第6話緋々色一族の秘密

 肩を怒らせ、肘を張った腕を前後に振りながら、ずんずんと足早に廊下を歩いている風紀委員の腕章をした三つ編みお下げの眼鏡っ娘、名前は勤吟堂徹子きんぎんどうてつこという。


 我が校の風紀委員はかつて、学園地域の風紀の健全化を合言葉に知力腕力を総動員し、うちの学園は言うに及ばず、近隣校の不良グループをもまとめて撲滅し、更正させた実績を持っている。その際に流された不良達の血と涙の量から、泣く子も黙ると言われる緋々色学園風紀委員の中で、彼女は不良撲滅の立役者であり、知勇兼備の才媛として知られる存在である。


 一見華奢きゃしゃで地味、大人しめな彼女ではあるが、その地味眼鏡の下に凛とした美貌を隠し持つ事を知る者は少ない。確かに少ないのではあるが、それを知る者は生徒会四人衆のファンに匹敵する勢いで、彼女を熱烈に支持している。特に校外にファンが多く、彼女に叩きのめされた不良達から『鬼百合徹子』『血桜徹子』と称されて、裏の総番として畏れ敬われているのは、本人の知らない事実である。

 そんな彼女が剣呑な雰囲気で廊下を急いでいる、生徒達はその無言の剣幕に押され、モーゼの十戒で割れた海の様に次々と道を開けて行く。


「全く、あの四人ときたら……」


 割れた人波の真ん中を、勤吟堂徹子は柳眉を吊り上げ小声でそう呟きながら足早に進んでいる。が、決して走ってはいないのは風紀委員の面目躍如と言った所だろう、彼女の足は生徒会室の前でピタリと止まった。

 どうやら彼女は先日の一件で、相当お冠の様子である、良いぞ良いぞ! その調子であの四人を叱ってやってくれ!


「すぅ~っ、はぁ~っ」


 深呼吸して呼吸と精神を整え、徹子は生徒会の扉を確認する。実はここに来る度に、彼女は華音達のイタズラで、手酷い歓迎を受けていた。黒板消しが降って来るなんてなま易しい物ではない、罠を仕掛けられ逆さ釣りにされたり、落とし穴にはまってみたり、はたまたお化け屋敷にして待ち受けられ、散々に脅かされたり……


 罠やお化け屋敷はまぁ理解出来るとして、学校の床に落とし穴なんて、どうやったら仕掛けられるんだ、全く。


 眼鏡の奥から鋭い視線を走らせ、扉に異常の無い事を確認した徹子は、「よし!」と気合いを入れて扉に手をかけた。


「華音様!!」


 勢い良く扉を開けた徹子に、華音、紺、璃瑠、依桐は、一瞬目を丸くするも、それぞれ人懐っこい笑みを浮かべ、各々銘々の方法で歓迎して迎え入れる。


「ヤッホー、てっちゃん、何しに来たの?」

「いらっしゃい、徹子さん。今、お茶を淹れますね」

「え、あ、どうも……、お構い無く……」


 何のイタズラも仕掛けて来ない四人の対応に虚を突かれ、徹子は逆に戸惑ってしまった様だ。入室前の勢いもどこへやら、完全にペースを握られた徹子は紺と依桐に左右から挟まれ、ソファーに案内され座らされる。


徹姉てつねぇ、お菓子持ってない? 持ってたらちょうだい」

「ダメよ、璃瑠ちゃん、学校でお菓子なんて、メッ」

「むぅー」


 無邪気にお菓子をねだる瑠璃に、徹子は年の離れた幼い妹に諭す様に叱るのだが、口を尖らせ拗ねる瑠璃に徹子は完全に毒気を抜かれ、和んでしまった。そんな徹子の向かい側に、華音がドカッと座り、ニカッと笑って来訪の意図を尋ねる。


「どうしたの、徹子ちゃ~ん? 凄い勢いだったね」


 人懐っこい笑みを浮かべ、尋ねる華音にハッとして、徹子は当初の目的を思い出し、表情を厳しいものに改める。


「華音様!!」

「チッチッチー、ダメよ徹子ちゃん、ここは学園で家じゃないんだから、様は無し」


 眼前に人差し指をピンと立てて突き出し、左右に振る華音に、またしても徹子は勢いを削がれ、口を閉ざして俯いた。


「本当はメイドだってやんなくて良いんだからね。緋々色家の中でも、徹子ちゃんの立場は地郎と同じ猶子で、私達と同格なんだから」

「でも、孤児だった私に、これだけの事をしてくれた緋々色家に対して……」

「だぁ~か~ら~、そんなの気にしなくて良いのよ、善意だけでやってるんじゃないんだから。ウチには地郎と徹子ちゃんがどうしても必要だから、綺麗事ばかりじゃない事は、中等部進学の時にお爺ちゃんから聞いたでしょう」

「でも……」


 ここで一つ説明をすると、俺こと驚天動地郎とこの勤吟堂徹子は、同じ児童養護施設出身で、共に六歳の時に猶子として緋々色家に迎え入れられた過去を持つ。それを恩義に感じた徹子は、緋々色家では華音付きのメイドとして、自主的に働いていた。メイドの話はさておいて、なんで俺達二人にそんな事が起きたのかというと、それは緋々色家の歴史が、他の家族とは全く異なる特殊なものであるからだ。


