第26話:撹乱の策

「荷車が二つ?」


 日の出から朝食を取り、間もなく。閉ざされた城門の手前に、同行する一同が集う。

 イブレスにトゥリヤが寄り添い、サリハも後ろへ控えた。何度姿を見ても、三者三様の黒い衣服が変わりない。

 騎士は二人。一人はラエトで、もう一人は知らなかった。どこかですれ違うくらいはあったかもしれないが。

 残りの四十人は兵士。兵士の格好をしていたと見覚えているものが多い。しかしその半数が、鉄の胸当てを着けている。この国では身分によって、装備の充実度が違うと思ったのだが。


「そうだ。一方は騎士に扮した兵士で護衛する。見た目だけは、いつもより厳重になる。もう一方は、兵士十人とザハーク殿だ」

「それでどっちが襲われるか、実験てわけか」

「どちらも襲われない選択肢もある」


 ラエトの説明で、意図は分かった。意味は分からないけれども。


 ――どうしてそう、ぎりぎりを見極めようとするかね。

 護衛にかかる費用も安くはなかろうが、多少の出費を抑える為に全滅させたのでは元も子もないだろう。

 依頼を受けた以上、方針に文句を言うことはしない。が、呆れたと態度では示す。具体的には鱗髪の生え際を掻き、鼻で笑った。


「まあ、そう責めないでくれ」

「何も言ってねえよ」


 ラエトはザハークが護衛するほうの荷車に乗った。御者役も兼務らしい。もう一両にはもう一人の騎士が乗り込む。


「あんたもこっちに?」


 こちらの荷車へ、サリハもやって来た。ラエトが手を伸ばし、御者席の後ろをすり抜ける。ザハークの問いには、頷くだけだ。

 すると当然、あちらの荷車にはイブレスとトゥリヤが向かう。恨めしそうに見つめるラエトの肩を、優しく叩いてやった。


「次があるさ」

「……そう願いたい」


 依頼主である公爵も、騎士団長の姿もない。二両の荷車は城門を出て、違う方向へ進み始めた。

 最終的に浮遊島から下りるには、南の一箇所しかないと聞いている。だからそこまで、あちらは西回り、こちらは東回りで行くようだ。


「俺が護衛に居るって、これじゃあ分かりにくいんじゃねえか?」


 ゆるい斜面をジグザグに下っていく。幌をかけた荷台が、ガタガタと大きく揺れ続ける。そこにザハークも乗った。そうしろと言われたからだが、これでは外から見えない。


「少し進んだら、竜を呼んでくれないか。そこから少しの間、上を飛んでくれればいい。飛盗どもは、こちらの動きを監視しているはずだ」

「なるほどねえ、理屈は考えてあるらしい」


 どうすれば想定した運用になるのかばかりで、失敗したときの対応がないのは前回と同じだ。

 誰が考え、決定するのか。表向きには国王だが、実際の問題として。騎士団長は逆らえないようなことを言っていたが。


「俺は天空騎士団の代わりなんだろ? そいつらは何をしてんだ」


 今たまたま居るだけのザハークを運用例にしても仕方がない。つまり本来やろうとしていることの、代替えに使われているわけだ。

 もちろん報酬さえあれば、全く文句はないけれど。大きな部隊行動をしているなら、聞いておいたほうがいい。


「ええと……」

「ん、他に何かやってるんだろ?」

「いや、その。今日も昨日までと同じで、厳重警戒のままだ」


 ラエトは気まずげに笑って、御者席からちらと振り返った。「どうした?」と重ねて聞けば「あはははは」と、わざとらしく笑声を上げる。


「ははあ。賞金稼ぎと騎士と、対比の問題か」

「答えかねる」


 気位の高い騎士や貴族と同じ戦場に立ったとき、たまにある。味方を数えるのに騎士を十人と傭兵を十人、同じに勘定するなと言うのだ。

 きっとこの案を考えた者が、ザハークと天空騎士団を同列に言ったのだろう。それで臍を曲げ、一人でやらせてみろとなった。きっとそんなところだ。


「オーライ、もう聞かねえ」


 頭を掻くラエトは、前を向いたまま答えなかった。万が一にも何か言ったと、事実を残したくないらしい。

 当分はその調子であろうから、今度はもう一人の同乗者へ視線を動かした。まさか自分の足で歩く兵士たちに、世間話を向けるわけにもいくまい。


「サリハ。イブレスはもう見えなくなったが、話せるのか?」


 荷台の最後部から、後ろの景色を眺める踊り子。呼びかけに答え、振り返った。

