第4話:怠惰な城と貧しい街並み

「お初にお目にかかります。レミトラス二世陛下」


 騎士のやるような作法は知らない。だが王の名くらいは聞いて訪れた。跪いた姿勢から胸に手を当て、頭を下げる。


「うむ、我は細かなことに頓着せぬ」


 不格好な姿が、無知な者の精一杯に見えるらしい。この王も満足した風で頷く。


「問う。賞金稼ぎと言えば、一等が最高と聞く。しかしお前は、西方諸国連合から特等を与えられたと。まことか」

「お尋ねに、訂正はございません」


 大陸西側の小国家が結ぶ協力体制の中に、このコーダミトラも含まれる。そんな大層な組織に見初められるなど、面倒としか思わない。

 だが一等から五等までに賞金稼ぎを分類したり、そもそも火事場泥棒と後ろ指さされぬのは連合の後ろ盾があってこそだ。

 要らないと言ったところで、転職でもしない限りは断る方法がなかった。


「では今ひとつ。我は王。ゆえに選ばれし者。民もまた、我が国の民たれと選ばれし者。必然であり、ミトラのお導きと考えるがどうか」


 自分が王であること、国民が各々の立場でこの国に在ること。それらは全て、崇めている女神ミトラの定めた確定事項だ、と。

 即ちザハークが、よそ者として居ることも同じ。最下級の立場を弁えろと言っているらしい。

 玉座の脇に控える側近や、数歩を離れて並ぶ兵士たちも、これみよがしに頷く。


 ――そんなもん、知るか。

 とは思うものの、否定をして得はない。何より目的である観光が出来なくなってしまう。


「お言葉に、否を答えるは無きものと存じます」

「そうか、ならば良い。では早速」


 わざわざ否定するほどのことはない。正確にはそう言うべきだったろうが、無駄なケンカを売る趣味は持ち合わせなかった。

 特等の賞金稼ぎと聞けば、多くの王族や貴族は大道芸と同じ扱いで用を言いつける。しかしそれも、報酬さえあればむしろ歓迎するところだ。


「我が街に、流れ者が居着こうと言うのであろう。相応の余興なりと進呈せよ」

「余興と仰いますと、どのような?」


 そっちのパターンか。と、ため息を吐きそうになる。見せ物として猛獣や魔物を倒してみせろというのも、数多くあった。

 城に繋いでおける程度ならば、どうということはない。気が進まぬのは、何も悪さをしていない相手を屠ることにだ。


「これまで最も過酷だったと思う体験を話せ」

「は――? 話せ、とは。火口に落ちたとか、氷漬けになったとか、そのときの状況を話して聞かせろと?」

「我の言葉に不足があったと申すか」


 国王は不満に眉を動かし、側近は兵士に指示を下せるよう、片腕を上げた。

 王の発言を繰り返しに問うなど、不敬も良いところだ。けれどもそう受け取られると、咄嗟に判断から抜けてしまった。


 ――この国にも困りごとの一つや二つ。いや、十も百もあるだろうよ。

 隣国との国境付近で、急に増えた魔物に壊滅させられた村がある。退治したものの、別の獣が大量繁殖していた。

 魔物が居なくなった為に、その獣がまた増えていく。それを捕まえれば、今度は農作物も人も食う蟲。

 収束するには半年以上もかかった。だが隣国で賞金稼ぎを必要とする事件は、その一つだけでない。

 そういったものがこの国にはないなどと、馬鹿げた話だ。ザハーク自身、飛盗を目にしてきたばかりなのだから。


「いえ、早合点でした。ご容赦を」

「そうか、良い。では話せ」


 こちらが誤りと認めさえすれば、国王は拘らなかった。それよりも早く話せ、王を楽しませろという欲求が目に見えるようだ。

 仕方なく、言葉選びが稚拙になると前置いて話した。溶岩の滾る火口に落ち、ダージにも呼ぶ声が届かなかったときのことを。


「――陛下、そろそろ次の職務にかかりませんと」

「次? 今日は何か仕事があるのか、珍しいこともあるものよ。まあ、明日片付ける」

「お戯れを仰いますな、兄上」


 控える側近は国王の弟らしい。すらりと痩せた体格に、骨ばった顔。服装は王に準じて、小さな宝石を散りばめた上着が眩しい。

 王が暇を持て余していては、風聞が悪いのだろう。弟は正直な兄を睨みつける。


「そ、そう怖い顔をするな弟よ。分かった仕事だな、何をするか教えてくれ」

「畏まりました。その前に、この者を下がらせてよろしいでしょうか」


 あからさまに怯んだ国王は、笑ってごまかしつつ頷いた。だがすぐに「待て、もう一つだけ」と改める。


「水を持て」


 命じると、煙管を一本吸うほどの間を空けて女官がやってきた。両手に盆を支え、白い釉薬を塗った瓶が載っている。荷車にあったのと同じに見えた。

 国王はカップに中身を注がせ、ひと息でうまそうに飲み干す。それから何ごとか告げると、女官はザハークに歩み寄った。


「我が国の神殿には、光の泉というものがある。そこで汲んだ水だ、飲んでみよ」


 女官は両膝を床に着いて、既に注がれたカップを勧めてくれる。

 ふと、その衣服が気になった。長衣の上に、ふわりと余裕のある上着を重ねていた。飾りはないながら、淡い草色が美しい。