 緋々色家の歴史を紐解いていくと、その祖先は厩戸皇子、つまり聖徳太子を家祖にぶち当たる。


 太子の時代は正史では語られないが、実は内に物部の乱、外に隋からの外圧と、内憂外患に悩まされた時代である。そんな大和、日本の先行きを憂いた太子は、蘇我氏と共謀し族滅を装い表舞台から姿を消し、地下に潜った。そして後から同じように族滅を装い合流した蘇我氏と共に、裏からこの国を守るべく秘密裏に活動を開始したのだ、それが緋々色一族の始まりである。


 その活動は今に至るまで脈々と続けられている。織春家、美壽家、艷万田家は、時代を下るにつれて緋々色家から別れた分家で、それぞれ知、匠、武の面から本家を支える存在だ。緋々色一族の裏働きで、日本は様々な滅亡の危機が有ったにも関わらず、千年以上の永きに渡り、国体を護持し平和を保ち続けているのだそうな、知らんけど。


 さて、そんな凄い緋々色一族にも、近年憂慮すべき問題が発覚する。それは影に潜んだが故、表の世界からおおっぴらに、配偶者を迎える事が出来なくなったが故に、同族婚が進んでしまった事だ。


 同族婚が進んでいくとどうなるか?


 それはハプスブルク家を例に見ると、理解出来るだろう。かのハプスブルク家は同族婚を重ね過ぎ、『ハプスブルク家の顎』を始めとする様々な遺伝病を発病し、一族そのものの生命力が失われ、衰亡していったのだ。かつてはヨーロッパの大国の国王の血筋として、栄華を誇っていたハプスブルク家の後継者は、今ではすっかり細くなり衰退している。緋々色一族もハプスブルク家同様、遺伝的に家系の維持存亡の危機に直面していた。そこで現党首にして学園理事長、緋々色兼権ひひいろかねごんが取った対策が俺達に絡んでくる。


 かつては地下に潜ったとはいえ、時代が現代に至ると、緋々色一族も表の社会に顔を出す必要性が出てきた。それを奇貸として兼権は、一族全体の遺伝子の強化を図るために、外部の血を積極的に取り入れる事にしたのだ。表の世界の窓口として財閥の設立を行い、会社経営と学園経営を開始したのは、その手段の一つである。


 雇い入れた社員、入学した学生から、これはという者を見いだし、配偶者として迎え入れ外の血を取り込む事で、弱体化した遺伝子を改善して危機を回避しようと試みたのだ。しかし、それはある程度の成功を見るが、残念な事に焼け石に水でただの延命治療に過ぎなかった。千年以上の同族婚で弱った遺伝子は、そう簡単に改善できる筈もなく途方に暮れた兼権は、最後の手段として事業拡大多角化を名目に、慈善事業と医療法人の二つの事業を開始する。児童養護施設の経営と、総合病院の経営だ。その目的は、学園の生徒や会社の社員だけではなく、もっと広い遺伝子配合を求めるのと、より効果的な遺伝子のマッチングを効率良く探すためである。そして、医学的に最高の相性の遺伝子を持つ者が、どうやら俺と徹子であるらしい。俺達二人は、その遺伝子確保の為に、緋々色一族の猶子に迎えられたのだ。といっても、種馬扱いされるのではなく、華音、紺、璃瑠、依桐をはじめとする、緋々色一族の女子の中から一人伴侶を選び、結婚すれば良いとの事。そして徹子は完全自由恋愛での結婚が認められ、将来的には俺の子供と徹子の子供で婚姻すれば、遺伝的弱点は解消され、族滅の危機を免れるとの事。なんと言うか、全く、壮大な計画だなぁ、おい。ってな訳で、舞台は生徒会室から校舎の屋上へと移る。


「……なんだって、私、どうしたら良いのかな……」

「全く、アイツらと来たら……」


 あの後生徒会室で、華音達の胸のうちを聞いた徹子が、ため息をつきながら俺に打ち明ける。それを聞いて俺もため息混じりに頭を掻いたその時……


「お~い、地郎様ァ~」


 息を切らして屋上に駆け込んで来たのは、残念異世界アシハラからやって来たウサミミ教師、稗田祚礼ひえだのそれである。


「稗田先生……」

「祚礼、どうしたんだ?」


 俺達が応えると、息を整えた祚礼はニヤァと下世話な笑みを浮かべ、俺の胸に肘鉄をガシガシと食らわせてきた。


「あらァ、逢い引きでしたか、地郎様ァ、私という者が居ながら、隅に置けないんだから、コノコノ」

「喧しい、用が有るならさっさと言え!」


 ニヤニヤいやらしい笑みを浮かべながら、冷やかしてくる祚礼に俺は拳骨を落とした。


「いったぁ~い、もう、酷いですわ、地郎様」

「だ・か・ら・な・ん・の・よ・う・だ!!」


 上目遣いに拗ねて見せる祚礼のこめかみを、俺は拳で挟んでグリグリ締め上げる。


「ひーん、ごめんなさーい」

「何か有ったんですか、稗田先生?」


 悲鳴をあげる祚礼の顔を覗き込み、徹子が尋ねると祚礼は何かを思いだし、はたと表情を改めた。


「そうだ、こんな事してる場合じゃなかったんだ! 地郎様、一大事です、大至急生徒会室まで来て下さい! 華音様が呼んでいます!!」

「華音が? わかった、行ってくる」

「地郎君、廊下は走っちゃダメよ!」

「わかってるって」


 俺は足早に、生徒会室に向かうのだった。

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