第7話失踪事件
「おい、一大事って、何があったんだ?」
「来たわね、地郎」
屋上で祚礼に聞いた、一大事について確かめるべく、生徒会室の扉を開けて中に入りながら聞くと、華音はいつもの邪気の無い笑顔を向けてきた。そして俺の視界はいきなり上下が逆転する。
「どわっ!!」
「やったぁ!」
「大成功」
罠にかかって逆さ釣りになった俺の後ろで、してやったりと紺と璃瑠がハイタッチをかわす。
「ごめんなさい、地郎様、今降ろしますね、よいしょっ」
「おい、これはどういう事だ?」
依桐に罠から解放された俺は、ジト目で聞くと華音はあっけらかんと、こう答える。
「いやぁ、さっき徹子ちゃんが来てたんだけど、いきなりだったもんで、罠の準備ができてなかったのよ」
「……それで?」
「何か物足りなくって、つい」
「……で、満足か?」
俺がキン○バスターの体勢に抱え上げてそう聞くと、華音は満面の笑みでこう答える。
「大満足! キャァ、ダメよ地郎、パンツ、パンツが見えちゃう!」
「あーっ、華音ばっかりずる~い!」
「ジロ兄、次あたい、次あたい!」
スカートを抑えながら嬌声を上げる華音を羨ましがり、紺と璃瑠が自分も自分もとせがんでくる、畜生、罰にも何にもなりゃしねぇ……。それにしてもこいつら、このバイタリティーで、本当に族滅の危機にあるんかい、全く。
「地郎様、お茶が入りましたよ」
華音、紺、璃瑠が満足し、解放されたタイミングで、依桐がお茶を勧めてくる。それに従い、一息つこうとソファーに腰を下ろそうとした時、俺の制服の袖が摘ままれる。何かなと思って振り返ると、真っ赤な顔でもじもじしながら、おずおずと依桐が聞いてくる。
「あの、地郎様……。みんなにやってた、さっきのアレ……、私(わたくし)にも……、是非……」
ダメだこりゃ……
「で、真面目な話、一大事って何なんだ?」
「ああ、それ? まぁ、別に大した事じゃないんだけどね。地郎、ビートル出してくれる?」
華音の言葉に従い、ビートル1に四人を乗せ、着いた場所は先日の決闘の舞台、自動車部部長とゼロヨン勝負をした場所だった。
「そこよ、そこに停めて」
と、停まった場所は、異世界にジャンプした、あの壁際である。
「うーん、やっぱりね……」
「何がやっぱりなんだ?」
ビートルから降りて、華音は左右を見回すと、なにやら一人で納得している、何事かと思い聞いてみるも、華音は俺を無視して紺に指示を出した。
「紺、詳しく調べてくれる?」
「あいよ」
紺は助手席に乗り込み、収納ボックスを開けると、そこには俺の知らないスイッチが並ぶ、キーボードが現れた。そんなもん知らねぇと、ギョッとする俺。そんな俺の心情を無視し、紺は目にも止まらぬスピードで、キーボードを操作してエンターキーを押す、するとフロントのトランクがガバッと開き、イージス艦の艦橋の様な装置がグイーンとせり出し、フロントガラスが薄い緑色の、半透明のモニターになった。紺はモニターを睨みながら、スイッチを操作していく。
いつの間にそんなもん取り付けたんだ!? いやいや、こいつらのやる事だ、突っ込んだら負けだ、と自分に言い聞かせ、俺は推移を見守った。そして……
「やっぱり、華音の言うとおりだった」
「だから、何がやっぱりなんだ?」
華音と紺は二人でなにやら納得している様子だが、俺は一大事と言われて呼び出された身である、いい加減話の中身を教えろと語気を強める。すると華音は少し考える表情をしたが、すぐに妙案が閃いたのか、意味ありげな表情で俺を見て言った。
「ここじゃナンだから、部室で話すわ、行きましょう」
そう言って、華音がビートルに乗り込むと、璃瑠と依桐も続いて乗り込んだ。深まる一体何なんだ感に、少し呆けて見送る俺に、謎の機材をたたんで仕舞った紺が、助手席から声をかける。
「お~い、地郎クン、早く早く~」
我に帰った俺は、足早にビートルに向かい、乗り込むのだった。そうして向かったのは、部室棟の裏の外れに有る、第二自動車部の部室である。俺がビートルの整備をするのに、第二自動車部をでっち上げて借り受けたここは、元々物置に使われていた掘っ建て小屋だった。しかし、俺が使う様になってからというもの、少々狭くはあるが、生徒会の肝いりで、一階には車一台分の整備ならば楽にできる整備スペース、そして二階には開く予定は無いのだが、ミーティングを開いたりするための部室スペースからなる、綺麗なプレハブ二階建ての建物に改築されている。いかんぞ、公私混同の職権濫用は!
「何やってるのよ、地郎、早く来て」
「へいへい」
外階段を登って、扉の前で俺は大きなため息をつく、なぜなら第二自動車部と書かれた看板は外されて床から立て掛けられ、代わりに週末異世界探検部と書かれた豪華な看板が掛けられていたからだ。俺はこんなもん認めた覚えは無いぞ、全く!