 優雅な組紐で腰を縛り、近隣の国の女官と同じような服装だ。


「頂戴します」


 神殿に向かった三人が、特別なのか。疑問はさておき、カップに口をつける。

 ある程度の毒は臭いで分かるが、王と同じ瓶、同じカップだ。問題はなかろう。ちょうど喉も乾いていた、二口で飲み込む。


「どうだ、うまいだろう。我に近しい者は、皆これを飲んでおる」


 国王は自慢をしたいようだ。たしかにどこぞの都で飲むような、泥混じりとは比べ物にならない。

 しかし湧き水であれば、このくらいの清浄さは普通と思う。


「大変においしいものでございます」

「そうであろう。それでだ、我はこれよりうまい飲み物を知らん。酒でも果実の汁でも良い、何かこれぞという物はないか」


 ――なるほど、また退屈しのぎの話か。

 他人の味覚など知ったことでないが、何でもいいから紹介しろと言うならいくらでもある。

 それをそのまま言って、困る者は居ないか。試しに王の弟へ視線を向けた。

 神経質そうな側近は兄に気づかれぬよう、小さく首を横に振る。


「貧乏人ゆえに。食にさほどの猶予もなく、知識の持ち合わせがございません」

「そうか、残念だ。ならば下がれ、ただし明日も話を聞かせてもらう。城への滞在を許すゆえにな」

 

 明日にも他の街へ行くだろうから、お構いなく。という本音は横へ置き、畏まって退いた。


「ザハーク殿、食事は用意させていただくが」

「土地の食い物が楽しみでね」


 与えられた部屋を眺めること、数拍。直ちに城外へ足を向けた。

 途中、謁見を頼んだ騎士と出会ったが、これ以上の世話を断った。客ならともかく、居候扱いの身だ。腐りかけた備蓄品の処理に使われるのが、目に見えている。


「ふうむ。それなら私たちの使う酒場に行ってみるといい」

「騎士お薦めの酒場か、興味深いな」

「そうだろう、そうだろう」


 どう勘違いしたものか、若い騎士は上機嫌で酒場への道順を話す。あえて訂正はせず、ありがたく聞いておいた。

 それから訪れたときとは別の、街中へ出る門をくぐった。兵士の詰め所を通り過ぎると、すぐに花売りや露店の商人がひしめき合う。


「旦那、有名な賞金稼ぎだってね。何か買っていきなよ」

「お兄さん。助けると思って、私の花を買っておくれよ」


 住人の女たちはやはり黒尽くめでなく、見慣れた長衣姿だ。誰も継ぎ接ぎだらけの、ボロばかりだが。

 けれどもそれどころでない。あの騎士が触れ回り、街じゅうがザハークの存在を知ったらしい。見える者全てが集まってくる。

 多少の銭ならあるものの、全員を相手になど出来ようはずもなかった。たまらず逃げ出し、言われた酒場へ走った。


「街は綺麗なんだがなあ」


 宙に浮かぶこの島全体が、一つの大きな山の形をしている。山頂の高さを言えばそれほどでない、きっと千メルテに足らぬだろう。

 それでも緩やかな斜面が、長く、長く続く。面積がいかほどか、途方もないと窺い知れた。

 家屋も坂に逆らうことなく、段々に建てられている。隣り合った建物が帯のように、ゆっくりと右へ回り込み、死角に消えた。

 どの道も丁寧に削られた、不揃いの石畳が敷かれている。壁は小石が苦心して積み上げられ、無造作な様が美しい。

 定形の石材や漆喰を多用した城とは、構造から違う。

 整然とした区画を二つ過ぎると、目の前に酒樽を置いた扉を見つけた。どうやら騎士が勧めるのは、ここらしい。


「何か飲めるかい?」


 ジョッキの描かれた木札が下がるだけで、店名などは見当たらない。

 扉を開けて覗く。すると客の居ない店内に、筋肉隆々の店主が待ち受けた。


「ああ、賞金稼ぎの人だね。待ってたよ」

「やれやれ。俺は楽師じゃないんだがな」

「まあまあ。酒とつまみを頼んでくれさえすれば、後は構わないから」


 つるつるの禿頭に、袖なしの下着シャツ。獄吏と言われればすぐに信じたい風貌だが、意外と気さくに話す。

 適当に見繕ってくれるよう頼み、カウンターの席に腰掛ける。並びの席が五つ。テーブルが四つ。さほど大きな店でないが、片付いている。

 床も古びて傷だらけだが、よく磨かれていた。


「光の泉の水ってのは、ここでも飲めるのかい?」

「まさか。あれは偉い人だけの物だよ」


 騎士の出入りと言えど、そういう特別扱いはないらしい。ならばあの騎士は、単なる親切で店を紹介したのか。

 他に客が居ないでは、確かめようがない。出された果実酒を含み、時が経つのを待つしかなくなった。

 唯一と名高い景色は、夜の頃合いにならねば見られないのだ。


「毎度。銀器の点検に来やした」

「おやセルギン、ご苦労さん」


 まだ三口ほどを飲んだところで、新たな来店があった。客でなく、店内の装飾や銀食器の職人らしい。年齢はザハークと同じく、三十に至るまい。

 あちこち黒く汚れた長衣で手を拭い、セルギンと呼ばれた男は握手を求めて手を伸ばした。

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