第2話:大切な荷物

 首から上をすっかり覆う飛空帽。手触りは不断使いにも着られる柔らかい革衣と、多少の刃を弾く革鎧の中間というところ。眼の部分は何やら透明な板で視界が確保された。

 騎獣に乗る者に欠かせぬ装備だが、降りれば不要となる。外せば当然に顔を晒すこととなり、少し面倒に思う。

 だが武器を携えた男たちは、この国の兵士に違いない。敵の敵は味方、などとおめでたい発想をしないのは正しいのだ。


「ザハーク=バルバード。あんたらを助けたのは商売だ、賞金稼ぎのな」


 引っかからぬよう、ゆっくりと飛空帽を取る。ほんの数リミずつにじり寄る、兵士の足が止まった。


 ――さあ、お前たちが驚くのはどっちだ?

 顔を見せ、名乗る。新たな土地に行けば、必ずその行為が必要だ。賞金を得るには、少なくとも係員と顔を合わせねばならない。その際に相手は、必ず驚いた。


「賞金稼ぎのザハーク――」

「その顔は蜥蜴人リザーデだな」

「違う、よく見ろ。鱗髪うろこかみがあるだろう」


 ――やっぱり顔のほうか。

 ザハークの頭は、褐色で五角形をした蛇のものだ。そこだけ見れば、蜥蜴と区別が付かなくとも仕方がない。

 ただ別の兵士が言ったように、頭頂から首へ向けて鱗髪が幾条も伸びる。一本ずつは、人間が髪を紐状に結い合わせるのと似た。けれども実際は鱗だ。


「鱗髪。蛇人ソーバーンか、初めて見た」


 兵士同士、問いかけて勝手に完結する。ザハーク自身、同族に会ったことはあまりない。珍しいのは分かるが、そう無遠慮に見られるのも煩わしい。ましてや相手は、むさ苦しい男なのだから。


「そんなことより、賞金稼ぎで蛇人でザハーク。本物か?」

「有名なのか」

「お前、知らんのか⁉」


 聞き覚えのなかったらしい一人が、他の者に奇異の目を向けられる。


 ――何だ、結局そっちもか。

 やれやれとため息を吐く目の前に、兵士を掻き分けて前に出る男が居た。装備は他の兵士とほとんど同じだが、胸当てが大きい。しかも三角形を基調とした紋章が刻まれている。


「貴公、本当にあのザハークか。失礼だが、等級を聞いても良いか? ああ、私はこの隊の長で騎士団の者だ」


 見てくれや称号に、自身は感慨を持っていなかった。名が通っていて得をするよりも、面倒のほうが多い。種族や見た目など、自分でどうにか出来るものでない。


特等アル・アフダルだ」

「やはりそうか! この者たちの非礼は詫びる。危機から救ってくれたことに、感謝の気持ちも表したい。城まで同道願おう」


 二十代半ばと見える若い騎士。叙勲されて三、四年目というところか。

 見ていたが、最初は兵士に任せるという態度で無関心だった。それが急に好意的な風を装い始める。言葉の通りでない、別の思惑があるはずだ。


「そいつはさっきの荒くれを追い払ったのと、別にってことかい?」


 賞金稼ぎの報酬はある程度の相場があるものの、大陸で統一された決まりはない。

 だから今回、盗賊を追い払ったのと荷物が無事だったこと。その手柄が一つか二つか、土地によって異なる。


「ん? ああ、そういうことか。悪いがそれは、私の判断を超える。どちらにせよ、窓口は騎士団だ」

「なら、行くしかねえ」


 ――長居は無用、か。

 どうもこの国には、賞金稼ぎが居つかないらしい。なぜなら騎士の言い分は、その時々で判断が異なる。つまり誰か裁量を持った者の、気分次第ということだ。

 大陸唯一と言われる景色を堪能したら、すぐによそへ行くと決めた。


「で、あちらはご無事かな?」


 話が決まり、騎士は出発の準備を命じた。傷ついて動けぬ者はこの場に置いて、また迎えに来るらしい。

 対して荷物は個数を数え直し、失われていないと確認がされた。千切れた幌でどうにか覆い、まずは運べと。

 

 ――酒、か?

 荷物はどうやら、瓶に入れられた何かだ。物によっては、人の命より高価な酒も存在する。だとすれば百本ほどもあるのは多すぎるが。

 ただしザハークが問うたのは、荷物でない。離れて作業を見守る、三人の女性だ。騎士は視線で悟り、深く頷く。


「うむ、無事だ。巫女イブレス殿と、お供の方々でな。彼女らに何かあれば、私の命では済まなかった」

「それにしては護衛が少なすぎるんじゃねえか?」


 一人の騎士の他は兵士ばかり。それにしたところで、斃れた者を含めても二十人。

 大切な荷物。関係するのだろう要人。どこからどこまで行くものか、不用心としか言いようがない。


「下手に手厚くすれば、目立つのでな。手薄にすれば大した物でないと、狙われない判断と聞いている」

「分からなかねえが、無謀だな」

「うむ。上司にそう報告しておこう」


 上下関係が徹底しているのか、やる気がないのか。騎士には自分で判断しよう、改善しようという気概が見えない。


 ――話しても無駄だな。

 そう思い、素直に花を愛でることにした。

 女は三人とも、頭から黒い布をかぶった。さらに口も、薄手の布で覆われる。首から下の衣服はそれぞれ違うが、見ていると中の一人がこちらを睨みつけた。女の中では一人だけ、剣を佩く。

 ザハークは自身の腰にある短刀を指し、ニヤと笑う。「良さそうな剣だ」と、褒めたつもりだ。

 しかしその女は些かの怒りを視線に宿し、ふいと顔を背けてしまった。

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