第20話:騎士達の戦闘訓練

 それからしばらく、騎士たちの訓練に付き合った。日常の基礎訓練ではなく、勝ち抜きの試合形式らしい。


 ――訓練ってか、暇潰しだな。

 試合に臨む者は木製の槍を使う。それ以外は見物に回り、準備運動をしているのは次の出番の者か。


「始め!」


 ラエトの合図で、向かい合った二人の騎士は動き始める。最初の間合いは槍の三倍の距離があり、どうにか詰めねばならない。

 両者は面頬を下ろしているので、表情が分からない。だが見物の騎士たちはにこやかで、仲間の技術を少しでも盗み取ろうとか、そういう気概は見えなかった。

 暇潰しと評したのは、この為だ。


「もっと動け! 人も魔物も、本物の敵はそんなノロマでないぞ!」


 一人、騎士団長の檄が熱い。「おう!」と返事はあるものの、一リミたりとも機敏さが向上するでない。

 それでも槍先が届くようになると、フェイントを織り交ぜつつの攻防が起こる。

 片やザハークの右手に立つ騎士は、突き上げを本命と見せ、端から刃を返している。折り返しの叩きつけが本当の本命だ。

 片や左手の騎士は初撃を躱し、浮いた利き腕に向け走り込む。相手の槍の動作範囲を狭めた上で、自分は腕でも首でも好きなところを狙える魂胆だ。


「おっ」


 右手の騎士は叩きつけを諦め、軸足を一歩下げた。その勢いで身体を一回転させ、横薙ぎに切り払う。

 いち早く察知した左手の騎士は、自身の槍を縦に構えて受け止める。そのまま相手の槍を地面に押さえ込み、重心を崩させた。

 前のめりになってしまった右手の騎士は、槍を手放すのも遅れた。その気であった左手の騎士が槍を捨て、抜剣した刃を突きつけられる。


「勝負あり!」


 騎士団長の太い声が、勝敗を断じる。実戦ならばまだ諦める段階でないが、同じ条件下でこの有り様では仕様があるまい。


「ザハーク殿。貴公、今の勝負をどう見た?」

「うん?」


 戦った二人は握手を交わし、並んで座る。何やら語り合いながら、兜を外し始めた。

 仲間同士、友好的なのは結構だ。しかし戦うことを商売とする騎士が、勝っても負けてもすぐに握手とは。


 ――闘争心てものは無いのか?

 ザハークには、そう思える。


「ここに集めた中でだが、今のが決勝だ」

「はあ?」


 ラエトを含めて三十人。その中での最強が、今の二人であったようだ。正直なところ、稚拙さが目立った。いや技術や訓練度は高いのだが、実戦を想定してのものに見えなかった。

 この騎士たちと対峙して「参った」と言うのは、ド素人の住人たちだけだろう。


「はっはっ。貴公から見れば、遊戯と思えたのだろう。だから根本のところから、何か言ってやってくれればと思うのだ」

「根本ねえ」


 行き届いていないのを恥じる苦笑。和気あいあいとする騎士たちを、団長もどうして良いか分からぬらしい。


「あー、口であれこれ言うのは苦手だからな。勝った奴とやってみるか」

「それは願ってもない!」


 負けた騎士から、槍を借りる。勝った騎士は「お手柔らかに願います」と微笑んで、兜を着け直した。


「ザハーク殿は綿入れだけでよろしいのか?」


 特注の革の胸当ては、部屋に置いている。緩衝材として綿を縫い付けた下着姿だ。

 無骨ではあろうが、見た目に悪くはない仕上げがしてある。小さなナイフで切りつけるくらいなら、皮膚に届くこともない。


「槍も剣も俺には当たらねえからな、必要ないだろ」


 案じてくれた相手の騎士に、わざと挑発の文句を投げつける。が、やはり「それは凄い」と熱なく流された。


「卑怯とか言われても何なんでな、先に言っとく。お前らが、教わったことをきちんと練習してるのは認める。だがそれだけじゃ通用しねえ」

「拝聴しました」


 先の試合と同じく、槍の三倍を離れて構える。騎士は重心を深く、両手に槍を。ザハークは利き足を前に出しただけで、片手に持った槍先を地面に着けたまま。


「始め!」


 ラエトの合図。思った通り、騎士はさっきとまったく同じに歩き始める。ゆっくりと右回りで、円周を縮めていく。

 ザハークは動かなかった。重心を後ろ足に残し、油断を絵に描いたような姿を晒す。だというのに騎士は、教えを忠実に守るのだ。

 やがて間合いが縮まり、ザハークもやっと足を動かす。端から刃を返した状態で、突き上げを狙う。


 ――どうせまた、同じに受けるんだろ。

 騎士はこちらの手元を狙って突っ込んでくる。それに応じザハークは軸足を一歩下げ、一回転して横薙ぎを放つ。

 相手の騎士は両手に槍を立て、必殺の斬撃を止めた。そのまま槍を押さえつけにかかる。

 ここまでは、見たばかりの試合と全く同じ。騎士が槍を捨て、飛び込んで来るのもだ。だがザハークは、体勢を崩していない。人間一人の重量など、片手で十二分に支えきれる。

 槍を押さえ込めば相手は重心を崩す約束のもとに突っ込む騎士は、もはや格好の的。自由な左手で短刀を抜き、騎士の顔面を狙い投げつける。


「くうっ!」


 さすがに優勝者だけあって、回転して飛来する短刀を騎士は避けた。

 しかしそれこそが、ザハークの狙い。横へ逸れる軌道を読み、槍を悠々と縦回転させて脳天へ叩き込む。


「がぁっ!」


 騎士は地面に沈み、沈黙した。加減した槍の打撃よりも、倒れたときに兜の重みで脳震盪を起こしたのだろう。

 しん、と。数拍の間、誰も口を聞かず、動くこともない。それを最初に破ったのは、騎士団長だった。


「兜を外してやれ!」

「はっ、はい!」


 我に返った騎士たちが、何人かで介抱を始めた。ザハークも一応は顔色を覗いたが、問題はなさそうだった。


「団長さん。こいつら、どういう了見だ」

「うむ、儂にもよく分からんのだ。先々代からお仕えすること三十年。人種が変わったのかと思うほどだが、理由は……」


 息を呑み、倒れた仲間を心配する。動作は間違いなくそうであったのに、騎士たちはずっと微笑んだ。

 団長の甥も同じくで、その不気味さは言葉を飾ることすら忘れさせた。


「あらあら、ザハークさん。こんなところで楽しげね」


 悩ましげに黙ってしまった騎士団長と、眉を顰めるザハーク。その背後から声をかける女声があった。

 入り口から歩んでくる人数は三人。イブレスとトゥリヤが並び、後ろにサリハが続く。

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