ラエトも兵士の先頭で答える。
下りたのと逆の手順でスロープを上り、再び浮遊島に上陸した。やはり来たときと同じに、二両の荷車は東と西へ進路を分ける。
イブレスの荷車が見えなくなり、そろそろサリハに話しかけよう。そう思ったときだ。行く手の空に何やら飛ぶ物が見えた。
「おい、出迎えだ」
「えっ? そんな予定は――」
「飛盗の襲撃だ、戦う準備をさせろ!」
寝ぼけた返事のラエトに喝を入れ、荷車を止めさせる。飛んでいるのは巨鳥。もちろん天空騎士団ではない。
「りょ、了解!」
竜笛を吹く。飛盗たちはまだ遠く、きっとダージの戻るほうが早い。しかし数が、予想を大きく上回った。
「こんなに居るとは聞いてねえぞ」
「あ、ああ。私も初めて見た」
前後に重なり、正確に数えられない。だが少なくとも巨鳥の姿は、十羽で利かぬ。おそらく二十を超える編隊が、東の空へ大きく広がりつつあった。
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