 幌を通した陽の光が、積み荷の白い瓶に反射している。それが彼女を白く染め、表情を失くして見せた。


「話せますが――」


 細い声。それでも大きく息を吸って、精一杯という風だ。

 サリハが前に来てくれても良いのだが、動こうとする気配はない。もちろんザハークが動くのも、やぶさかでない。彼女の座る対面の角へ、尻を押し付けた。


「あんたらの村から、何か持ってくるんだったよな。すると今は、空なのか」


 夜にうろついていた女の件は、まだ話していなかった。この機会に話すとしても、今ではない。ラエトには聞かせぬほうが良いだろうから。


「いえ、水が入っています」

「水?」

「どこの、とは言えません」

「じゃあ分かんねえな」


 その言い方であれば、光の泉で汲んだ水に違いない。闇の炎を運び込み、泉の水を持って帰る。何の意味があるのだか分からないが、神さまだのに関わる儀式とは得てしてそういうものだ。


「荷車を二つで運ぼうと言ったのは、イブレスさまです」

「へえ、そうかい」

「戦になるのなら、また次も予定通りに運搬が出来るとは限らないからと。公爵さまにお願いしたそうです」


 今回で二倍の量を運べれば、一回分の猶予が出来る。なるほど理には適っている。しかしどうも、腑に落ちない。


 ――その話をしに日が暮れてから、か。そいつはなかなか無理筋じゃねえか?


「さすがイブレスさまは、先のことをよく考えておいでです」

「まあ、な」


 素直に感心して見せるサリハだが、ザハークは頷くのを躊躇う。いや表面上は肯定したけれども。


「あ――」

「どうしました?」


 闇の炎の横流しをしているのは、イブレスたちと疑われている。その本人がこの慌ただしいときに、騎士や兵士を余計に使う計画を言い出したとしたら。


 ――天空騎士団が拗ねたのは、そっちかもな。

 忠告してやろうと思うが、これもラエトの前では言えない。後で密談の時間を多く取らねばならぬようだ。


「それで、あの――」


 前置きに耐えきれなくなったらしく、サリハは声を潜め顔を近づけた。ザハークからすれば、おいおいと窘めたいところだ。

 しかし十日というもの、何度顔を合わせても視線で問いかけるだけだった。焦る気持ちは分からぬでない。


「イブレスっぽい女を追った。だが顔を見ることが出来なかった、俺のミスだ」

「そうですか――その人はどこへ?」

「それも確実なところは分からん」


 あからさまな落胆が顔に浮かぶ。口許を覆う布が捲れるほどのため息まで吐かれた。


「すみません責めているのではなく、イブレスさまが心配で」

「分かってる」

「他には何か?」


 実際に横流ししているのは誰なのか。それともゲノシス村を富ます方策でも立ったか。何、を指定せずにサリハは問うた。


「まだ何も、だ。悪い、もう少し待ってくれ」

「待ちますとも、そも無理なお願いをしているのです。でも浅はかな女の身です、私で何か出来ることはないかと考えて、何も浮かばないのです」


 サリハは床に手を突いて、詰め寄った。

 尊敬するイブレスへの疑いを晴らすこと。愛する村人たちを楽にすること。どちらをも真剣に憂いているのが痛いほど伝わる。


「えぇと、ゴホンゴホン!」


 咳払いをしたのは、ザハークでもサリハでもない。前に目を向けると、ラエトがぐるっと首を回してこちらを見ていた。


「前を向けよ、危ねえだろ」

「いや、サリハ殿はザハーク殿を好いているのだなと。羨ましくて」

「はあ?」


 何を馬鹿なことを。そう思い、サリハに視線を戻した。するとたしかに、目と目の距離が拳一つもあるだろうか。声を潜めていた為だが。


「そっ、そんなことはあり得ません!」


 サリハの否定は、今までで最も大きな声だった。やはり他の者より細くはあるが、離れたラエトの耳にもしっかりと聞こえたようだ。


「左様か。まあ私はいいが、兵士たちからも見えぬわけでない」

「分かっています」


 あちこちの隙間から、兵士の腰や肩が見える。荷車も兵士も常に動いているのだから、角度によっては丸見えだ。

 そのことを初めて気づいたように、サリハは慌てて身体を離した。頬も額も、首すじまでも真っ赤に染めて。

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