第3話:神殿に向かう女たち

 走り出した荷車へ、三人の女と同乗することとなった。御者の隣に座る騎士が、どうしてもと乞うて。


「適当に遊んでこい」


 律儀に真上を飛んでいたダージに告げる。すると翼の先まで白い竜は、「キュウッ」と啼いて上昇していく。あっと言う間に雲と紛れ、見えなくなった。


「あらあら。ちょうど日陰を作ってくれて、優しい子と思っていたのに。遊ぶのが楽しいのね、まだ幼いのかしら」


 三人の女のうち、すっぽりとかぶる黒いローブで足先までを覆う者が言った。口元を布で隠した上から手で押さえ、フフッと控えめに笑う。

 騎士が巫女と紹介した女だ。お近づきの世間話代わりということらしい。


「そいつは悪かった、呼び戻そうか?」

「いいえ、よく躾けられていると感心したの。ねえトゥリヤ」

「そう思います。あの竜は素晴らしい」


 答えたのは剣を持つ女。本心らしく、眩しそうにダージの辿った軌跡を眼で追う。

 こちらは厚手の布を前後に縫い合わせた、黒い長衣チュニック。それに男物の下衣パンツを纏った。鍛えられた肉体も含め、遠目に男と見紛っても責められまい。

 ザハークに視線を向けることはなく、嫌われたようだ。

 対して巫女、イブレスは興味を隠さない。初対面として些か不躾だが、それを言うならザハークのほうが余程だろう。


「ここへは何をしに? 飛盗ひとうが流行っているけれど、賞金稼ぎが遠征するほどではないでしょう」

「それは縁があればな。噂に名高い、常昼とこひるの天空都市を見物に来たのさ」

「そう、気に入ってもらえるといいのだけど。この前はどこに?」


 ここへやって来る前は、隣の国の首都に居た。その前は、北にある氷の国へ。当たり障りのないエピソードを交えて話してやった。

 答えるごと。それこそ語句の一つひとつに、「それは何?」「何が起こったの?」とイブレスは食いつく。ザハークが吟遊詩人ならば、意欲に燃えたかもしれない。


「すまねえな。おとぎ話を聞かせるのは、それほど得意じゃない」

「あら、ごめんなさい。つい調子に乗ってしまったわ。この街は平和だから、目新しいことがなくて」

「へえ、そいつは何よりだ」


 目に見えての争いが少ないのは本当だろう。相手が飛んでいるのを差し引いても、先の兵士たちはお粗末な動きだった。

 よくも今まで、街じゅうを奪い尽くされなかったものだ。


「そんな街で騎士の命より大切とは、よほどの物らしい」


 この荷車で運ばれるのは三人の女と、たくさんの瓶。白く釉薬のかかった焼き物で、一本ずつ区切られた木箱に入った。


「ごめんなさい。中身が何か、教えてはいけないことになっているの」

「ああ、そりゃあ俺が迂闊だった。好奇心は身を滅ぼすってな、分かってるんだがどうもいけねえ」

「大丈夫。それは私も同じだから」


 布越しにもはっきり分かるほど、イブレスは相好を崩した。こうも親しく接されては、この女を嫌うのは中々に難しかろう。

 その後も「そういえば隣国では――」と、よその国の話をねだる。ザハークの体験の他に、この国で流れているらしい噂の真偽も。


「この国が狙われていると聞いたのだけど」

「さあて。領地を増やしたくねえ、なんて国はないからな。実現する気のあるなしなんざ、俺みたいな根無し草には分からん」


 どんな問いにどう返しても、「そう、よく分かったわ」と満足げに答える。波風を立てぬよう、培われた話法と感じた。

 イブレスが二十代半ば。トゥリヤはザハークと同じく、三十前だろうか。立場や土地柄で仕方のないことであっても、不憫に思う。


「あれがお城よ。私たちはその向こうの神殿に行くから、ここでお別れね」


 やがて荷車は、白く塗られた壁に迫る。城と言われて、「これが?」と疑った。

 たしかに丈夫そうな壁だが、高さは大人の二倍ほどしかない。その先に見えた建物も、ざっと部屋数で二十かそこら。大きな屋敷だなとしか感じなかった。

 ここでは飛盗と呼ぶらしい、あの巨鳥に乗った盗賊ならば、ものともすまい。


「では、ごきげんよう」

「気をつけてな」


 格子の上げられた門をくぐり、荷車を降りた。騎士も降りて、動き始めた荷車を見送る。道すじの緩やかな斜面は石畳が敷かれ、さほど高くない山頂の建物に向かう。

 石造りの神殿と言われれば頷くが、監視用の塔とも見えた。


「もう一人は口が聞けないのか?」

「いや彼女は巫女の代理役でな。みだりに話してはならない、となっている」


 三人のうち、最も若い女はついぞ声を発しなかった。何度か同意を求めて視線を送ったが、微笑みさえもしない。

 やはり黒尽くめの動きやすそうな服装をしていたが、格闘をする身体でもなかった。巫女やその代理と言うなら、面倒な決まりごともあるのだろう。


「では案内しよう、王の御前に」

「あん? 王って、この国の王にか。よそ者をいきなり?」

「そうだ。もちろんご所望であらせられるか、問うてからにはなるが」


 王や皇帝という身分に会ったことはある。だがいずれも、こちらが会いたいと言ってすぐ会えるものでなかった。逆にあちらが好意を持っていても、部下などがおいそれと会わせてくれない。

 それをこの国では本人から名を聞いただけの、しかも功労があったわけでもない賞金稼ぎを。若い騎士の一存で会わせると言う。


 ――まさかな。そんな不用心な国があってたまるか。

 これは例えば、ザハークが良からぬ目的を持っていないか。何かそういうものを確かめる為、そう考えた。

 だが。


「我こそが、神聖王国コーダミトラの国王である」


 通されたのは、庶民の家なら一軒分ほどの大きな部屋。きざはしの奥に設えられた、宝玉で飾られた椅子。

 腰掛けた人物は、酷く肥えている。おそらく長身のザハークより、二倍以上の目方を持つ。

 額には略式ながら、親指ほどの石が嵌まる王冠。触れる度に水分の溢れそうな、あの膨れた額にぴったりのサイズだ。


 ――こいつは恐れ入った。

 どうやら本物らしい。呆れる思いはおくびにも出さず、ザハークは石の床に跪いた。

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