幕間
第13話:城の一室にて
深夜、コーダミトラの王城。最上階となる、五階の一室。手前に六人掛けのテーブルやソファを置いた部屋があり、奥の寝室には四人も一度に寝られそうなベッドが見えた。
床一面に凝った模様の絨毯が敷かれ、壁の一角には暖炉までも備わる。暖かな気候に、それほど使い込まれた形跡はないが。
飾り棚には金箔で縁取られた皿が並べられ、隙間なく彫刻されたチェストの上にもそれは繋がった。
「黄昏の巫女が煩わしいと?」
ベッドへ腰かけた人物の言葉を、王弟かつ、レミル公爵の名を持つ男は問い返す。こちらはソファで茶を飲みながら。
相手は頷き、また苦々しい表情を見せる。どうにかならぬものか、と。具体的な措置を求めるような発言さえあった。
「そう急かされましても、すぐにとは。十五日に一度、闇の土地から光の神殿へ、黄昏の巫女が訪れて祈る。それが古からの光と闇を繋ぐ儀式で、そうしなければコーダミトラは地に伏してしまう」
伝承にあることを、この国の民であれば子どもでも知っている。
それを「お分かりでしょう?」と、改めて言われても。あくまで言い伝えで、巫女が居なくとも害などあるはずがない。
そんなことを言って、寝室の人物はため息を吐いた。
「まあまあ。私は、慌てるなと言ったに過ぎません。もう少しの我慢をしていただければ、望みは叶いますよ」
手の届かぬ夢想でない。はっきりとした保証の声に、ベッドの上で渋々の首肯がされる。
火の準備が終わらぬうちに、肉が焼けることを願うようなものか、と自戒して。
「フッ。焼け具合など、懸念されなくともよろしい。お願いしたいのは、一旦は民の不満も募りましょう。それがあなたに集中したとて、その一時のこと。黙して堪えていただきたい」
何度か説明したことだが、レミル公爵は初めてのように語った。
立場に甘え続けても、栄華だけはその手に残ると信じている。そんな夢見がちな相手をうまく扱うには、甘い汁に気づかれぬだけ苦味を混ぜて与えるのが良い。幼い子に、薬湯を飲ませる要領と同じだ。
「ええ、案ずることはないのです。今この国にある全てが、あなたの手から逃れることはありません」
枕元の手燭が、不安げだった顔に喜色が戻る様子を克明に映した。
「闇の炎の件も、あなたは何も知らない。自分にそう言い聞かせるのです。誰かに何か問われても、知らぬものは答えようがない。いいですね?」
公爵の言葉こそ、未来を指し示すもの。黄昏の巫女など、何するものぞ。ベッドを軋ませ、立ち上がった人物は笑った。
「ええ、その通り。黄昏の巫女は死に、コーダミトラの歴史へあなたの名が深く刻まれる。過去最大の危機を乗り越えた、英雄としてです」
開け放した窓の外で、やけに大きな羽音が遠ざかっていった。
笑声を抑えようとしても、どうにもならぬらしい。柔らかいクッションを手に取り、野望に身を染めた人物は口に押し当てた。
「ただ、気紛れにやってきた賞金稼ぎが目障りです。あなたは面白いと仰ったが、時期を見て消えてもらいます。いいですね?」
ザハークに死を。その言には、顔が顰められた。けれども栄華にはかえられぬと呑み下したのだろう、噛みしめるように頷いた。
「結構です。協力していただかねば、私など無力なのですから。お願い致しますよ」
レミル公爵は手にしたカップに口を付け、ニヤと笑った。
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