「う」


「あ。起きた?」


「ここは」


「病院」


「傷は」


「大丈夫だって。血管を少し傷つけたけど、止血したから。すぐに治るって言ってた」


「それは、ありがたいな」


「おじさん。えらいんだね。警察とか病院のひととかが、付きっきりだったよ」


「そのわりに、いま、ここには君しか、いないようだけど」


「うん。出ていってくれた。ものわかりがいいね」


「なんの、ものわかりだ?」


「わたしね。おじさんが好きなの」


「援助的なのはお断りだと言ったはずだが」


「ちがうの。一目惚れなの。おねがい」


「何が。意味がわからん」


「おじさんなんて、きもい生き物だと、勝手に思ってた」


「いや、まあ、合ってるよ」


「でも。自販機で、十円玉落として。途方にくれてる後ろ姿を見て。わたし。おじさんのことが、どうしようもなく、好きになったの」


「恋愛経験は?」


「は?」


「おまえ。恋愛経験ないだろ。黙って同年代とちちくりあってろよ」


「ちっ。ちちくりって。なにを」


「俺はだめだ」


「わたし。わたし。わたしね」


「おい。泣くほどか?」


「わたし。馴染めないの。同年代に。真面目に授業受けてるし、ちゃんと両親の手伝いもしてる。スカートも短くして。髪も長くして。でも。どうしても。同年代に。馴染めないの。もういや。女子高生なんて。いやなの。なんであんなに、下品でいられるのよ」


「そうか。女子高生も、色々あるんだな」


「でも。おじさんのことを見て。はじめて、女子高生で良かったって、思った。わたし。若いから。おじさんの好みの女性に、これから、なれる。なんでもする。おねがい」


「十円玉」


「十円玉?」


「自販機の前で、十円玉を貸してくれて。ありがとう」


「そんなこと」


「返すよ。それで、終わりだ。もう俺のことは忘れてくれ」


「いや」


「俺はだめだ。そういう人間じゃない」


「いや。あなたがいい。あなたといたい」


「いっときの、気の迷いだ。すぐに醒める」


「それでもいい。それでいいから、せめて一緒に。一緒にいさせて」


「おまえ。女子高生みたいだな」


「は?」


「恋愛を知らないと、そういう、ばかみたいなねじの外れかたをするのか。そうか」


「ねえ。何を言って」


「服を脱げ」


「はい」


「おい。冗談だ。脱ぐな脱ぐな。まいったな。求めれば退くと思ったのに。ほんとに脱ぎやがる。初心なのか肚が据わってるのか、まったくわからん」


「わたしは。あなたのことが好きです。本気です」


「俺は、だめだ。なにより、歳が離れている」


「関係ありません」


「そうか。そうだな。じゃあ、こうしようか」


「なんでも。私にできることなら。なんでもする」


「俺をおじさんと呼ぶな」


「はい」


「それがぎりぎりのラインだ。その一点で、譲歩してやる。俺の女になってみろ」


「わかりました。おじ」


「おじ?」


「なんて呼べばいいのかしら。あなた。そう。あなた。あなたの女になります」


「よし。それでいい。最初の仕事だ」


「はい」


「頼むから服を着てくれ」


「あ、はい」

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