部室スペースに足を入れると、コの字型に組み合わせた会議机を四人が囲んで座っている、こらこら華音、パイプ椅子の上で胡座をかくんじゃない! パンツが見えるだろう! はしたない。
俺が空いている席に座り、依桐が全員にお茶と茶菓子を配り終えた所で、華音が口を開く。
「みんな、さっき調べた通り、あの壁周辺を中心に、学園の敷地内の空間が不安定になっているわ」
「空間が不安定? どういう事なんだ、それは?」
俺は華音にそう聞くと、彼女は答える代わりに紺に目配せをする。紺は華音のアイコンタクトに頷き、手元のパソコンを操作してプロジェクターを立ち上げた。
「これを見て」
紺の言葉に従い、俺達はスクリーン代わりの白壁に映し出された映像を見る。そこには様々なグラフと数値、計算式が書かれていた。
「これが学園敷地内の空間数値、そしてこっちが敷地外の数値、一見変わらない様にも見えるんだけど、ここを見て。この数値は空間固定を示していて、こっちは空間境界の活性率を示しているの」
マウスで矢印を操作しながら、紺は熱のこもった説明をしており、華音、璃瑠、依桐の三人も、それを真剣な眼差しで聞いている。うん、残念ながら、常識人の俺には全くを以てちんぷんかんぷんだ!
「固定率は安定して近似値を保っているんだけど、活性率は外に比べて、中は微妙ながらも数値にブレが有るの」
ほうほう、で?
「つー事は……」
「まさか!?」
華音が口をへの字にして眉をひそめ、依桐がハッとして目を見開く。おいおいお二人さん、一体何に気が着いたんですか? という俺の思いを知ってか知らずか、璃瑠が紺に変わって説明を続ける。
「うん、その通り、学園を取り巻く境界活性率のブレが原因で、空間ローレンツ曲線の方向が、微妙に外を向いている」
「で、それが何だってんだ?」
訳のわからない謎理論を聞かされるより、結論を知りたい俺は、お茶をすすりながらそう聞くと、璃瑠の口からとんでもない回答が飛び出した。
「この学園の敷地内なら、ジロ兄のビートルを使わなくても、異世界に行ける可能性が予測できる」
ブ━━━━━━━━━━━━━━ッ
俺は口の中に含んだお茶を、盛大に吹き出し、激しくむせた。
「なっ、何でまた!? あのビートルじゃなきゃ、空間の壁を抜けないんじゃないのか!?」
「アレじゃないの? 大航海時代みたいなヤツ」
「未知の航路でも、誰かが航海した後は、航海の難易度が激減するという……」
「そう、ソレ!」
俺の疑問に、華音と依桐が回答する。
「にしたって、激減し過ぎだろう!?」
更なる疑問に、紺がその原因を推論する。
「こないだアシハラに行った時にさ、華音が境界空間で脱出装置をぶっぱなしたでしょ、その時発生したドップラーエフェクトの影響、そう考えるのが合理的ね」
そう言って腕を組み、考え込む紺。
「お前のせいか!? お前のせいか!?」
「いゃあーん、ごめんなさ~い。パンツが、パンツが見えちゃう~」
「あーっ、華音ばっかりずる~い!」
「ジロ兄、次あたい、次あたい!」
「……地郎様、私も……是非……」
自分の額をペチッと叩き、てへぺろで誤魔化し切り抜け様とする華音を、そうはさせじと俺はキン○バスターの型に抱え上げるが、俺の意に反して彼女は実に楽しそうな表情で悲鳴をあげている。それを見た三人娘は私も私もと、キン○バスターを要求してきた。アトラクションじゃ無いんだが……
四人が満足するまでキン○バスターの刑に処し、肩で息をする俺に、紺がお気楽な口調で声をかけてきた。
「まぁ、転移の可能性は、それを願う意志の強さが余程無いと、ほぼほぼゼロに近いから、そう深く心配しなくても大丈夫じゃない?」
紺が楽観論で締め括ると、他の三人も異議なしといった感じで頷いている。しかし、俺の胸の中に、言い知れぬ不安感が湧き上がってきた。そしてその予感は的中した。翌日の水曜日、朝のホームルームの出来事である、クラスの席が三つ、ぽっかりと空いていたのだ。欠席したのは
身体頑強健康優良の三人が、揃って欠席するなんて、明日は雪でも降るんじゃないか?
そんな冗談を誰かが口にしていたが、それが三日続くと流石に異常だという事になり、金曜日の放課後、俺は三人の寮に様子を見に行くように、担任の先生から仰せつかった。
そんな訳で、俺は、野次馬参加を言い出した華音、紺、璃瑠、依桐と合流し、三人の寮に向かう途中、目に涙を貯めた女子生徒と行き合った。その女子生徒の名前は
「これは……?」
三人の机の上には、それぞれ同じ内容の書き置きが乗っていたのだ。
俺達は理想のパラダイスに旅立つ、探さないで下さい。
それを見て五月女さんは、ショックで失神して依桐に抱き止められる。五月女さんは自殺か何かと思った様だが、俺達の予想は違った。あの三人は、間違いなく異世界に行ったのだと……
週末異世界探検部「さぁ、理想の世界を探しましょう」「嫌だ!断固断る!!」 場流丹星児 @bal7294
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