第21話:女剣士の挑発
「おや、あんたらは村に帰ると聞いてたが」
「外出禁止の命令があったのでしょ? 私たちも例外ではなくてよ」
ザハークと気安く話すイブレスを、トゥリヤは気に入らぬ風で見た。会話を遮る気まではなさそうだが、続いてこちらへ向いた眼に敵意が宿る。
仲良くしてくれとは言わないが、理由もなく恨まれても困る。トゥリヤにしてみれば守護対象に近づく男は皆、敵なのかもしれないが。
「巫女殿。訓練中の中庭に、女人が立ち入ること罷りならん。そう申し伝えてあるはずだが」
剣呑な空気を持ったのは、もう一人。笑えば柔和な騎士団長が、頬を引き攣らせる。
「あらあら、申しわけありません。ザハークさんにお声をかけることばかりで、うっかりしていました。すぐに退散致しますね」
「そう願おう」
甥を躾けるときの憤りと違い、眉を顰めながらも嫌悪の情を隠そうとしている。が、隠れていない。
女剣士は騎士団長にも、厳しい睨みを利かす。
「ああ、そうです! いいことを考えました」
両手を打ち合わせるイブレスだが、絶対にいい考えでない予感がする。二歩後ろに控えたサリハは目を伏せ、感情を表にしない。
「トゥリヤはこう見えて、村で一番の剣士なの。ザハークさん、手合わせをしてあげてくださいな」
「一番って、そりゃああんた」
彼女らの村は、病人ばかりだ。健康で多少の器用さがあれば、最強と名乗るのは容易い。
実際の実力は知らないが、どうであれ女と剣を交えるのは遠慮したかった。だから村の惨状を理由にしようとした。しかしサリハの眼がこちらを向き、何ごとか訴える。
「何かしら?」
「――いや、一番と言われてもな。女と戦うのは勘弁してくれ」
人間の女に欲情などしない。サリハに言ったが、実は人間にだけでない。
美人と思う蛇人の女に会ったことがある。仕事で色街を歩き、蜥蜴人の遊女に誘われたこともある。
だがほんの欠片も、色だの恋だのという気持ちが芽生えなかった。その理由が過去にあると自覚するが、思うのは一つ。
――くだらねえ劣等感だ。
そんな自分が男も女も見境なく戦えば、どうなることか。手加減を知らぬ奴、と後ろ指をさされるに違いない。
殺し合いの場であればいい。どんな非道も勝てば正義だ。それを「ちょっと戦ってみてくれ」みたいな試みに応じられるはずがなかった。
「ハッ、逃げるのか」
顎を突き出し、無理やりに見下す格好でトゥリヤは嘲笑う。ザハークのほうが、拳一つ分ほど背が高いのに。
「何とでも言ってくれ。俺は戦場以外で女と戦わん」
「ここが戦場なら良かったのに、か。なら次は、雲が一つもなければ良かったとでも言うのか?」
厭味たらしく睨んだ空には、数えられるだけの雲が浮かぶ。貶す口調で、是が非にも戦おうとするのはなぜか。会うこと自体が稀有な蛇人に、恨みがあるでもなかろうに。
「いい加減にせんか!」
有言不実のイブレスに、騎士団長が怒声を上げた。座る椅子から、悠然と立ち上がって。
当人にそのつもりもないだろうが、ザハークは援軍に感謝する。
「巫女殿。以前に儂は言った、訓練中はこの中庭へ立ち入るなと。入るなと言えば、一歩たりともだ。そして今日は二度目。有無を問わん、直ちに出て行ってくれ」
団長は団長で、女を拒む理由を言っていない。もちろん気の緩んだ者がうろうろすれば危険だが、それは性別に関わらない。
「重ねて申しわけありません。年甲斐もなく、はしゃいでしまいました」
たしかに、はしゃいでいたろう。声が弾み、目の前へ球を転がされた犬のようだった。
その巫女が、しゅんと表情を窄ませ、肩を落として謝罪する。これには騎士団長も、強く言えない。
「三度目だ」
「はい、直ちに」
退出するようどうにか繰り返し、イブレスたちは屋内へ戻った。背中を見送った団長から、一戦終えたようなため息が出る。
「さあ、貴様ら! 敵はいつ攻めてくるか分からん。休息と準備を滞りなく行え!」
だが、すぐさま。さすが老練というところか、切り替えが早い。身体とは不思議なもので、無理やりであろうと言葉にしてしまえば、そういう気分になるものだ。
部下も「おう!」と、それぞれ返事はいい。これで表情も威勢が良ければ、言うことなしだ。現実そこにあるのは変わらずにこやかな、らしくない騎士たち。
――またにするか。
騎士や住人たちが、おかしくなるきっかけはなかったのか。聞きたかったが、兎を率いて戦に臨もうとする獅子の苦慮を邪魔する気になれない。
「もうどこかの国が動いてんのか」
「公爵閣下から、そのように聞いておる。貴公も留意せよ」
「分かった」
最低限、これだけは聞いておかねばならなかった。
ただ住人へ威圧の為の厳戒令と思っていたら、実はすぐそこに敵の軍勢があった。などと笑い話にもならない。
敵と言っても報酬が出るでなし、ザハークが戦う理由はないけれども。
「さて、他に暇そうな奴は居ねえかな」
屋内へ戻り、はたと立ち止まる。遊び相手の条件は決まっていた。おかしげな笑い病に罹っていない、城の事情を身に沁みている者だ。
厨房の作業場に居た奴隷たちは、五人ともまともだったように思う。すると奴隷は患わぬ奇病なのか。それでは騎士団長の説明がつかない。
だから奴隷か、それに近い下働きの誰かを捕まえたい。
「暇と言うなら、私が居る」
頭上から、独り言への返事があった。見上げずとも、別れたばかりのトゥリヤと分かる。すぐ先にある階段の踊り場が、ちょうど真上だ。
「暇潰しの相手を探しているのだろう? 私が遊んでやる」
「巫女さんの護衛はいいのか」
「イブレスさまは、部屋に戻られた」
軽やかな足取りで、駆け下りて来るトゥリヤ。もっと違った見初められ方なら、喜んだものを。
「言ったばかりだ。女とは戦わん」
「戦闘でなければいいのか? 例えば単純な力比べとか」
「はあ――それなら構わんが、俺に勝ったところで得はないぞ」
「そうでもない」
ニヒルに、男前な笑みが溢れる。どうにも白黒をつけずには終われぬらしい。
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