第27話:島を下りる
無言の時間が続き、やがてラエトから飛ぶように要求があった。
竜笛を使い、ダージを呼ぶ。と、音の聞こえぬことに不審を覚えたのだろう。サリハの視線が向いた。
「ダージにしか聞こえない音がする。サリハも乗るか?」
ついでに同乗を誘ったが、彼女は首を横に振る。先のラエトの問いに腹を立てたのか、口を聞いてくれない。
すぐにやって来たダージを少し先に下ろさせ、走る荷車から飛び乗る。合図をして、ぐんと上昇する間に飛行帽を装着した。
「まあ、奴らの狙いは闇の炎だからな。どのみち今は来ねえが」
ラエトがそれを承知していないということは、満遍なく襲われているのかもしれない。
よく考えれば、飛盗にどれほどの人数があるのか知らなかった。既に見た者以外にも居て、意思を統一していないなら。
――まるきり油断も出来ねえのか。
それを言うなら騎士の任務のはずのラエトが、大いに油断している。馬車が分かれてしまったイブレスの件然り、サリハの件に然り。
それとなく聞くと「今日はザハーク殿が居るから」と言ってはいた。もちろん守る気でいるが、相手が複数であれば手が足りぬ場合もある。
その辺りの緊張感が足らぬのも、ずっと笑っているのと同じだろうと思う。怒り、悲しみ、警戒心といった、マイナスの感情や感覚が酷く薄い。ラエトに限らずだ。
そのまましばらく、荷車の上空を飛ぶ。
見渡す限り、白い岩肌が大半を占める。ずっと先に隣国の都市らしき色が見えたが、確実にそうと言えるほどでない。
その辺りになると、山肌は緑が大半だ。飛ぶ真下から後ろへは、この島にも緑が映える。深い森と違い、柔らかな明るい色が多く、黄や赤も細かに混ざり合う。
この景色にも、そろそろ慣れてきた。一つ一つ近くまで行けば新たな発見もあろうが、護衛していると示す為に離れられない。
――何か起こんねえかな。
何ごともなく済んで報酬をもらうのもいいが、やはり荒事による追加報酬をもらいたいものだ。
その相手が誰で、どういう結果になろうとも。互いが望んだ結果ならば問題とも感じない。
しかし結局、斥候役の姿さえ見ることはなかった。
「ご苦労だった、ザハーク殿。天空騎士団の巨鳥も雄々しいが、やはり竜はひと味違うな」
「そうかい? ならダージに、美味い物でも食わせてやってくれ」
「いいのか? それなら考えておくが」
荷車に戻り飛行帽を外すと、ラエトが労ってくれる。サリハはまだ、後ろを向いたままだ。今はまたどこかへ遊びに行くダージの姿を見送っているが。
「ラエト、夜営する場所は決まってるのか」
彼女の機嫌が直らぬまま、浮遊島の端へ辿り着いた。荷車の速度は兵士が並んで歩けるほどで、日没が近い。
これから常に真っ暗な場所へ行くのだから、関係ないと言えばそうだ。牽く牛や兵士の疲労はそうもいかないが。
「もちろんだ、警備隊の詰め所がある。狭くて中には入れないが、襲われる心配はない」
話す間に、荷車は止められた。ラエトは御者席から降りて、島のいよいよ端へ向かう。どうして下りるものか興味が湧き、ザハークも着いていった。
ピイィィィ。
ラエトがおもむろに、胸元から笛を取り出した。けたたましい音色が、眼下の岩肌に吸い込まれていく。背中の側では小鳥たちが、うるさく文句を言いながら飛び立った。
――落ちたら痛えな。
見下ろす高さは十五メルテだったか。ダージに乗るのとは違って見える。そこへ誰か、袖なしの
「よろしく頼む!」
そうは見えないが、警備隊とやらの兵士なのだろう。ラエトが声をかけると、「かしこまりました!」と精一杯の声が張り上げられた。
男が一度ひっこむと、どこからかガラガラという音が聞こえ始める。途轍もなく重い物を車輪でどうにか動かしている、そういう音だ。
「ザハーク殿はまだ見ていないだろう、下にスロープが隠してある。それを使って下りるのだ」
「警備隊ってのは、そのスロープを守ってんのか」
「まあそうだ。ここが最も落差の小さな場所だからでもあるが」
脇の岩に、鉄の杭が打ち込んである。しっかり磨いてあって、ロープをかければよく滑りそうだ。きっとこれを滑車として使うに違いない。
眺める間に、スロープが姿を見せる。二十メルテほどもある長大な物だ。が、高さが足りない。最も高いところで、四メルテあるや否や。
「届かねえな」
「慌てるな、まだ揃っていない」
理解の及ばぬザハークに、ラエトは自慢げに答えた。他の者にされれば苛としたかもしれないが、呑気な彼ではむしろ微笑ましい。
「スロープは三度折り返す。でないと勾配がきつくて上れんからな」
「へえ、こんなでかい物を四つもか。すると使ってる間は無防備で、かなり危ないな」
「そうなんだ。常駐で警備隊が居るのは、その為でもある」
訪れた者だけで作業をすれば、移動することにかかりきりとなるだろう。
ザハークが盗っ人ならば、真ん中まで進ませてから襲う。そうすれば相手は落ちぬことに専念するのみで、抵抗さえ出来まい。
「よし揃った。ザハーク殿、他はやるから警戒を頼む」
「もちろんだ」
一つでも巨大な木造建築物が、四つ。隣り合った物同士、鉄の閂をかけて固定される。牛や馬と、荷車と、積み荷。さらには引き手の体重までも支えるのだから凄いものだ。
「サリハ殿は先に下へ」
踊り子は頷き、同行した兵士たちと下へ。入れ替わりに警備隊の兵士が三十人ほども上がってきた。
「さあ下ろすぞ!」
「全員、気合いを入れろ!」
「荷を落とすは命を落とすことと思え!」
分隊長か何か、グループのリーダーらしき者が発破をかける。任務はまるきり人足だが、誇りを持っているらしい。
太いロープが、荷車に二本かけられた。一本は折り返しごとに打ち込まれた杭に回され、速度がつき過ぎぬよう引き手が支える。
もう一本はやはり折り返しに打ち込まれた鉄環に結び付けられた。万が一にも、そのロープの長さ以上を下ってしまわぬストッパーだ。
「さあ進め!」
「牛を怯えさせるな!」
「ゆっくりだ、決して焦るな!」
牽く牛も慣れているのだろう。迷いなく、坂を下り始める。前に立つ兵士の、ゆっくり進めという合図をじっと見つめて進む。
「へえ、しっかり理解してるな。賢いもんだ」
事前に確認した通り、限りなく危険な時間だ。感心している場合でないが、珍しい光景に目がない。幸いに。と言おうか、そう作ったのだろう。視界を遮る岩や木は近くになく、見通しがいい。
じりじりと、芋虫が這うほどの速度。ちょうど陽が沈むのと同時、荷車は下の岩盤へ到達する。積み荷を奪おうとする不埒者は、現れなかった。
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